140SS *18 Dec 2016 : other* ほい、とミルクティーの缶を渡すと、寒さで強張った頬が綻ぶ。彼女の笑顔は世界一だ。 横目で窺うと、どこか遠い目をして、缶の縁に唇を宛がう姿がある。私は彼女の微笑みを見続けられるだろうか。次の冬も、その次も、お揃いのスカートを脱いだ後でも。 友達以上にはなれない私は、ただそれを切に願う。 ―お茶 *18 Dec 2016 : other* 保健室の窓から、雪の花を見た。裸の枝に咲いた白い花。 水色の薄い空の下、時間は凍てつき、ストーブの上の薬缶が立てるシュンシュンという音が、僕のひっそりとした孤独を際立たせていた。ガラスの向こうで、ひらひらと囁くように細雪が舞う。 あの冷たくも温かい幼少期の思い出が、今でも僕を生かす。 ―冬に咲く花 *18 Dec 2016 : other* 冷たい部屋に満ちた月の光は、青黒く滲む輪郭をぼうっと浮かび上がらせているけれど、一番そこにいてほしいあの人はもういない。ブルガリのプールオム、その残り香をうっすらと漂わせたまま。 それが生命維持装置であるかのように、私は彼の香りを、末成(うらな)りの肺胞までとばかり吸い込む。何度も、何度も。 ―月明かり *21 Oct 2016 : Escapade with Blue* 何かを許せないのが許せず、己を責めるのが癖だった。憎んでもいい、とヴェルは言う。いつか憎むのも飽きて、許せる日が来るかもだろ、と。 「来なかったら?」 「別にいいさ。俺達はただの人だ。全部許すなんざ無理さ。何かを愛して憎んで許して、それでいいだろ」 そんで自分を許してやれ、と男は笑う。 ―forgiveness *25 Apr 2016 : other* ホシ人材サービスです。お世話になっております。本日はどのような…弛んだ市民の防犯意識を引き締める凶悪事件の犯人、ですね。承りました。 防犯への意識を高めるには、凶悪犯の派遣が一番効果的ですからね。…当社の人材をお褒め頂き光栄です。すぐに手配致しますね。…はい、それでは失礼致します。 ―或る派遣会社 *18 Jan 2016 : other* 僕らは忘却し続ける。膨張する宇宙はヒトの記憶を取り零す。抗う術は無さそうだ。僕はもう昨日の事も忘れている。自分が言おうとした言葉、そんな一瞬前の事すら忘れる日が来るだろう。 その前に君に伝えたい言葉がある。けれどまだ決心がつかない。運命の訪れの前に、僕の心に勇気が生まれますように。 ―エンドロールには早すぎる(title by spitz) *26 Dec 2015 : Escapade with Blue* 目が覚めると、窓の外には冷たい夜が残っていて、隣ではヴェルナーが眠っていた。もう行かなきゃ、と思うのに、体は指示に従わない。 自分を好きと言ってくれる人と、こうして眠るのは最後なんだ、その実感が涙として溢れ出て、彼の胸を濡らした。もう少しだけ、このままで。私は声を殺して咽び泣いた。 ―ロワゾブルーの桎梏(title 誰花) *15 Nov 2015 : other* すべてを書き割りのように感じています。 眺望は平面に描かれた背景で、部屋も服も食べ物も、食器も家具も、人でさえ、精巧に作られた偽物に思えます。ぺらぺらの幕の上の虚構に、私は埋(うず)もれています。 でも、この幕の破り方を教えてくれるあなたは、きっといつまで待っても来てはくれないのでしょう。 ―あなたを知らずに生きていくことを許してください *08 Nov 2015 : other* 電車で眼前に広がる新聞の日付が妙な事に気づく。一週間後の日付。 携帯は私の認識の正しさを支持する。読み手は私に似た冴えない中年で、事件を未然に防ごうと血眼で記事を探す小説めいた様子もない。 会社の最寄り駅に着き、渋々降りる。あの男性と新聞は何だったのか。気になったが、翌日には忘れた。 ―通勤電車にて *07 Nov 2015 : other* 球体の賽子(さいころ)を振り続ける夢を見る。 立方体だったそれは、いつしか球体になっていた。賽子は床を転がり続ける。何の数字も示さない。 俺は焦る。冷汗をかく。夢だと知りながら。この次にどうすればいい。そもそもどこからが夢だった? 頼むよ。何マス戻っても、いっそ振り出しに戻ってもいい。教えてくれ。 ―dice nightmare ▲ back ▼ |