性善説

国道を走るトラックが事故った 原因は信号無視だ 歩道を渡ろうとした子供が巻き込まれて 巨大な車体の下に挟まれた体はぼろぼろに擦り切れている
生暖かいにおいだ 焦げたゴムのにおいに混じる 丁度人肌くらいの錆のにおい

斜陽が照らす橙の 大通りの平坦な夕暮れは突然のブレーキ音に切り裂かれた
鈍い衝突音に次いで響き渡る 性急なブレーキ音に思わず振り向く 衝突から完全停車までの距離はおおよそ50メートル程 車道にはランドセルや折りたたみ傘が点々と散らばり アスファルトはタイヤ痕の間に沿って赤黒く濡れている
車輪にすっかり絡め捕られ引き摺られた柔い体は 視認できる範囲だけでもおおよそ現実味のない姿をしていた
子供だったとはいえかくも人体は脆いものか 所謂第三者視点のそれ 直前まで掲げていたのであろう黄色い横断幕が 静かに路肩に転がっていた
彼か彼女か判別できない姿になったあの子の親が 此処には居ない事が数少ない救いのようにも思えた

車体の下の惨状を知ってか知らずか 運転手はハンドルを握り締めたまま固まっている 顔はすっかり青ざめ 口元はわなわなと震えているようだ
(あいつ 今タイヤの下がどうなってるか知ったらどんな顔するだろう)
脳裏をよぎる ろくでもない好奇心

つまるところ 僕等は退屈に飢えていた
何もかもが手に入る日常で 感動も感情も飽和している その中ですら手に入らないものを僕等は無意識に欲していた
その証拠に すぐさま路肩は好奇の目で埋め尽くされ 溢れかえり 瞬時に様々な言葉が飛び交う
事故の悲惨さに声を潜め眉を顰める者 好奇に満ち溢れた表情で指をさす者 状況も分からないまま騒ぎに乗じて集まってくる者 様々な無秩序が個々に呼応しては 徐々に群を成す
一帯が空気が熱を帯びた二酸化炭素で充満する 空気が淀んでゆく

その場に居合わせた誰が沈黙を選んだだろう 意味の無い憶測交換会
眼前の惨状は 僕等の所為で退屈しのぎのエンタアテイメントになりくさる

ふいに 喧騒の隙間を縫って背後から聞こえたシャッター音 声高々にはしゃぐ声 陳腐な悦びの類の言葉を 鼻息荒く並べ立てて
瞬間 この場に充満する生臭い哀憐の正体が分かってしまった気がして それは揺らめきながら歪に笑っているようで 思わず口から何かが溢れ出しそうになるのを手の平ですぐさま塞いだ

知ってたんだろ本当は 気付きたくなかっただけで
好奇心に負けた憐憫はただの生ゴミでしかなかった

赦しを得たい訳ではなく しかしそれでも 今も尚好奇の視線を交わし続ける有象無象と結局は変わりないのだと 思い知らされているようで
リフレインするシャッター音が耳鳴りみたいに耳にこびりついて離れない
喉の奥から熱くて酸い味がする 気がした

間もなくサイレンが喧騒を裂き 僕はその場を後にする
道すがら 後日路傍に並ぶであろう手垢塗れの献花たちを思い浮かべてはまた口元を塞いだ





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