ヒロアカaqua


▼ 07



夏休みの地獄のような日々も終わり、季節は冬へと移っていた

「焦凍くん聞いたよ!合格おめでとう!」

登校中に見かけた焦凍くん
昨日焦凍くんの担任の先生が大喜びしていたので窺ったところ合格していたらしい
早くおめでとうと言いたくていつ会えるか楽しみにしていたけれど、朝から会えるなんてラッキーだ

「ありがとな」

合格したのに嬉しそうじゃないのは彼がずっと先を見ているからだろうか

「お前もそろそろ受験票届く頃だろ」

「うん、多分月末には届くと思うな」

筆記の方は問題ない、問題は実技
どんな試験でも大丈夫な自信はあるけど雄英受験は個性を上手く使える人が一万人以上集まってくる
その中でもほんの数十人しか合格できない狭い門

「(あんまり油断してると落ちるなんて全然あるから気合い入れないと)」

そう意気込んだ私を横目で見た焦凍くんは特に何も言わず学校へ歩いていく
焦凍くんと分かれて教室に入ればクラスの空気は重い
年末が近づいてきていよいよ入試が視野に入ってきたが故の重さ
毎度模試の度に発狂する人が出てくるほどにはみんな追い込まれている

「雫おはよー」

「おはよう」

友達に挨拶をしてから他愛ない話をする
予鈴がなって席に着くと先生がやってきてHRが始まる

いつも通り、それでもあと少しでこのクラスともお別れかと思うと寂しい
前にも言ったけれど仕方ないことだとは割り切っているつもりだ
それでも感情がないわけじゃない

しんみりしつつその日の授業を受けていた私は気分転換に休み時間中外の空気を吸うことにした
冬の空は好きだ、空気は引き締まっているというか何と言うか
とにかく冬が好きなので入試がこの時期でよかったと心の底からそう思う
夏にあったとしたら絶望的だったかもしれない、最悪水分不足で倒れそうだし

渡り廊下を歩いているとどこからともなく「好きです」という声が聞こえてきた
どうせ焦凍くんだろうと思ってそちらを見ると案の定焦凍くんが告白を受けている最中

「(ほんとモテるよねぇ)」

あの子は焦凍くんのどこが好きなんだろう

「轟くんに一目惚れしたの、ずっと言おうと思ってたんだ…でもずっと言えなくて…」

なるほど、顔か
確かにイケメンだもんねーと頷く

「棘があるところもかっこよくて好き!」

「…違うよ、焦凍くんはそんなんじゃない」

ぽつりと漏れた言葉に自分でもギョッとして慌てて隠れる
幸い聞こえてないようだけれど思わぬ事態に目が点だ

焦凍くんは本当はとても優しいし、天然なところもある
けれどそれよりもエンデヴァーへの憎悪が勝っているせいでそう見えるだけだ

「(何も知らないのに告白したんだ…)」

別にあの女の子が告白しようがどうでもいい
けれど焦凍くんのことをちゃんと知りもしないくせに決めつけないでほしい
私だって知らないことだらけだけどあの子よりは焦凍くんのことを知っているつもりだ

「…なんか悔しい」

そう思って物思いに耽っていると、告白イベントが終わった焦凍くんと出くわしてしまった

「雫?」

「あー…えーっと…どうも」

「…聞いてたのか?」

呆れる焦凍くんに目を泳がせるとため息をつかれた
何そのため息、私だってため息つきたいのに…って…え?

「OKしたの?」

「しねぇよ、前も言ったろ恋愛に興味ねぇって」

「そっか」

何で焦凍くんが告白されている姿にため息をつきたくなったの?
何で断ったって聞いて安心してるの?

「それにお前がそんな顔するなら余計にだ」

「え?」

「友達が取られそうで拗ねてんだろ?」

拗ねてる
そう言われて呆気にとられる
焦凍くんは友達だ、大切な友達
友達に彼女ができたら確かに寂しいかもしれない
それでも祝福するだろう、だって友達なんだから

「心配してる暇があるなら試験に集中しろよ」

そう言って私の頭にぽんっと手を乗せてから教室に帰っていく焦凍くん

ああ…だめだ、心臓がうるさい
それに顔に熱が集まってるのもわかる

「(待ってよ、こんなの…まるで)」

この感情は少女漫画で読んだことがある
お伽話のように思っていたのに、その時は不意に訪れてしまう

「…うそでしょ」

弱々しい自分の声に情けなくなる
早く顔の赤みを隠さないと
そしていつも通りの私でいないと

いつもならすぐにできる取り繕いが上手く出来ない

この日、私は許嫁破棄同盟を組んでいることを心の底から後悔した
報われない恋とはこのこと、初恋は実らないとは真実らしい










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