140SS *02 Nov 2015 : other* 死者が、僕を見つめている。これまでに人類が犯した罪で死んでいったすべての死者たちが、僕に問うている。 お前はどうするのだ、と。 お前はすべてを知ってしまった、どうする、知らぬふりができるか。 僕はおびただしい数の罪の前で、何も答えられず、何もできず、ただ身体を震わせて、立ち竦んでいる。 ―すべての罪の記憶 *31 Oct 2015 : other* 失われてしまった物語に思いを馳せる。 私は文字を与えてみたい。言葉を知らぬ原始の人類に。人類が滅ぼしてきた様々な動物たちに。白亜期の地球を闊歩する恐竜たちに。エディアカラ動物群の生物たちに。有機物のプールで儚く漂う原初の生命に。 彼らの描き出す物語。 その夢想の眩(まばゆ)さに、私は酔いしれる。 ―記述法のない物語たちへ *12 Oct 2015 : other* 好きなアーティストのMVを観ていたら、随分古そうな映像だね、と彼が言った。 「これ今年のやつだよ。8ミリフィルムで撮ったから古く見えるの」 「どうしてわざわざ」 綺麗なものばかり溢れてる時代だから、汚いのが恋しくなるのかも、と返す。美しい容姿をして、煙草を咥える彼の横顔が、私は好きだ。 ―AMANOJAKU *30 Aug 2015 : Escapade with Blue* あいつは海の底で眠っているらしい。 最期の様子を、俺は何年も経って漸(ようや)く聞く決心がついた。水葬は本人の希望だったようだ。 生きていたら、俺を隣で支えてくれただろう、あいつ。生前好きだった酒を海に傾ける。琥珀色の液体が群青に混ざっていく。 「お前が女だったとはなあ」 大丈夫、俺は笑えている。 ―可溶性のラメント *30 Aug 2015 : other* 山林の土の上で、今から私は死ぬところだった。 思考だけが明瞭で、夏の終わりに死ぬなんて最悪、そう思った。むせ返るほどの草いきれ。ヒグラシの鳴声、彼岸からの呼び声。 死にゆく私は、冬を欲していた。身を裂く風も、雪が肌に溶ける一瞬の冷たさも、霜焼けの痛痒さも、今は何もかもが懐かしかった。 ―晩夏に冬園(ふゆぞの) *07 Jul 2015 : other* 初めて見る海は、全てを塗りかえる青だった。 視界を埋める、美しい色。白波に誘われるまま、大いなるうねりへ飛び込んだ。鮮やかに網膜へ焼き付いた水平線、その向こうへ、水と一体になって、どこまでも行ける。 僕は知っていた。ここが僕の世界だ。果てなく広がる自由だ。僕はここに、帰ってきたんだ! ―青の世界 *17 Jun 2015 : Escapade with Blue* 彼の名は、呼ぶ度に甘く舌に広がった。彼の胸に額を押し付け、声がくぐもっていても、それは変わらなかった。 彼の腕の中は心地よく、ここは自分用の特別誂えの場所なのだ、とどんな女性にも思わせる何かがそこにあった。彼は体からして根っからのプレイボーイなのだ。舌に広がる、それは甘い毒だった。 ―sweet poison *09 Jun 2015 : other* 彼女の手の甲には傷があった。白くわずかに盛り上がったそれは、滑らかな彼女の肌の上で否応なく目立ち、僕は尋ねずにいられなかった。 「実家にいた黒猫に引っかかれた痕よ。もう死んじゃったけど、これはその子が生きてた証なの」 かつての黒猫そのものであるみたいに、彼女は傷痕を愛おしげに撫でた。 ―proof *09 May 2015 : other* 先に逝った者を、取り決めた花木(はなぎ)の下へ、残った者が埋める。我々を繋ぐ、一つの約束事。 やつれゆくその人は、藤が綺麗、と目を細めた。私は知っている。袂(たもと)の中の手首が痩せ衰えているのも、自力では起き上がる事すら叶わぬのも。 「出歩いていいのか」 「好きな花を決めないと」 淡く儚く美しく、微笑む。 ―花葬 *28 Apr 2015 : Escapade with Blue* せめて朝まで、一緒にいられない? 彼女が、それは恋人のする事よ、と静かに答えた。我儘を聞いてくれてありがとうと言い残し、彼女は未明の闇へ消えていった。 腕に温もりが残っていた。この腕の中で、彼女は泣いていた。俺が泣かせた。掌で顔を覆う。優しくしたかった、のに。 最低。最悪の気分だった。 ―許されなかった朝(title 椿) ▲ back ▼ |