ヒロアカaqua


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大晦日

プロヒーロー付き添いの下1日だけ帰省が許されたので俺も実家に帰っていた
ここに来るまでにお母さんのところに寄って一緒にご飯も食べてきたからお腹が空いてることはないけど、用意されている黒豆を見るとついつまみたくなったので口に放り込んだ

「美味しい?」

そう聞いてきた姉さんに頷いた

「よかった!あ、今日夏も帰ってくるよ…お父さんも」

「…ん」

きっと帰ってくるだろうと思ってたし別に構わねえ
けど今更団欒なんて無理だとは思ってる

そんな俺の考えが伝わったのか姉さんは少し困ったように微笑んでいた

「なんか手伝う?」

「いいよせっかく帰ってきたんだからゆっくりしなよ」

「…」

「じゃあ焦凍のお布団、部屋の窓に干しといたから取り込んでくれる?」

「わかった」

俺が手持ち無沙汰で困ってることを見抜いた姉さんがそう言ったので部屋へ向かう
ずっと暮らしてきた家を歩いて行く途中、俺の足が止まった

「(燈矢兄…)」

まだ5歳だった頃、ちょうどお母さんが入院させられてしばらくした頃に燈矢兄は死んだ
元々狂っていたこの家が更に狂っていったのはあれからだ

仏壇に飾られている写真の中の燈矢兄は今の俺より小さくて、じっとこっちを見ている
遊んだ記憶も話した記憶もない、親父がそうさせなかったから

線香をあげて手を合わせてから自室へ向かうと布団がかけられていた
それを取り込んでまた手持ち無沙汰になった

どうしようか思案しながら座り込むと昨日までの那歩島での怒涛の生活のせいか眠気に襲われ気がつけば寝てしまっていた
ハッ!とした時にはもう既に日は沈んでいて、キッチンへ向かう
姉さんと話している声が聞こえた

「夏兄?」

そこにいたの姉さんに頭を撫でられている夏兄

「おう、起きたか
さっき部屋まで行ったんだぞ、な、姉ちゃん!」

「あんまりすやすや寝てたから起こせなかったんだって」

「全然気づかなかった」

実家に帰ってきて気が抜けたんだろう、欠伸をした俺を見た姉さんは庭の鯉に餌をあげてきて欲しいと言った
それも夏兄と2人で

玄関から靴を履いて出て池まで向かっていると急に夏兄がフッと小さく笑ったので首を傾げる

「夏兄?」

「…いや、なんでもない」

夏兄はどこかよそよそしい
それはきっと俺もだ、ここは普通の家じゃない

池につけば鯉が集まってきて口をパクパクさせていた

「腹減ってんだな」

「えーと、鯉の餌は…」

夏兄についていった物置き
そこはあまり入ったことがないので少しそわそわする

「焦凍!」

夏兄の声と同時にこちらへ飛んできたのはボール

「えっ…」

そのボールは昔見たことのあるそれで、ボール遊びをする兄たちが使っていたものだった
羨ましくて何度も見ていたからわかる

ぽかんとしていたらボールが俺に弾かれぽーんと飛んでいってしまった
慌てて追いかけボールをキャッチするが、下は池

「(やべぇ…)」

直後、池に落下した俺はすぐに立ち上がった
ずぶ濡れの俺を見た夏兄は吹き出して笑っている

「夏兄…」

「悪い悪い、ほら」

差し出された手を掴む
こうやって手を繋いだのも初めてだ
そう思っていた俺は足元の苔のせいで盛大に滑ってこけた

2人してずぶ濡れになったので姉さんに無理やり風呂場へと連行されてしまった
シャワーを浴びて湯船に浸かれば温かさがしみわたる

「まさか大晦日に池に落ちるなんてなー」

「ごめん」

「謝んなよ、俺がいきなり投げたのが悪いんだからさ」

「いや…うん
夏兄と風呂入んの、初めてだ」

普通の家だったら当たり前だったのかもしれない
でも俺にとっては初めてのことだらけでぽつりと呟いた

「そうだな…寮の風呂って大きいんだろ?」

「この倍以上ある」

「みんなでわいわい入んのも楽しそうだな」

「普通かな、もう慣れた
…頭とか洗っちゃったほうがいい?」

そう問えば夏兄は同意してくれた
また風呂に入り直すのも面倒だし、先に洗っていいと言ってくれた夏兄に甘え頭を洗っていく

「焦凍、学校楽しいか?」

「え、なんか言った?」

「学校楽しいかって」

シャンプーを終えた時、急に声をかけてきた夏兄に驚きつつも答えを考える

「…楽しいのとは少し違う
訓練は厳しいし、授業もびっしりあるし」

「そっか、そうだよな」

「でも、だからいいんだ」

クラスの奴らと過ごす慌ただしくて騒がしい日々は嫌いじゃない
今は心の底から雄英に入ってよかったと、そう思える

「そっか!」

「夏兄こそ、大学は」

「大変だよー!でも楽しい!」

「彼女できたって姉さん言ってた」

「っ、姉ちゃん余計なことを…」

照れたのか、お湯に顔半分を沈めた夏兄に小さく笑ってしまった

「焦凍は?そんな子いないのか?」

体を洗い始めた時、夏兄にそう問いかけられ雫がよぎった

「いるよ」

「えっ!どんな子?!」

「前に話した雫」

「あ…許嫁の…?」

夏兄の顔がわかりやすく曇ったので「俺がそうしたいから付き合ってる」と告げれば安心したような顔になった
多分親父の決めた許嫁と仕方なく付き合ってるって思ったんだろう、夏兄は優しいから

「あいつと話してると心が暖かくなるんだ、恋愛って正直まだよく分からねぇけど…夏兄も同じ?」

そう問えば夏兄は小さく頷いた

「姉ちゃんには紹介したんだろ?今度俺にも紹介してよ」

そう言われてコクリと頷く
いずれは夏兄にもお母さんにも紹介するつもりだったのでそう言ってもらえて安心した

「友達は?どんなやつと仲いいんだ?」

「緑谷と飯田かな、昼飯はだいたい一緒に食ってる
一緒に勉強したりもしてるし」

「へえ」

「爆豪とは補講に一緒に行ってたから仲良いと思ってたけど違うみてえだ
舞羽は雫のことで一番相談に乗ってくれてるから友達だと思う、けど爆豪にそれ言ったら全否定されたから違うのかもしれねえ」

「ん?」

夏兄と交代して湯船に浸かって他のクラスメイトのことも話していけばうんうんと聞いてきくれていた夏兄が「でも、さっきのボールくらいちゃんと捕れないとな」と何気なく言った

それを聞いて俯いた俺は水面に映る自分の顔を眺めた
驚くほど情けない顔をしている

「…驚いたんだ、あのボール夏兄たちが昔遊んでたボールだったから…いつも混ざりたいなって思って見てたんだ」

一度も叶うことはなかったけど、それでもずっと羨ましかった
そんな俺を気遣ってくれたのか、頭を洗い終わった夏兄がこっちを見て笑う

「風呂出たらサッカーでもやろうぜ」

「え、風呂上りに?」

「汗かいたらまた入ればいいだろ」

そう告げた夏兄に返事をしようとした時、姉さんがお餅を受け取りに行くと声をかけてきたので会話は中断する
キッチンに置き去りにされたそば打ちセットを見てその後夏兄と一緒にそばを打ったけど物の見事に失敗した









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