ヴェルナーの最後の言葉に、思わず目を剥いた。国際的なテロ組織? どうしてそんな物騒な奴らに自分が狙われないといけないのか。

「それは言えないんだ」

 ヴェルナーが少し残念そうな表情を作る。

「未来は自分で確かめてくれ。もっとも、それまで君が生きていればの話だけどね」
「おいヴェル、冗談がすぎるぞ。もっと言葉に気を遣え」

 先生が堪えきれないという風に口を開いた。いたくご立腹のようだ。ヴェルナーがぺろりと舌を出す。ごめんごめん、と反省しているのか疑わしい謝罪をする。

「まあ、そうだな……ヒントを出すとしたら、君が罪(ペッカートゥム)の活動に支障を与える脅威に後々なるだろう、ってことまでは言えるかな。実は影だけじゃなく罪にも、さっき説明したような予見士がいてね、君がそういう存在になることを同じように予見した。その上で俺たちは、罪の連中が君を狙うかもしれないと予想したんだ。脅威の芽は早く摘んでおくに限るからね。それで、俺が君の護衛として影から派遣されたってわけさ」
「護衛?」
「あれ? 言ってなかったっけ」

 初耳だ。
 先生がちらりとヴェルナーを見た。

「影のお偉いさんから言われたんだよ。いつ罪の奴らが襲ってきてもいいように、俺が君の周辺を監視する。いざというときは俺が君を守る」

 そこまで言って、ふとヴェルナーは龍介から視線を外して首をすくめた。

「こういう台詞は君みたいに根暗そうなお坊っちゃんよりも、可愛い女の子に言いたかったけどね」
「……ヴェル」
「あーはいはい、うるさいなお前はいちいち」

 桐原先生のたしなめるような声に、ヴェルナーはちょっと頬を膨らまして応えた。
 龍介はそこで、先ほどから気になっていることを問うてみることにした。

「なあ……ちょっといいか? その……ペッカーなんとか? って奴らは、国際的なテロ組織なんだよな。でもそんな名前、聞いたことねえぞ。その話、本当なのかよ」

 龍介のその問いを、ヴェルナーはうんうんと頷きながら聞いていた。

「その疑問はもっともだ。罪の存在をほとんどの人間は知らない。報道されることはおろか、全世界的にその存在が秘匿されているからな」
「秘匿? どうして……」
「君はクローンというものを知っているかい?」

 急に真面目な顔をして、ヴェルナーがこちらを見据えた。話の展開についていけず少々動揺する。

「え……っと、多分。ドリーとか、聞いたことある」
「そう。ドリーはクローン羊だな。クローン技術は何十年も前から研究されてるが、それを人間に応用する研究は現在禁止されている。倫理的な問題が解決できないからだ。クローン人間に関する法的な整備はされていないし、クローン人間が存在しないことを前提でこの世界は成り立っている」
「……それで?」

 ヴェルナーの双眸が不穏な光を放つ。

「罪では様々なテクノロジー開発が行われてる。クローン人間の研究も極秘裏に進められてるらしい。既に実用化に至っているって話もある」
「……!」
「クローン人間がいることが明るみに出たら、世界はそれこそ混乱の渦に巻き込まれるだろうな。その他にも、世界的に凍結されてる研究を連中は進めている。だから、罪の存在を公にするわけにはいかないんだ。もちろん罪に敵対する俺たち影も同様に」

 ヴェルナーが不遜に笑う。

「光で照らすことができない闇は、もっと大きな影で覆い尽くすしかないのさ」

 龍介は何も言えなかった。さっきヴェルナーが言った君の知らない世界のこととは、こういうことだったのだ。
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