ヒロアカaqua


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林間合宿も目前に迫った夏のとある日

「(2回目の焦凍くんのお家…!)」

目の前には立派な日本家屋のお屋敷
中学入学後焦凍くんとの顔合わせの際に一度だけ訪れたことはあったけれど、あの時と違って今日はやけに緊張している

「どうした、入らねえのか?」

前を歩いていた焦凍くんが振り返る
その表情が不思議そうなのでぎこちない笑顔を返した

そう、今日は前々から言われていたように焦凍くんのお姉さん、冬美さんにご挨拶させていただくために轟家にやってきたのだ

わざわざ迎えにきてくれた焦凍くんに連れられて敷居を跨いだのはいいけれど、今になってとっても緊張してしまっている

ずっと扉の前で微動だにしない私を怪訝な目で見てる焦凍くんに腹を括って顔を上げた時、ガラッと開いた扉
その向こうには嬉しそうな顔の冬美さん

「雫ちゃんようこそ!さ、入って入って」

「お、お邪魔します!」

ドキドキしながら踏み入れた二度目の轟家
前回は許嫁になんてなってたまるかくらいの威勢で来てたし、余裕もなかったけれど改めて見るといいところのお家という感じがする
それにとっても広い…さすがNo.2、収入も凄いんだろうなあ

通された居間
そこに座らされてそわそわしていると和菓子の乗ったお皿を持った冬美さんがやってきた
続いて焦凍くんもお茶の入った湯呑みをお盆に乗せて姿を現す

「雫ちゃん甘いもの好きって聞いたから近所で評判のお店のを用意したの、遠慮せずに食べてね」

「えっ、お気を遣わせてすみません…」

「いいのいいの、焦凍が彼女を連れてくるなんて初めてで嬉しくって!」

彼女

その言葉にギョッとして焦凍くんを見ればいつも通りの涼しげな顔で「彼女じゃねェ、許嫁だ」と告げたので冬美さんがフリーズした

「許嫁?!え、そんな話聞いたことないけど!」

「親父が独断で決めたらしい…お母さんも知らなかった」

「そう、なんだ…」

しーんと静まり返った空間で私はハッとして冬美さんに頭を下げる

「以前は簡単なご挨拶しか出来なくてすみません、焦凍くんのクラスメイトの海色雫です」

「ごめんね、逆に気を遣わせて」

「いえ、許嫁の件ですが父とエン…炎司さんとで幼少期から決めていたようでして…」

すると隣でお茶を飲んでいた焦凍くんが眉を顰めてこちらを見た
きっとエンデヴァーのことを名前で呼んだことが気に入らなかったんだろう

「そんな呼び方しなくていい」

「そういうわけにはいかないでしょ…!」

焦凍くんが嫌悪していようがここは轟家で冬美さんにとっても父親にあたる人なんだから適当にはできない
小声で焦凍くんに言い返すと冬美さんはくすくすと笑った

「仲良いのね、雫ちゃんも凝山中学だったんでしょう?」

「はい」

「そっか、もっと早く会いたかったなぁ…ほら、私以外女兄弟いないからさ」

「3人兄弟ですっけ?」

以前兄と姉がいると聞いていたのでそう問うけれど、2人は一瞬暗い顔をしてから4人だと教えてくれた
そして長男はすでに他界していることも

「すみません、無神経に…」

「いいのよ、雫ちゃんもいずれ知ることになるんだろうし」

流石にどうして他界したのかを聞くことは出来ず話題を変えようと頭を回すけれどいい案が思い浮かばない
というか焦凍くんなんか和菓子を食べ始めたんですけど
こういう時は話題提供してくれるものじゃないの?

ぐるぐると頭を回していると冬美さんが閃いたというように両手を合わせた

「焦凍、庭の鯉に餌をあげ忘れちゃった!お願いできる?」

「分かった」

焦凍くんが退出したことで途方に暮れていた私に冬美さんはにっこりと微笑んだ

「雫ちゃん、焦凍のこと好きでいてくれてありがとうね」

「!?」

一体どこでバレたのか、冬美さんの発言に目を丸くしていると彼女は理解したように眉を下げる

「焦凍から色々話は聞いててね、焦凍の1番仲良い女の子でいたいって言ってくれたんでしょう?」

「(恥ずかしすぎて死にたい)」

どうして焦凍くんはそういうことをご家族に言っちゃうんだろうか
赤くなる顔を押さえて俯いた

「あの子はお母さんがお父さんに虐げられているのを間近で見ていたから…きっと自分の中で恋愛とかそういうものは考えられなかったんだろうと思うの」

確かに恋愛に興味がないとは前々から聞いていたけれどそういう理由だったんだと納得する

「そんなあの子がね、この前の授業参観の帰りに雫ちゃんのことばかり話すからびっくりしたの」

「私の…?」

「うん、「見守っててほしい奴なんだ」って」

思い出したのは体育祭後に家庭の事情を話してくれた焦凍くんのこと
そして彼から告げられた”これから俺がどう進むのか、見守っててほしい”という言葉

「ね、雫ちゃんは焦凍のどこが好きなの?」

「えっ…そ、それは…」

「大丈夫、まだ戻ってこないから」

にこにこしている冬美さんに戸惑いながら焦凍くんのことを考える

「あの、私ちょっと前まで素を出せなくて取り繕ってばかりだったんです…」

「うん」

「けど、不思議と焦凍くんといると自分の素が出せて…両親にさえ言えなかった本音が言えて、最初はそういう居心地がいいところが好きになって…雄英に入って左側も受け入れた姿を見てると私も頑張ろうって思えて…上手く言えないんですけど焦凍くんといると前を向こう、頑張ろうって思えるんです」

私よりずっと大きなものを背負って、ちゃんと過去と自分と父親と向き合っているその姿を尊敬している

「ふふ、焦凍は幸せ者だね」

「え?」

「それだけ思ってくれてる人がいるってすごく幸せなことだと思うの
恋愛だけじゃなくて友情でも家族でも…うちは色々あったからそういうのが羨ましくてね…だからありがとう、雫ちゃん」

「あっ、いや私は何も…」

お礼を言う冬美さんにおろおろしていると焦凍くんが戻ってきたようで、この光景を見て首を傾げた








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