ヴェルナーの言葉の響きは、冷たかった。
一瞬、何を言われたか理解できなかった。脳の奥までその言葉が辿り着くまで数瞬を要した。言葉を反芻する。
いのちをねらわれているかのうせいがある。
命を、狙われている。
誰かが、自分を、殺そうとしている。
ひどく、現実感の無い話だ。
「……心当たりがありません。人違いじゃないですか」
龍介はきっぱりと告げた。
それを聞いて、ヴェルナーが虚を突かれたような顔をする。
「あれれ、あんまり驚かないねえ」
「だって俺、そこまで人に恨まれるようなことなんかしてないですよ。命を狙われるなんて……あり得ない」
そこでちらりと先生の方を見る。あまりにも荒唐無稽だと感じた。こんな話は止めさせてほしかった。
しかし、そこにあったのはこちらを見返す真剣な瞳だった。
――え、本気かよ。
「人違いなんかじゃないさ。確かに君は今のところ何もしちゃいないが、君が将来やり遂げることで不利益を被る奴らがいる。そいつらに狙われかねないってわけ」
ヴェルナーが噛んで含めるように言う。引っ掛かりを覚える言い方だ。さも未来のことが分かっているような言い種(ぐさ)ではないか。
「なんで、これから俺がやることが分かってるみたいな言い方をするんですか」
「分かってるみたいな、というか、実際分かってるんだけどねえ。まあ、一つ一つ説明していこう。君が知らない世界のことだよ」
意味深な台詞のあと、ヴェルナーがウインクをした。そして思案げに腕を組み、心持ち視線を上の方にやる。
「まず何から話すべきかなあ……予見のことから話した方がいいかな」
「よけん?」
聞き慣れない言葉だ。
そ、とヴェルナーが軽く肯定して、滔々と説明を始めた。
彼曰く。未来と現在は方程式の左辺と右辺のように、一対一で対応しているものである。左辺が現在、右辺が未来とすると、現在の構成要素を全て挙げることができれば、方程式の解を求めるがごとく、おのずと未来が見えてくる。
未来は、予め知ることができる。それを俺たちは予見と呼んでいる、とヴェルナーは言った。
いきなり突拍子もない話をされて龍介は面食らった。しかしどうやら、超常現象の類いについて話しているわけではないらしい。どちらかといえば科学的な内容に感じた。確かに理屈は通っている気はする。
ヴェルナーはその先を続けた。
「ただし、未来を予見すると口で言うのは簡単だが、実際のところはかなり困難だ。現在の構成要素なんてそれこそ数えきれないほどあるからな。機械で計算しようにも、未来像が導き出される前に未来が来ちまうだろう。んで、ここで情報の取捨選択に長けた人間の登場ってわけだ」
ヴェルナーの口は滑らかだ。
「豊富な知識と、類い稀(まれ)な記憶力と、そしてこれが一番重要なんだがーー第六感ともいえる直感を持ち合わせた人間がいる。そいつらは未来をある確率で予想することができる。俺たちは予見士と呼んでるがね。そいつらが君の未来を見たってわけ。ここまではいいかい」
いや、と龍介はヴェルナーの話を遮った。
「ちょっと待てよ。その予見士って奴は、スーパーコンピューターよりも計算が速いってのか? 化け物かよ。そんなん信じられねえ」
「計算してるわけじゃないよ。見えるんだよ」
「なんだそれ。ますます納得できねえって」
「んなこと言われたってできるもんはできるんだから仕方ねえだろ」
ヴェルナーは子供がするように口を尖らせて言う。
でも、と龍介がなお食い下がろうとすると、それまで口を閉ざしていた桐原先生に、茅ヶ崎、と呼び止められた。先生の目は真剣さに満ち、その視線はこちらに突き刺さってくるようだった。
「申し訳ないが、信じてもらうしかないんだ。とにかく、こいつの話を最後まで聞いてやってくれないか」
先生の言葉には、嘆願するような響きさえあった。桐原先生にそこまで言われては、了承するしかない。龍介が渋々首肯すると、ヴェルナーはふーん、と龍介と先生を交互に見た。
「……まあいいや。じゃあ話を先に進めよう。お次は一番大事な、誰が君の命を狙ってるかと、俺が何者かについて。君の命を狙いかねない奴らーーとりあえずそいつらを敵ということにしとこう。俺たちはそいつらに敵対してるんだ。つまり、君にとっては味方だ」
「……そいつら、俺たち、ってことは、複数人なんだな。その敵も、あんたらも」
ヴェルナーが、よくできました、とでも言うように、にこっと笑う。
「察しがいいね。その通りだよ。俺たちはその敵に対抗して作られた組織の一員でね。組織は便宜的に影と名乗ってる。で、敵さんの名前は"ペッカートゥム"。ラテン語で"罪"という意味の、国際的なテロ組織だよ」
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