Fate | ナノ
これこれの続き

自室に入るなり飛び込んできた目の前に広がる光景に対し、自分でも無意識に眉間に皺が寄るのが分かった。そこらに散らばる醸造酒は、師が召喚した、かの英雄王が手につけた物だろう。勝手に侵入し、勝手に人の物を口にし、満足すると帰っていく。まさに暴君という言葉を具現化したサーヴァントだ。再び酒を求めてやって来るのは分かっているだけに片付けることは馬鹿馬鹿しささえ感じるが、いつまでもこのまま衛生的に良くはないだろう。溜息をついて、足元に転がる空の瓶を手に取ろうとしゃがみ込んだ時だった。微かに背後から人の気配が現れ、女の声が静かに「キレイ様」と私の名前を呼ぶ。

「……何用だ」
「ナマエ様がキャスターのマスターと接触しました。そのご報告に」
「……なまえが? どういう経緯でそうなった」
「路地裏で迷子になっていたところに偶然遭遇したようです。互いに聖杯戦争の関係者とは何ら知りえない様子ですが、このままだとキャスターのマスターの所持している武器により重傷を負う恐れがあるかと。如何いたしますか」

朝から姿を見ないなとは思っていたが、まさか冬木の町に出ていたとは。なまえの監視をさせているアサシンと視覚共有をしてみれば、脳天気に笑っているなまえと、その隣でキャスターのマスターが軽薄そうな笑みを浮かべていた。純粋なるその笑みは歪さを感じさせることもなく、狂気すらも綺麗に隠し包んでいるようだった。右手にはナイフが怪しげに輝いているが、なまえは気付く素振りすらない。なまえが一般人だとしたら、彼女は今ここで一生を終えるということは火を見るより明らかだった。

なまえは、魔術師としては一流の腕を持つが、人間としては三流というか…はっきり言ってしまえば馬鹿、違う表現をするならば単細胞という表現が見事に当て嵌まる人間だ。
彼女は間抜けな表情で笑みを浮かべ、よく私の後ろをついて歩く。代行者としての任務を終えた血に染まる私をあの脳天気な笑顔で出迎えた。配偶者という存在が出来た後もそれは変わらなかった。あの笑顔はいつまでも変わることなくそこにあり続けている。そういう人間なのだ、みょうじなまえという女は。

もし、この男に刺されることでそんな少女の顔を歪めることが出来るならば、と私の中にある腐りきった悪意が耳元で囁いてくる。



………………。

「キレイ様」
「──このままでいい。例えなまえが傷を負ったとしても魔術を使えば死にはしない」
「…了解致しました」

アサシンはそれ以外に用はなかったのか、闇に紛れて消えていく。意識をなまえを監視しているアサシンの方に集中させれば、彼女は丁度ナイフを腹部に突き刺されるところだった。

「……っ」

目を見開いたそこにはいつもの間抜けな笑顔は消えうせていた。驚きと恐怖が混じり合うなまえの表情に、心臓が高鳴るのが分かる。息をするということが苦しくなる程、私はなまえの絶望をしたようなその顔に興奮していた。こんなもので心が弾む自分に、やはり私は破綻そのものだと認識せざるを得ない。

なまえは生まれた時から私しか頼る存在がいなかった。もしキャスターのマスターの手を逃れたならば、なまえは私に助けを求めるだろう。私が自分の身に何が起こっていたのかを知っていれば、何故助けてくれなかったのだと八つ当たりや筋違いにも等しい怒りをぶつけてくるに違いない。ここはなまえが事の次第を自ら説明するまで素知らぬふりをした方がいいだろう。

彼女は息を上がらせながらも懸命に教会へと続く道順を走っていく。
視覚共有をやめにして、落ち着かせるように深呼吸を一つ。それでも心が揺れ動くのはよもや仕方のないことだった。なまえが恐怖で歪ませた顔を私の目の前で見せてくれることを、大いに期待することにしよう。
気を緩めると漏れだしそうになる笑みを隠すように、醸造酒を手にとった。

冷たくなる熱るべき体がまるで蛇のように疼く