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雫たちと別れてやってきたのはお母さんの入院している病院
部屋の前に来て軽く息を吐いてからドアを開けた
「お母さん」
「焦凍?」
こっちを向いたお母さんが少し驚いたような顔をした
「どうかした?」
「あ…ううん、なんでもないわ…ほら座って」
椅子を差し出してくれたお母さんに返事をして腰掛けるけどやっぱりお母さんはこっちを見て何かを考えこんでいるようだ
「…お母さん?」
何だか気恥ずかしいので声をかければハッとしたお母さんが「ごめんね」と告げベッドの端に腰掛ける
「いや別に…何かヘンなとこでも…」
「違うの、ただその…平日にゆっくり姿を見るのは久しぶりだったから…大きくなったなぁと思って…」
こっちを見て目を細め笑うその姿に思わず目を伏せた
体育祭以降はこうやって会いに来ているが、数年間を埋めるにはまだまだ時間はかかるだろう
それに平日に来るのは初めてだったと理解した
「ごめん、急に来て」
「何言ってるの、来てくれるのはいつでも嬉しいわ」
しばしの静寂
ズボンのポケットの中にある授業参観のプリントをどうしようかと思い悩んでいる俺を見かねたお母さんが声をかけた
「そうだ、何か飲む?」
「あ、うん」
何か買って来ると告げ立ち上がった俺にお母さんは「もう用意してあるわ、冷蔵庫開けてみて」と慌てて告げた
病室に備え付けの小さな冷蔵庫を開けるとそこには緑茶や炭酸ジュースなどのペットボトルが数本、それに幼児向けの牛のイラストの書かれた紙パックの乳酸飲料もある
「ほら焦凍、牛さんヨーグル好きだったでしょ?売店で売ってたから、つい」
にこにことしていたお母さんと対照的にポカンとしてしまった俺は自分が好きだったことすら忘れていたことに気がついて言葉を失ってしまう
「焦凍ももう高校生だもんね…そう思っていろんなのを買っておいたんだけど、好きなのあるかしら…?」
「…これにする」
自分のことを思い買ってくれていた
それだけで胸が熱くなった
手に取ったのは牛さんヨーグル
口に含むとほのかに甘くて、覚えていないのに懐かしい気がした
「学校はどう?」
「うん…」
思い出したのは授業参観のこと
けれどそれを言うべきか迷ってしまい、今日の授業のことを告げた
「今日は救助器具の授業があった、ヘリコプターで吊られた」
「ヘリ?そんなこともするのね」
「人命救助がヒーローの仕事だから」
「そうね」
興味深そうに聞くお母さんにほっとした
「それにビルから救助袋で下りたり」
「うん」
「遭難信号の出し方とか」
「そう」
「それと…」
一言話せばどんどん出て来る
お母さんはただ優しく微笑んで聞いてくれた
「オールマイトがいるんだ、授業もやってる」
「焦凍オールマイト好きだったものね…でもお父さんがいる時は観られないからって録画したのをこっそり観たの覚えてる?」
「うん」
オールマイトに憧れた
そんなことすら忘れてしまっていた俺に気づかせてくれたのは緑谷だ
「…緑谷っていうやつがいるんだ」
「同じクラスの子?」
「ああ」
体育祭での一戦
“君の!力じゃないか!!”
その一言で一瞬親父のことも何もかも忘れた
囚われていたことに気がつけた
「体育祭で戦ったんだ、アイツボロボロで…手もグチャグチャになってんのに…それでも向かって来るんだ」
「うん」
「だから俺も全力で…」
「うん」
お母さんに話しつつ自分にも話しているような、そんな風にポツリポツリと一言ずつ紡いでいく
「初めて全力で戦った」
「そう」
「すごいヤツなんだ」
「いいお友達ができたのね」
「うん」
お母さんの優しい言葉が酷く居心地が良くて、気がつけば自然と頬は上がっていた
「そうだ、雫ちゃんは元気?」
「ああ」
雫の話は体育祭の後見舞いに来た時に話した
お母さんも雫のことは知らなかったようで、親父の独断で決めた許嫁ということが判明した
そんな雫と中学生の頃に会ったこと、一緒に雄英に通っていることを話し、体育祭で本気とは言わずとも手加減なしで戦ったことも
そんな雫のことをお母さんはいつか会ってみたいと言ってくれた
それに先日の職場体験で親父に気に入られてしまったらしい
面倒なことになりそうだと少し心配だ
「夏休み中に林間合宿があって、それまでには姉さんや夏兄に会わせたい…とは思ってる」
「そうなのね」
“彼が選んだ人が私じゃない別の人だとしても…たとえ何があっても私は最後まで彼のことを守ります”
体育祭の時、親父にそう言った雫の言葉がずっと引っかかっている
「…アイツ…俺を守るって…そう言ったんだ」
「雫ちゃんが?」
「うん…俺は多分アイツよりも強い、と思う…」
守るのは俺の方だろう
けど雫は親父相手にも譲らなかった
その真意がわからないでいるとお母さんは嬉しそうに頬を緩ませる
「雫ちゃんはとっても素敵な女の子ね」
「…?」
どういう意味かわからないでいる俺を他所に、病室の扉が開いて姉さんが入って来た
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