愚者へ贈るセレナーデ

  失望させないで




一瀬グレンを瀕死にしてしまった日

授業を終えて医務室へ向かう私の手には一瀬グレンの荷物

正直ここまでしてあげる義理はないんだけど、何となくそうした方がいい気がして行動していた

深夜がついて行こうか?と聞いてきたけど私は子供じゃないので丁重にお断りしてきた


「昔みたいに接してはくれないのね」

「状況が違います…もう私も物も知らない子供では」

「もういいです、黙りなさい」


医務室の傍まで来た時に中から聞こえたのは真昼と一瀬グレンの声

十年ぶりの再会であろう場面に水を差すところだったので気付けたことにホッとする

ただこの手にある荷物を放っておくわけにはいかないので二人の話が一段落するまで外で待つことに決めた


「私のような者の近くに来られては真昼様のお父上がお怒りになります」

「私も昔とは違います、自分のことは自分で決められる
支配下の家の者たちの心配をするのは主家である柊の者の務めです」


真昼は分家にも優しい、そんな彼女が大好きだった

暮人のことも嫌いじゃないけれど、より愛想がいいのは真昼だったから私は彼女ととても仲がよかったと思う


「…本当に久しぶりなのに何も言ってくれないの?」

「言える言葉を持っていませんので」


聞こえてくる会話からして真昼はまだ一瀬グレンが好きなんだろう


「傷の具合は?」

「問題ありません」

「あなたの評価は…ひどく低いと聞いていますが、本当ですか?」

「そう報告があがっているのであれば、それが事実でしょう」


一瀬グレンの方も多分同じだとは思う、捻くれてるせいで真昼を傷つけるなら許せない


「真昼様はこの十年で強く、お美しくなられましたね」


それは満点の褒め言葉だ

心の中で一瀬グレンに賞賛を送っていると真昼の嬉しそうな声が聞こえた


「そして乱暴者だったあなたはお世辞を言うことを覚えた?」

「世辞など…」

「でもあなたに綺麗と言ってもらえるのは嬉しいかな」


いい雰囲気の二人に心が温かくなる

真昼が一瀬グレンをどれほど好きなのかは彼女からずっと聞かされてきたから知っている

だから再会できたことはとても喜ばしい


「それで、私に何のご用でしょうか?」

「…いえ、怪我をしたと聞いたので」

「ご心配おかけしましたもう問題ありません、他に何かご用は?」

「ありません…では失礼しました」


結局一瀬グレンは真昼が思っているような人間じゃないのかもしれない

幼少期に想い合っていたとしても今の彼を見て真昼はどう思ったんだろうか


「ああ、言い忘れました
ご婚約のこと深夜様に聞きました、おめでとうございます」

「…ありがとう」


医務室から出てきた真昼は私に気がつくことなく行ってしまった

一瞬見えた横顔は悲しそうに歪んでいて思わず手に力が入る


「…くそ、俺は嫌な奴だな」

「人を傷つけておいて自己嫌悪?」


医務室に踏み入り、手に持っていた一瀬グレンの荷物を彼のベッドの傍に放り投げる

ドサドサと着地したそれを見ることなく彼は私をじっと見つめた


「ここには腕利きの医者が揃ってる、その怪我も数日もすれば治るでしょ」

「大怪我を負わせておいてよく言うな」

「避けなかった貴方の責任でしょう?」


わざと受けたせいでその怪我を負ったのだから私に非はない


「一瀬グレン、貴方は何のためにここにいるの?」


この数日間見ていて分かったのは彼はとても優秀な人間だということだ

一瀬家という迫害されている家の当主となる彼は柊家を敵に回しても戦える可能性はある

そんな人間が従者がいないと何もできないように振る舞い、元恋人を傷つけ、自己嫌悪に陥っている

深夜もだけど私も彼を買い被りすぎたのかもしれない


「真昼は私の友人だから彼女を傷つけるのは不愉快
自分の采配で自分が傷つくのは自業自得だけどあの子を巻き込まないで」

「お前に何が分かる…養子でも柊に取り入った奴が」

「少なくとも貴方よりは分かることは多いと思うけど?
あと前に深夜が言っていたように私も柊家は嫌いだから勘違いしないで」


医務室周辺に術を展開しているのではっきりと柊への批判を告げた

そのことに一瀬グレンの目が細められる


「私の人生は柊に決められた、でも納得なんてしない、だって私は神でもなんでもないんだよ
生き方は自分で決める、そのために必要なら協力もする

深夜は境遇が似てるけど私よりずっとしんどいことをされてきた
だから深夜も真昼と同じで大切な友達…二人を失望させないで、期待させないで一瀬グレン」


それだけ言って医務室を後にする

展開していた術を解けば周囲の教室から騒々しい声が聞こえてきた

何も考えずに笑い合う生徒たち

楽しそうに他愛ない話をしている姿に羨ましいと思うのは私がそれを取り上げられているからだろう

真昼と深夜といる時は私もあんな感じなんだろうか

柊家に来てから失うものばかりで欲しいものは何一つ手に入らない





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