いつもと同じようで同じじゃないこと、
舌にのこる鱗







五条に言われて、泣いて崩れた化粧を落として歯を磨く。何処かに任務で行った時泊まったホテルでもらった使い捨ての歯磨きを五条にあげて、彼もまた顔を洗って歯を磨いた。


何処となく足元から崩れていってしまいそうな感覚が落ち着いてきたころ可憐は、五条の腕の中から出て、礼を伝えた。しかし五条は部屋に戻る気はなかったようで、歯を磨きたいと言い出したのだ。一度言い出したら聞かない性格を熟知している彼女はそれを受け入れた。



五条は、もともと部屋着として使っているグレーのスウェットにラフな黒いパーカーを着ていたが可憐は制服のままだったため、とりあえずトイレでパジャマに着替える。夜蛾に呼び出される前の授業が体術だったのでそのあとシャワーも浴びていた彼女は、その日の入浴は諦めたらしい。それほどまでに身体がなんだか重かった。





可憐がパジャマに着替えてふと時計を見るともう日付が変わっていて、一人用のベッドに座る五条はサングラスを外して小さなテーブルに置く。美しい碧色の目と不意に目が合った。










「んじゃ、寝るか」
「えっ」
「は?」
「わ、私、床で寝るから、いいよ、悟ベッド使って」
「意味がわかんねぇよ」
「てか、部屋戻って、大丈夫だよ。」
「無理。」「どうして」
「ひとりで泣かせたくねぇもん」
「もう、泣かないよ」
「そんなんわかんねーだろ」



五条に腕を引かれて可憐は彼の隣に座る。少しずつ頭の中が冷静になって、隣の彼が帰るのを止めた自分や、彼に抱き締められたことを鮮明に思い出すと、途端に顔が熱くなってしまう。それを五条に気付かれないように、無理だと分かっていても出来るだけ気付かれないように可憐は下を向く。掴まれた腕は知らない間に離されて、そっと手を握られた。







いつだってふざけてばかりで、
子供のように怒ったり笑ったりして、
何を考えているのかよくわからないけど
誰よりも近くにいる人を大切にしている五条が、いま自分の手を握っている。それがどうにも不思議で、だけどその手を振り払うことは出来なかった。









「一緒にいてやるって言ったろ。」

そう言って五条は手を離すと先にベッドに寝転がり布団をかける。早くお前も寝ろと言わんばかりに可憐のことを不満気に見るので諦めて、電気を消して彼女も布団の中に入り込んだ。かなり長身の五条と、女子の中では背が高い可憐は二人では明らかにベッドは狭かったが、五条が自分の胸元に可憐が顔を埋める体制にして抱き締めた。









「.......悟は、優しいね」
「別に。」
「子供みたいだけど、友達想いだよね」
「.......マジ?」
「なにが?」
「いや、なんでもない」

誰かと一緒に寝るのなんていつぶりかわからなくて、人の温もりがどうにも心地よくて、可憐の瞼はすぐに重くなる。それに気が付いて、五条は何も言わずに彼女の頭を撫でる。





「お休み、可憐。」
「悟も、おやすみなさい」
















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「悟、起きて。」


次の日の朝、可憐に起こされて五条が起き上がると簡単な朝食が用意されていた。小さなテーブルに大きめの皿が二枚並び上にはトーストとスクランブルエッグと焼かれたベーコンが乗り、それからヨーグルトが小さなお椀に入って皿の隣に置かれている。


可憐は割と前に起きたのだろう、もう制服に身を包んでいて、身支度も整っていた。おはよう、と笑う表情からは昨日の消えてしまいそうな声すら思い出せない。






「寝起き悪いのはずっとだね」
「あーあー、よく寝た。」
伸びをしてから起き上がり洗面所に向かうと、顔を洗い歯を磨いてから、食事に手を付けずに座っている可憐の隣に座った。



「食べよっか」「ん。」
「「いただきます。」」

















「じゃあ、あとでね。」
可憐は部屋のドアを開けると一度寮に戻るまだ眠そうな五条を送り出す。

「朝飯、ごちそーさま。」
「いえいえ。部屋で二度寝しないようにね」
「へいへい」


寮に向かって歩き出す彼を少しの間見送ってから可憐は部屋のドアを静かに閉めた。












「んあ、あれ七海。早くね?」
可憐の部屋を出て男子寮に戻ろうと歩き始めてすぐ、学校へ向かう途中の七海に会った。寝起きの姿だった五条を見てそこまで驚いていないので可憐の部屋から出てきた所も見えていたのかもしれない。




「....自主練です。」
「へー。真面目だな。んじゃな、」
これと言って何かを聞いてくる訳でもない七海にひらひらと手を振って、五条は寮へ向かう。そんな彼の背中を七海は暫く軽く眉間に皺を寄せて見てからすぐに学校へ足を向けた。






