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 男が苦手だ、というルネの告白。
 それについて、心当たりがないでもなかった。

 第1部隊には、半月に1回ほど、食糧や備品の補充のために配給がある。支援部隊の運び屋(クーリエ)たちが、海底通路を通ってえっちらおっちらと人力で荷台を牽いてくるのだ。いったい何世紀の光景だと呆れたくもなるが、しち面倒な入島手段のためにそうする他にないのである。
 支援部隊の中には運び屋のみならず治療屋(ドク)もいて、第1部隊にも軍医はいるにはいるのだが、隊員に話せない心理面での微妙な相談を抱えている者は、ここぞとばかりにその時を狙い、彼および彼女に内面を吐露しているようだった。
 その支援部隊員の中に、ルネが一際親しくしている女性がいる。
 眩いほどの金髪に、こぼれ落ちそうに大きな青い瞳。名を、シャーロット・エディントンという。
 成人するかしないかほどの若さで、隊員たちは配給よりも、彼女に会えるのを楽しみにしている節があった。シャーロットは控えめな性格で、一人ひとりに要り用なものがないか聞いて回る。支援部隊のエージェントたちが逗留している2、3日のあいだ、彼女は右へ左へ引っ張りだこだった。私はそんな彼女の様子を、あんな人気者ではさぞかし気苦労が多いのだろうな、と遠巻きに眺めていた。
 彼女が最も多くの時間を共に過ごしているのがルネだった。シャーロットが島に訪れる度、ルネは男装した舞台俳優ばりの大げさな仕草で彼女を迎えた。
 曰く、

「君が来るのを待ちわびていたよ。君のいない日々はまるで羽根をもがれた鳥のような気分だった……」
「ああ驚いた! 君の周りの空気が宝石のように輝いて見えて、そこに天使が舞い降りたのかと思ったよ」
「シャーロット。かわいいかわいい私の子猫……」

 等々。聞いている男の方が恥ずかしくなって赤面するほどの台詞を、ルネは顔色も変えず滔々と並べてみせる。シャーロットは呆れるどころか、ぽっと頬を染めて、ルネに肩を抱かれるままになっていた。二人のその姿はまるで仲睦まじい美男美女で、私たち男どもを何とも例えがたい妙な気分にさせるのだった。
 そのシャーロットを一番熱心に口説いていたのはヴェルナーだ。
 彼はどうも女性には誰でも(ただしルネを除き)優しくする癖を持っているようで、支援部隊が来る日のはしゃぎようといったらなかった。
 その中でも、おっとりとした気質で拒否の言葉をなかなか口に出せないシャーロットは、格好の標的だった。ヴェルナーが彼女を人気のないところに連れ込み、嫌がっているのに無理やり男女の関係に持ち込もうとするのを、ルネと二人で阻止したこともある。私が力づくでヴェルナーを引き剥がし、シャーロットはルネに優しく抱き締められて震えていた。どうやらルネは、女性相手には肌を触れ合わせるのを厭わないようだった。
 ヴェルナーは何度邪魔をされても、シャーロットに関わるのをやめようとはしなかった。女性関係にだけは変に粘り強く、我々の手を焼かせた。ある時などは、生憎ルネがシューニャに呼び出されて留守にしており、私一人でヴェルナーをぼこぼこに叩きのめす羽目になったこともあった。
 私に引きずられながら、ヴェルナーはシャーロットに向かってウィンクとサムズアップを飛ばす。どこまでも懲りない男に、脇腹へ膝を入れてやると、やっと大人しくなった。

「あの、先ほどはありがとうございました」

 振り回されて疲労感を覚えた私が、木陰で一息吐いていると、シャーロットは律儀に礼を言い、ぺこりと頭を下げてきた。その姿を見上げ、目を合わせると、彼女の身に緊張が走るのが分かる。
 男との会話に慣れていないのだろうか。そんな調子で男だらけの場所に来ているのだから、きっと精神的な負荷が大きいのだろうなと思われた。

「礼には及ばない」
「いえ、そういうわけにはいきません。あの……新しく入隊した方ですよね。何か足りないものがあったら、お気軽に言ってくださいね」
「特にないし、今後も不足する予定はない。私のことは気にしなくていい」
「え、えっと……」
「それよりも、君は自分の身を守ることを覚えた方がいい。ルネや私がいつも目を光らせていられるわけではないんでな。君もエージェントの一員なら、自衛の手段を身につけるべきだ」
「あ……そ、そうですね。そうします……」

 シャーロットは肩を落とし、しょんぼりした様子で私の前から去っていった。異性との付き合い方が上手くないのは私も同じだな、とその時考えた。 
 ルネとシャーロットはよく、二人きりで長々と話し込んでいた。詳しい内容は知らない。しかし風の噂で流れてくる話から察するに、どうもシャーロットは支援部隊から執行部隊への異動を望んでいたらしい。それについての助言をルネに求めていたようだ。
 ルネがシャーロットに向ける視線は慈愛を含み、優しかった。時には愛おしげに目を細めながら、シャーロットの耳下で切り揃えられた金髪を梳くように撫でていた。愛撫を受けるシャーロットの方でも、恥じらいつつも目元や口元を綻ばせ、その熱い瞳はただルネだけに注がれていた。誰も近づけない、二人の世界がそこにはあった。恋愛感情の存在すら疑える、彼女らの雰囲気に私は嫉妬を覚え、そしてまた、そんな自分が腹立たしかった。女性に羨望を抱いてしまうなど、お門違いもいいところだ。
 もしかしたら、ルネは男が嫌いなだけでなく、女性を好いているのかもしれない、と思うようになっていた。
 その疑惑はその後すぐ、打ち砕かれることになるのだが。

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