愚者へ贈るセレナーデ

  見直した




農道が見え、その傍に幌付きの軽トラックが置かれている

人影はないし監視のヘリもまだ飛んでいない


「あれは最高だね」

「盗もう、俺古い車なら鍵ついてなくても」

「私も動かせますよ、名家の人間はみなその教育を受けてるでしょう」

「あれ、そうなの?五士家だけが特別かと思った…ってかまじで?全員できるの?」


聞くところによると全員高校生でありながら運転できるらしい

どうやら柊だけじゃなくてその分家も一通りの操縦は覚えさせられるみたい

花依さんや雪見さんは従者というだけあって予想はしていたけれど


「一番見た目がおっさんな五士が運転しろ」

「は?それいじめ発言だろ?俺結構モテるんだぞ」

「じゃあモテる奴が運転しろ、あ、制服で運転するな、上着はこっちに」

「ちょ、待って、まだエンジンかかるかどうかわかんねぇから」


上着を脱いだ典人が運転席へ向かう

するとすぐにエンジンが動き出す


「うわすごい」


私たちが習うのは呪術で車を可動させる方法であり、一般の人とは違うものだ

だからその方法では可動に時間がかかるのが定石なのだが典人は難なくやってのけてみせた

これにはその場の全員が目を丸くして彼を見る


「ちょ、どうやったんですか?流石にこんな早業でエンジンをかける技術は十条家でも習わなかったんですが」

「あれ、そーなの?五士家じゃこれが当たり前だぜ」

「ほ、ほんとですか?なら今度私にもそれ教えてください!」

「えー、まあいいけど…ってかそうかー、じゃあこの速さは珍しいのか
みんなでいるつもりでもやっぱ差があるんだなー」


得意げに言った典人の様子が怪しいのでグレンと深夜と三人で典人の背後の運転席を見れば、そこには鍵がつけっぱなしになっていた

つまり今彼は術を使ったわけでもなくただ鍵を回しただけ

美十は気づかないのか典人を褒め称えており不憫すぎる


「これは本当にすごいことですよ、私貴方のことをいつもへらへらして何の取り柄もない人だと思ってましたが」

「いやいやそれはちょっとひどいでしょ美十ちゃん」

「少しだけ見直しました」


今までの美十の典人への評価が酷すぎて笑ってしまった

褒められて気を良くした典人は嬉しそうだ


「そう?じゃあ大いに見直してくれたまえ、あと惚れちゃってもいいよ?
美十ちゃん可愛いから、俺美十ちゃんとなら結婚しても」

「は!?それはありえません」


即答されてしまった典人

美十はグレンが好きなのでフラれてしまった様子


「えー、じゃあ小百合ちゃんでもいいけど」

「わたくしはグレン様ひとすじなので」

「なんだよじゃあ」

「私も主のためだけに生きています」

「えー…」


花依さんと雪見さんにもフラれた典人が笑って肩を竦める


「あら、私は口説いてくれないの?」

「冗談やめてくださいよ夜空様、俺殺されますって」

「あはは」


柊家に手を出すのは分家には許されていない

それに私は暮人の婚約者だ、そんな女に手を出すのは相当の馬鹿しかいない

グレンはそんな障害も全て取っ払って真昼と恋をしたんだけれども


「じゃあ出発しようぜ、乗れよ」

「街に出ろ、服を調達する」

「僕が案内するよ、ある程度は覚えてきてる」


深夜が助手席に乗ってそう告げた

彼は本当に頭がいい、暮人が京都で真昼を捜索するという任務を部下に出したタイミングで覚え始めたんだろう


「服は郊外スーパーから盗んで調達、ラブホテルで仮眠っていうコースでいい?」

「ああ」


全員徹夜で山歩きをしていた

二日くらいは寝なくても平気だけど、吸血鬼と戦う可能性がある以上睡眠は必須だ





prev / next

[ back to top ]


- ナノ -