愚者へ贈るセレナーデ

  やりすぎ注意




入学式から十日後

実技授業の呪術訓練という名の組み手を行なっている様子を眺めている私と深夜


「で?参加しないの?」

「深夜こそ参加してきたら?」


正直ここの授業は緩い

組み手をした段階で数人殺してしまいかねないので傍観していたけれど深夜はにこにこ微笑みながら一瀬グレンを見ていた

彼は今ちょうど五士家の人に殴り飛ばされたところのようで地面に転がっている


「上手く流したね」

「どうして演技なんてしてるんだろう」

「そりゃあ目をつけられないためじゃない?」

「もしくは虎視眈々と機会を窺ってるのかもね」

「それは都合がいいな」


飄々と言ってのけた深夜が一瀬グレンに歩み寄る

五士さんと十条さんが戦い始めたのでクラス中がそちらに気を取られていて、深夜が一瀬グレンと話していることに気づく者はいない


「やぁー、殴られる演技ご苦労さん
キミレベルだとあの程度じゃ学べることないでしょ
この十日ずっとキミのこと見てるけど殴られ方も上手いよねぇ、ダメージ受けないように、なのに派手に吹っ飛ぶように」

「ストーカーかてめぇは、俺のこと見んじゃねぇよ」

「あはは、いやでも未来の柊潰しの仲間がどれくらいの実力持ってるか気になるじゃない」

「俺はお前の仲間にはならない」


あっさりフラれている深夜に口角を上げると一瀬グレンが私に目を向けた


「お前もだ、いつもヘラヘラと気色悪い」


久しぶりに誰かに言われた度直球の悪口にポカンとしてしまい呆気にとられていると深夜が「ははは!」と楽しそうに笑った

言われっぱなしは癪なので私も一瀬グレンに歩み寄る


「実力を隠してる弱虫に言われたくないんだけど」

「おーっと、夜空は怒らせない方がいいよグレン」

「思ったことを言ったまでだ」

「そう、じゃあ私と組み手をしよう一瀬グレン」


術を使用するために力を解放すればクラスの一同もこちらに目を向ける


「あの夜空様、わたくし柊様のお相手を出来るような実力は持ち合わせておりませ…」


今更猫を被ったところでもう遅い

ちょうど私も深夜も彼の実力が気になっていたところなので都合がいい

少々手荒だがこうでもしないと彼はその気持ち悪い猫被りをやめないだろう


「構えなさい一瀬グレン、大怪我をしても知らないよ」


呪詛加速で能力を底上げした拳を構える、それでも一瀬グレンは構えない

なるほど、これはもうナメられていると捉えていいのかもしれない

そう思ったので八割くらい本気で殴り飛ばした

八割と言っても私の呪術はあの柊家のお墨付きなのでガードなしだと死んでもおかしくない代物

それなのに一瀬グレンは構えることもなく殴り飛ばされた


「うっそー、どんだけ強情なの?」


宙を舞う一瀬グレンの姿を見上げる深夜の呑気な声が聞こえる

殴った瞬間骨を折った感覚があった、臓器にダメージを受けている可能性もある

鈍い音を立てて地面に落ちてきた一瀬グレンに十条さんや五士さんが駆け寄る

私と深夜は血を流す一瀬グレンを冷ややかな目で見下ろした


「あー、本当に死んだかも」

「もしかして本当に弱いのか?」


ここで死んだとすれば彼はそこまでだろう

でもここでは死なない

なんとなくそう直感したので焦ることはない


「せ、先生!一瀬くんが血を吐いてます!!」

「さすが柊家の方は実力が違うな」

「一瀬家の分際で戦おうだなんておこがましい」


十条さんの声など聞こえていないように倒れる一瀬グレンを蔑む面々

そうなるように柊が教育したんだからこれは正しい、正しくて心底気持ちが悪い


「ちょ、あんたたち一体どういうつもりなの…?」

「おい、この血の出方、まじでやべぇんじゃねぇか?」

「えっ」

「おいおいおい、ちょ、こいつ医務室に連れて…」


焦る十条さんと五士さんを他所にゆっくりと一瀬グレンに向かって足を進め彼を覗き込めば目が合った


「いつまで演技が続くか楽しみにしてるね、一瀬グレン」


ヒューヒューと苦しそうに呼吸する彼にそう語りかけ、意識を失ったのを確認してから術を使いその体を浮遊させた


「(まあ多少はやり過ぎたから医務室に運ぶくらいはしてあげよう)」





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