結論から言うと、屋上に龍介はいた。
 屋上に繋がる扉を開け放つと、気持ちのよい風が頬を撫でる。こういうのを爽やかな初夏の風って言うんだろうか。詩人みたいだわたし。おお。
 屋上の端っこにはぽつんとソファーが置かれている。何度見ても違和感がある光景だ。たぶん龍介が運んだのだろうけど、そんな根性があるなら授業に出ればいいのに。
 表面が破け、中のスプリングが出かかった古びたソファーの上に、龍介が猫のように身を丸めて眠っていた。近寄って声をかけると、ぼんやりと薄目が開く。

「龍介」
「……なんだよ」
「なんだよって何よ。あんた何やってんの」
「昼寝」
「授業中だけど」
「お前に言われなくても知ってる」
「担任みたいな口の利き方をすんな」

 要領を得ない。仕方ないので龍介のおなかを小突く。

「えい。起きろ」
「いってえ止めろ馬鹿」
「なら起きなさい」

 龍介がしぶしぶといった様子で身を起こした。そういえばなぜかこいつも冬服を着ている。どうして暑苦しい格好してる人ばかりわたしの周りにいるんだろう。
 龍介が長い前髪のあいだから恨めしそうな視線を送ってきた。

「よくも俺の快眠を邪魔したな」
「ねえ前髪切ったら」
「うっせぇ」
「なんでブレザー着てんの」
「どうでもいいだろ」
「暑くないの」
「暑くねーよ」
「教室戻ろうよ」
「やだね」

 やだねって子供か。わたしが口を開こうとするのを手で制して、龍介が面倒くさそうに溜め息をついた。

「あのさ未咲。お前、今野先生の授業ちゃんと聞いてるか? というか、ちゃんと起きてるか?」

 起きてると答えようとして詰まる。全く起きてないことに思い至ったからだ。最初と最後の2、3分くらいしか起きてない。
 弁解しとくと、今野先生の授業中に寝ているのは何もわたしだけじゃない。クラスメイトのほぼ全員が夢の世界に旅立っている。先生の体の微細な揺れが生徒の眠気を誘発しているとしか思えないのだ。初回の授業は衝撃的だった。恐るべし今野催眠。

「ほら見ろ。寝てるなら教室で寝ようが屋上で寝ようが一緒じゃねーか」
「……一緒じゃないわよ」
「何が違う。説明してみろ」
「あのね。そうやって理屈っぽいからモテないのよ」
「お前にだけは言われたくねぇな」
「"だけは"ってどういうことよ」
「そういうことだよ」

 しばらくお互い無言で睨みあう。龍介と顔を合わせるといつもこうだ。口喧嘩ばかりしてしまう。
 不意に疲労感がどっと押し寄せてきて、思わず龍介の隣に腰を下ろした。緑色のスカートの下で古いソファーがぎぃこーと不平を漏らした。

「お前なに座ってんだ」
「なんか疲れたあ」
「は?」
「わたしも授業サボろっかな」
「はあ?」

 龍介が頓狂な声を出す。何秒か唖然として、それから頭を掻いて、呆れたようにまた溜め息を一つ、ついた。

「お前は俺を呼びに来たんじゃねぇのかよ」
「そうだけど、んー疲れたし」
「意味分かんねーなお前……」

 意味はわたしだって分かんない。こんな場所で授業中にひなたぼっこなんかしてちゃいけないだろう。ましてやわたし、学級委員長だし。
 でも天気は良いし、空はきれいだし、雲は美味しそうだし、風は気持ちいいし、なんだかいいやって思った。龍介は毎日こんな気分を独り占めしているのか。それってちょっと、羨ましい。
 今野先生には悪いけど、今回くらいは許してほしい。テストで赤点取っても字が丁寧だとか名前が素敵だって理由で加点する人だから、多目に見てくれると思うんだけど。問題は担任だな。
 青空に向かって両手を突き上げ、うーんと伸びをする。風が制服のリボンをさらう。

「あーあ! また桐原せんせーに怒られるぅ!」
「やっぱり意味分かんねーなお前」

 龍介が今度は声をたてて笑った。
 いい天気だ。

――青空を二人占め

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