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 傾いた太陽はまだ、じりじりとした陽射しを道行く人々に注いでいた。模試を受けた頃、この時間には肌寒さを感じていたはずだ。何気ないところから、季節が進んでいることを知る。
 俺と未咲は高校の近くにあるジェラート屋に向かって歩いていた。この気温だと、おそらく店は混んでいるだろう。その店はこじんまりとしているが洒落た外観と内装で、この辺に高校が多いこともあり、様々な制服を着た高校生でいつも賑わっている。
 未咲はうきうきした気分を隠そうともせず、俺の隣を歩いている。よっぽどアイスを食べられるのが嬉しいらしい。そもそもこの賭けは最初から結果が見えていたのだ。点数の上限が決まっている俺と未咲では、対等な勝負にはなり得ない。俺は怒っていいはずだ。なのに、満面の笑みを浮かべる幼馴染みを見ると、あまり悪い気がしない自分が悔しい。
 目的のジェラート屋には、10組ほどが並んでいた。その最後尾に続き、色とりどりのジェラートが並ぶショーケースが近づくのを待つ。
 そのまましばらくしていると、未咲があからさまにふううとため息をついた。
「……なんだよ」
「別にー。こういうとこにはせっかくなら龍介じゃなくて別の人と来たいなって思っただけー」
「その言葉、そっくりそのままお前に返してえな」

 俺はむっとして言い返した。まんざらでもないと思っていたのが間違いだった。波風が立つようなことをどうしてわざわざ言うんだこいつは。
 刺々しい空気が未咲とのあいだに漂ったまま、前にいた客が会計を済ませて店から出ていった。目の前に、鮮やかな色のジェラートがずらっと並ぶ。それを見るやいなや、未咲が目を輝かせ、口元を綻ばせた。現金な奴だ。

「うわーどれも美味しそう! レアチーズケーキもラズベリーもシトラスミックスも巨峰もマンゴーもいいなー、どうしよ」

 未咲は屈みこみ、食い入るようにジェラートを見つめる。ただでさえ短いスカートの裾が持ち上がり、意外なほど白くきめ細かい太ももが露になっている。半歩退いたところにいる俺には、見えてはいけないものまで見えてしまいそうだ。

「おい、そんなにしゃがんだらパンツ見えんぞ」
「スパッツ履いてるから見えませーん」

 冷やひやしながら指摘すると、冷めた答えが返ってきた。ああそうですか。

「ていうかどこ見てんの? 気持ち悪いんですけど」

 そりゃ悪かったな。
 こんな距離でそんなことをされたら、嫌でも目に入る。ただ見ていたのは事実なので、俺は口をつぐんでいた。
 それにしても、太ももの際どいところまで見えていることについては、何も思わないのだろうか。不思議だ。
 2分経っても3分経っても、未咲の逡巡は続いた。決まる気配がない。

「おい、人が並んでんだから早く決めろよ」

 未咲が、えっ、と焦った声を漏らす。

「でも、レアチーズケーキとマンゴー、どっちも同じくらい食べたいし、美味しそうだし……どうしよ、決められない」
「んなもんダブルにすりゃいいだけの話だろ」

 このジェラート屋のオーダーの仕方は4つある。アイスはシングルかダブル、そしてそれぞれ器がカップかコーンかが選べる。もともとシングルの値段も高めだが、ダブルとなれば金欠の高校生にとってはなかなかの痛手となる。特別な時でない限りそうそう選ばない。
 未咲は俺の方を振り返った。目を丸くしている。

「えっいいの? だってお金払うの龍介だよ?」
「だからいいって言ってんだろうが」

 なんでこういうところだけ気を遣うんだ。
 未咲はありがと、と呟いて、今や遅しとオーダーを待っていた店員に注文を伝えた。



 店を出る。未咲の手には、レアチーズケーキとマンゴーのジェラートが盛られたコーンが、俺の手にはチョコミントのアイスクリームが盛られたカップがある。
 俺は甘いものが苦手なので、食べられるアイスといったらチョコミントだけなのだ。
 未咲が俺の手元を怪訝な顔で見る。

「ねーなんで龍介コーンにしないの? 同じ値段なのに、カップは食べられなくてもったいないじゃん。それに、チョコミントって……それ歯みがき粉の味でしょ」
「うっせーな、コーンは甘くて嫌なんだよ。それに全然歯みがき粉の味じゃねえっつーの。大体俺が何を食べようがお前には関係ねえだろ」

 一頻(ひとしき)り反論し、プラスチックのスプーンをアイスの山に突き刺そうとしたところ、手からアイスがふいと消えた。横から未咲がひったくったのだ。

「ちょっとちょうだい」

 俺が可否の返事をする前に、アイスの山の頂上部分を、ぱくりと未咲が頬張った。途端に微妙な表情になる。

「んん、やっぱ歯みがき粉の味! 返す」

 突っ返されたアイスを、俺は半ば呆然と受け取った。けっこうな量が減っている。人のものを許可なく食べる行為もあれだが、これに俺が口を付けたらどういう事態になるか――。頼むからちょっとは頭を働かせてくれ。
 もやもやが渦巻く俺の心の内など知ったことかといった様子で、未咲は自分のジェラートを美味しそうに食べ始めた。目は閉じられ、首がほんの少し左右に揺れる。

「んーっ! おいし! ありがと龍介!」

 未咲がにかっと俺に笑いかける。その笑みには、賭けに負けた俺の敗北感を煽るような、そんな意地汚さはどこにも含まれていなかった。どこまでも純粋な、俺にとっては眩しいほどの笑顔だった。
 俺は、ああ、無防備だな、と思う。誰にでも、そんな剥き出しの感情をさらけ出しているのだろうか。
 俺は無言のまま、胸の奥にわだかまる鬱々とした感情を押し潰すように、アイスを一すくい口に運んだ。
 淡く緑がかったその青は、苦い胸の内とは裏腹に、甘く爽やかな味がした。

――メルティングブルー

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