愚者へ贈るセレナーデ

  お膝をどうぞ




動き出した車の幌の中にいるグレン、私、美十、花依さん、雪見さんの五人


「交替で少しでも寝」


そう言いかけた美十

しかしガタガタとかなり揺れるためとても寝れそうな雰囲気ではない


「こ、ここで寝るのは無理でしょう」

「ならお前が見張りだ、俺は寝る」

「え、ちょ…」


寝始めたグレンに見張り役にされたのでおろおろしている美十

そんな彼女にポンポンと自分の膝を叩いてにっこり微笑む

その意味を理解した彼女が少し青ざめたので首を傾げた


「そ、そそそ、そんな恐れ多いことできませんよ!
だってあの柊夜空様のお膝で寝るなんて…暮人様に処されます!」

「別に暮人は気にしないよ、ほらおいで」

「無理ですってー!」


私からすれば美十は友達なので全然気にしなくていいんだけれど、美十からすると私はあの柊暮人の婚約者

いずれ帝ノ鬼を率いる者の妻となる人間に膝枕など恐れ多いんだろう

まあ、こういう反応をされるとわかっててやってるのでとても面白い


「あはは、いいじゃん、何なら僕がしてもらいたいくらいだよ」

「俺も!俺も!!」

「女の子限定の膝なのでお断りでーす」

「「ええー…」」


前の席から茶々を入れてくる男子二人をきっぱりと切り捨てるとブーイングが聞こえてくる

そんなやりとりを聞いていた花依さんと雪美さんが少しおかしそうに笑った

二人が私のことで笑うのは初めてなのでまじまじと見ていると、ハッとして表情を固くする


「二人にもいつでも貸し出すからね」

「柊の膝など結構です」

「そうですよ」


ツーンと顔を背けられてしまうが今に始まったことじゃないので気にしない

それに嫌われても仕方ないことを柊は一瀬にしてきた

養子だろうが何だろうが私は柊の人間だ、どれだけ柊が嫌いでもそれは変わらない


「(そういえば…暮人の怪我は大丈夫かな)」


鬼を取り込んでいる手前すぐに回復するとは思うけど、結構な量の血が出ていた

今は心配しても仕方がないし、あの柊家が暮人をみすみす殺す真似はしないだろうから考えるだけ無駄かもしれない

ふと、目の前で眠るグレンの姿に目を向ければ心臓がトクントクンと音を立て、少し苦しい

今まで暮人に抱いたことのない感情がグレンには芽生えている

暮人はそれを恋愛感情だと言ったけど果たしてそうだろうか

その答えはまだわからない







その後数時間が経過した頃、ゆっくり目を開けたグレン

そんな彼の真正面で座っていた私の姿を見た彼は少しぼーっとしている


「おはよう」

「どれくらい寝てた?」

「結構寝てたよ、今は十四時」

「もうどこかの宿に着いたのか?」


そう尋ねられて頷いた

荷台から見えるのは西洋風の外観をした建物


「街道沿いのラブホテル、男女別で二部屋借りたって深夜が言ってた」

「お前は何故まだ荷台にいる?」

「そりゃあ寝てるグレンを放っていくわけにはいかないでしょ」

「起こせばよかった」

「まあね、でも鬼と対話してるのは寝言でわかったし、皆で話し合って起こさないことに決めたんだ
深夜と交代で貴方を見てたからもう一回寝たよ」


立ち上がって伸びをするとグレンも同じように腰を上げた

ひょいっと荷台から飛び降りてグレンへ手を伸ばせば見事にスルーされてしまう

手助けは不要ということだろうかと苦笑いする


「起きたらグレンを部屋まで連れてくるよう言われてるから行こう、着替えの準備もしてあるってさ」

「監視カメラは?」

「入る前に切ったよ、フロントの人は気にした様子はなかったかな」


それを聞いたグレンはしばらく黙り込んでから口を開く


「お前、随分落ち着いてるな…愛しの婚約者様とラブホテルなんて経験済みか?」


何を言われたのか一瞬意味がわからなくて少し驚いたけど、すぐにいつものようにへらっと笑う


「暮人がこんなところに来ると思う?それに私たちは婚約者だけど建前上であってそこに何の感情もない、愛しのって部分は間違ってるよ」

「でも寝たんだろ」

「それじゃあグレンは真昼のこと愛しいって思ってるんだ?寝たんだもんね?」


エレベーターのボタンを押してそう問えば、彼は分かりやすく嫌そうな顔をした

生憎私は言われっぱなしで黙っているような女じゃない





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