茅ヶ崎龍介はクラス一のサボり魔であり、学年一の問題児であり、かつわたしのクラスメイトであり、幼なじみでもある。奴の面倒を見るのは大抵わたしの仕事だ。昔から。

「茅ヶ崎くんはお休みですか」
「いえ、サボりです」

 梅雨入り前の6月のある日。今日も龍介の席には誰も座っていない。
 わたしが間髪入れずに答えると、国語科担当の今野先生はわたしのほうを見て困った顔をした。もともと開いてるんだかどうか分からない目が、眉根を寄せたせいでさらに細くなっている。前が見えているか心配になる。
 今野先生大丈夫ですか。前見えてますか。

「すみませんが呼んできてもらえませんか?」
「はい」

 今野先生は心底申し訳無さそうな表情を浮かべている。この顔を見るのは何回目だろう。生徒に対して過剰に下手に出る必要はないと思うのだけど、定年間近のおじいちゃん先生は優しい性格みたいだった。
 サボり魔を呼んでくるためにわたしは席を立つ。こういうのは学級委員長の役目であり、そうしてその学級委員長はわたしだ。
 教室のドアを閉めるついでに振り返ると、先生はゆらゆらとわずかに揺れながら板書を始めていた。その1/fの揺らぎの魔の手にかかって、早くも生徒が数人机に突っ伏しているのが見えた。



 成績が良いわけでもない、というより底辺層なわたしが学級委員長をしているのは、単に厄介事を押し付けられたからに他ならない。あいつの、龍介の行きそうな場所は大体頭に入っている。今日は晴れているから、おそらく屋上にいるだろう。
 衣替えしたばかりの夏服のスカートをはためかせながら走っていると、途中で担任に呼び止められた。
 担任の桐原先生は6月だというのに黒いスーツを上下ともしっかり着ている。先生が黒以外のスーツを着てるのを見たことが無い。そんなに黒が好きか。暑くないのか。むしろ見てるこっちが暑苦しいわ。

「篠村。今は授業中だが」
「言われなくても知ってますー。先生こそ何してんの?」
「一服」

 先生は内ポケットからタバコの箱を覗かせてみせた。どうやらこれから外に行くつもりらしい。
 禁煙がもてはやされている今、外に出てまで喫煙する教師は希有なんじゃないかと思う。そこまでして吸う価値がタバコにあるんだろうか。無いに決まってる。

「タバコは有害物質の塊なんだって」
「君に言われるまでもなく知っている」
「じゃあなんで吸うわけ」
「大人の事情だ」

 先生が口の端を歪めて皮肉っぽく笑う。どうでもいいけどわたしはこの人が苦手だ。苦手っていうか嫌い。大っ嫌い。

「とにかくわたしは急いでるの」
「また茅ヶ崎探しか。学級委員長も大変だな」
「そうやって他人事みたいに言ってるけど担任にだって責任あるんじゃないですか」
「まあそうだな」

 桐原先生は笑ったままであっさり肯定した。この人のこういう、何を考えているのか全然読めないところが好きになれない。

「君もせいぜい頑張りたまえ」
「うっさい」

 廊下の角を曲がる直前、思いっきりあっかんべーをしてやった。
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