空のお皿

我が家は4人家族だ。父と母に、自分と妹の4人家族。 我が家の食事時には少し変わった習慣がある。それは5人分の食器がテーブルに置いてあること。お茶碗に取皿、コップに箸、刺し身を食べる時には醤油皿も。しかし、決まってその中は空なのである。この後客人が訪れる訳でもなければそのような予定もない、 特別な予定のない時でも当たり前にそれは用意されている。4人で囲む食卓の上には毎日欠かさず、4人分の食事と1人分の空いた食器が並べられているのだ。
今や見慣れた光景となっているので別段不思議に思うことは殆どなかったが、何をきっかけにこの習慣が始まったのかをずっと思い出すことができずにいた 。少なくとも、物心ついた幼少の頃にこのような習慣があった記憶は正直ない。昔のことだから忘れてしまっている可能性もなくはないが、もう少し後の、自分が中学へ入学したかどうかくらいの頃からだったような気がする。気がする、という歯切れの悪い言い方をするのは、このことについて思い出そうとしてもいつもよく思い出せないからだ。同時期に学校や家であった出来事なんかはそれなりに覚えているのだが、詳細を思い出そうとしても、この記憶にまつわる部分だけ何故か詳細がぼやけているのだった。
我が家の食卓の準備は基本的に母が行っていた。母ならきっと何か知っているだろうど思い、次の日の夕飯時、準備を手伝いながら空の食器を置く意味について訪ねてみた。
母が言うには、これには厄除けの意味があるらしい。空の食器が身代わりとなり、様々な災厄から自分たちを守ってくれている、と。空いた食器に集めた悪いものを、一緒に並べたお箸を使って神様に食べてもらうのだと言う。いまひとつ信憑性に欠ける話ではあったが、取り敢えず納得ができる理屈ではあったので自分は2つ目の質問をした。この習慣はいつからするようになったか、という質問だ。これに対し母は、
「あなたが生まれてくるよりもずっと前、ここに引っ越してきてからよ。」と言ったのだ。想定外の返答に思わず腑に落ちない顔になる。何故なら自分にはそのような記憶は存在していない。その旨を母に伝えてみたが、
「昔のことだから忘れているのよ」 と、想定通りの言葉が返ってくるだけでそれ以上取り合って貰えそうになかった。 夕飯の支度も丁度終わったようで、母は何も変わらない様子でこう言った。
「食器、忘れないでね。」

その日の夜、母の回答に納得のいかなかった自分は釈然としないまま眠りについた。翌日になっても消化不良のままの疑問に収まりがつかず、その日の夕飯時、思い切って家族全員の前で同じ質問を投げかけてみた。しかし、返ってきたのは昨日の母と全く同じ内容のものだった。
この空いたお皿やグラスにわるいものを集めて、このお箸でそれをかみさまに食べてもらう。その為にこうして毎日欠かさず食器を並べているのだと、父だけでなく、妹までもが口を揃えてこう述べるのだ。自分はつい昨日まで知らなかったというのに。まるで自分だけがこのことを知らない、無知な奴だと言わんばかりに。
「この子ったら昨日も同じこと訊いてきたのよ」と母が言う。
「私はずっと前から知ってたけど」妹が少し呆れた顔をする。
「これでひとつ賢くなったな」父が大口を開けて笑う。
ごくありふれた、なんの変哲もない一家の風景の中、空の食器は今日もテーブルの端で静かに並んでいる。





追伸
そういえば忘れていたけれど、いつの頃からだったかよく見る夢があった。場面はいつも決まって食事時で、普段と何ら変わりなく一家団欒の時間を過ごしている夢だ。ただ現実と異なるのは、5つ目の食器が並べてられている場所に、家族ではない何かが座っていること。
とてもおおきな、座っていても頭の天辺が天井の電球を掠めそうな程おおきな『それ』は、やたら長い首が目につく青白く生白い肌をして、白いワンピースのようなものを纏っている。骨に皮膚が貼りついただけとしか思えない、ひどく華奢で長い手指を行儀良くテーブルの上に揃え並べ、当たり前のように家族の輪の中に存在していた。床まで付いてもまだ余る黒々とした長い髪をしており、顔面は隙間なく髪に覆い隠されている為表情を確認できたことは一度もない。生きているのかどうかもよく分からない、人間の形をしたおおきな何かが、自分たちと同じように食卓を囲んでいるのだった。
もうひとつ、現実と異なっている箇所があった。それは、『それ』の前の皿の中にも食事が盛られていること。普段の自分達と同じように、何かしらの食物が盛りつけられていた。自分の座る席から『それ』の席は一番離れており、食器の中身がよく見えずにいた。ちょっとした好奇心で斜向かいに座る母に訪ねてみる、その皿の上に盛られているものは何かと。すると母はにこやかな顔で答えたのだ
「それはわたし  ちの、



記録はここで途切れている、







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