「君も食べたら? 錦の料理うまいよ」
「……いただきます」
やや逡巡してから、スプーンですくって、口に入れる。途端に香ばしい薫りが鼻腔にに広がった。ご飯はぱらぱら、卵はふわふわで、細かく刻まれてほどよく甘い玉ねぎがしゃきしゃきと音をたてた。
「……おいしいです」
「でしょー?」
なぜかヴェルナーが誇らしげに微笑んだ。それを、エプロンを脱いでヴェルナーの隣に座った桐原先生が、呆れ返った表情をして見る。
「ヴェル、貴様はもう少し遠慮というものを覚えたらどうだね」
「えー今さらなんでよ? 料理作ってくれるようになってから何日も経ってるじゃん。それに、俺とお前の仲なんだから遠慮なんていらんだろ?」
「あのな、貴様は居候としての自覚が足りんのだ。少しくらい申し訳なさそうにせんかこのたわけが」
先生はヴェルナーに向かってくどくどと何ごとか言い出した。大体貴様は昔から云々、いい加減に精神構造を云々、そういった説教めいたことをヴェルナーはもりもり食べながらへいへいと適当に聞き流していた。
なんか母親みたいだなと龍介は思った。
「あの、ところで話って」
それまでこんこんとヴェルナーに小言を言い聞かせていた先生が、はたとこちらを見る。途端に表情が曇り、目に陰が射す。
「ああ、そのことだが。この男から、話してもらう」
「そうですか。あの」
龍介が促そうとすると、ヴェルナーは手で制止するような動作を見せ、まあ待ちなさいお坊っちゃん、と芝居がかった調子で言った。
「そう慌てなさんなって。まずは空いた腹を満たすのが先決だ。日本には"腹が満たされざる者喋るべからず"という金言があるだろう?」
「ありません」
「あ、そう?」
ヴェルナーは人を食った笑みを浮かべ、炒飯を食べる作業を再開した。龍介も仕方なくスプーンを動かす。
その間、桐原先生は沈痛さと憐憫が入り混ざったような複雑な視線を龍介に向けていた。龍介の心はざわつく。胸が騒ぐというのは、こういうことをいうのだろう。
「さてと、じゃあ本題に入ろうか」
龍介が食べ終わるのを見計らって、先に皿を空にしていたヴェルナーが切り出した。テーブルに両肘をつき、顔の前で指を組む。
ヴェルナーの赤い視線が龍介を射抜いた。
「単刀直入に言うとだね、シュウスケくん」
「龍介だ」
言い間違いに横から即座に訂正が入る。
「あー失敬、どうも男の名前を覚えるのは苦手でね。で、龍介くん」
ヴェルナーが僅かに目を細めた。一呼吸置いてから口を開く。
「単刀直入に言う。君は、命を狙われている可能性がある」
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