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「硝子ー、起きてるー?」
五条を送り出して学校にいく準備を整えると、いつもより早い時間だったが可憐は家入の部屋のドアをノックする。しばらくしてまだ眠そうだが一応身支度を終えている家入がドアを開けた。可憐はコーヒーが入ったマグカップを一つ持っていてそれに気づくと家入は小さく笑って彼女を中へ通した。










「へー。五条が。」
可憐が持って来たコーヒーを飲みながら家入はベッドに腰掛けてニヤニヤと笑う。授業まであと一時間、今日は二人揃って遅刻かもしれない。

ベッドに座る家入の足元に体操座りして可憐は昨夜のことを彼女に話す。





「テイクアウトの中華買って来てくれて、」
「うん、」
「それを食べて、悟が帰るってなった時に、その、」「その?」
「なんか、よくわかんないけど、なんか」
「なに」
「えっと、あの、悟の腕、掴んじゃって」
「へぇーーー。」
「面白がってるでしょ!」
「はは!ごめんごめん、続けて?」

「なんか、その、そしたら悟に」







「キスでもされた?」「されてない!!」
「じゃあ、なに」
「抱き締め、られ、、た?」
「そんだけ?」
「結果として、一緒に寝て、」
「え、ヤっ「なんもしてないよ!!!!」









顔を真っ赤にして、家入の言葉に食い気味に否定する可憐を見て彼女はニヤニヤと笑う。可憐は恥ずかしそうにベッドに顔を埋めた。



「悟ってさ、」「ん?」
「.......友達想いなんだね」
「は?」「え?」
「まぁ、そうなるかぁ。



友達想いかはあれだけど、五条は自分の仲間だと思った人たちには優しいんじゃない?比較的。子供っぽいからわかりにくいことも多いけどな。」

「だってさ、絶対狭かったと思うの、寝るの。悟無駄に背が高いし。」
「...そうだな。」







(なんとも鈍い)
家入は小さく溜息をついて五条に同情をするがこれといってフォローの言葉を言う訳ではなかった。


「こりゃ、苦労するな」
家入の呟きは可憐には聞こえない。








昨日別れた時より顔色がいい可憐を見て、それは恐らく五条の功労なのだが、家入は少しほっとする。可憐に突然知らされた現実は、決して軽いものではないのだから。

「少し吹っ切れた?」
「んー、考えてもどうにかなるもんでもないからさ。ありがとね、ずっと知ってたんでしょ?」
「なんもしてないけどな」
「でもありがとう、それからこれからもよろしく」


悪戯そうに肩をすくめて笑う可憐を見て家入はコーヒーを飲み切ると、行くかと声をかけた。普段なら遅刻なんて気にしない家入だが、おそらく揶揄う相手を見つけた彼女は少しだけ楽しそうだ。






「ん、いこ!
傑も悟ももう来てるかな、」
「まだじゃない?ちょうど会うかも。」






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「すっぐるーーーーーーー。」
一方その頃、一度家に戻った五条は制服にだけ着替えるとすぐに隣の夏油の部屋をノックし、あまりにしつこくノックするものだからすぐに諦めて夏油はドアを開けた。そのまま夏油のベッドに寝転ぶとうつ伏せのまま子供のように足をバタバタと動かす。







「へぇ、、友達想いかぁ。」
「....普通さ、普通さ、気付かねぇ?!」
「可憐は鈍そうだもんね」
「いや、まぁ、、そうだけど。だからってさ、、」
「それにしても、悟がそんなに可憐を好きだったとはね。」

「意外ではないけどね」と続けて朝食のトーストを齧りながら、夏油は揶揄うように笑う。それを見て五条は不満そうな顔をするが何も言い返すことはなかった。








「なんつーかさ、」
「うん?」
「....俺が知らねぇところで、あいつが泣くのはなんか、嫌っつーか、...」

起き上がり、適当なクッションを抱き締めながら子供のように唇を尖らせて話す五条を見て夏油は少しだけ困ったような顔をした。


(これは困ったことになったな)










「可憐には、ちゃんと伝えないとわかってもらえないんじゃないか?」
「.....マジ?」
「マジ」
「結構、攻めてね?俺。」
「大分ね。でも伝わらないなら意味がないからなぁ。」
「うげーーーー」
「まぁ、何処からか横取りされないように気をつけないとね」
「ん?」
「いや、なんでもないよ。

ほら、そろそろ行こう、遅刻しても知らないよ」
「今日は行かねぇ!」
「子供じゃないんだから、ほら早く。」



無理矢理五条を立ち上がらせると、夏油は玄関に向かう。それに渋々五条も着いて外に出る。寮を出て学校へ向かう道を歩いている途中で、女子寮の方から声が聞こえた。












「「あっ」」
「「お」」




「おはよ!」
少しニヤニヤする家入に、五条が舌打ちをしたのも、いつもと変わらぬ様子で挨拶をする可憐の頭をなんの気無しに夏油が軽く撫でたのも、それはまた別のお話。









なんて事の無い毎日に
本当は小さな違いがあって











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