知っても知らなくても、
きみへの
しつもん









可憐が自身の天与呪縛について知って一ヶ月。記憶を失うと言っても、そのタイミングはわからないし度の記憶がなくなるかもわからない。何より人間というのはきちんと順応できる生きもののようで、可憐自身怖がることもなくなっていて。そのため、過ごす時間は多いとはいえ後輩たちに、気を遣わせるのも何処となく気が引けているうちに、話すタイミングを失って、彼女が七海と灰原に天与呪縛についてわざわざ話すこともしなかった。








「今年の一年は大変だね」
「はじめから術式の扱いも呪力のコントロールもある程度出来るから、今年は早いうちから実戦実戦実戦で、先輩呪術師の任務にくっついて任務三昧かー。」

隣に座る夏油の言葉にまだ夏の熱い風が入ってくる窓の外を睨みながら、先ほど買ったパックのカフェオレを飲むのは可憐だ。

五条は暑さでうだり、可憐の隣で手持ちの扇風機と睨めっこして、家入は昼休みになった途端に何処かに行ったのでおそらく煙草をふかしているのだろう。








「あんなひよっこがついてきたら、先輩方もお気の毒なこった。」
「ひよっこって、私たちの一個下じゃん」
「ひよっこはひよっこだろ。」
「そういう事を言うから、悟は後輩達から人気がないんだよ。」
「いらねーよ、男共からの人気なんか」
「後輩から慕われるっていいもんだと思うけどなぁ。灰原なんか傑にめっちゃ懐いてるよね」
「悟にそんなこと言っても無駄だよ、可憐」
「ですよねー」
「七海はお前に懐いてんじゃねぇの?猫瓏だって懐いてんだし。」
「猫瓏が七海に懐いても、私に懐いてるから別問題でしょ」
「あぁ、七海といえば来週可憐と任務だろう?一泊って言っていたよね」

「え?」「は?」
「いや、なんで悟が反応すんのよ。えっ、来週だったっけ?てか泊まり?」
「...忘れてたかい?」
「いっ、いや!これは単に...」
「ちゃんと聞いてなかったんだね」
「.....お恥ずかしながら。」
「てか泊まり?なんで七海と可憐が。」
「だからなんで悟が不機嫌になるの」
「べーつに。」

「明後日には七海も戻ってくるからちゃんと打ち合わせしておくんだよ」
「はーい、傑せんせ!」






子供のように手をあげて返事をしてから次の授業が体術であることに気が付き、着替えをするべく慌ただしく可憐は立ち上がると、二人に手を振って教室を走って出て行った。その背中を見送ってから、五条は手持ちの扇風機のスイッチを消して夏油の方を見る。








「なぁ、七海と任務行くらしいけどあいつ知ってんの?」
「ん?」
「可憐の天与呪縛のこと」
「さぁ...私たちしかまだ知らないらしいから、七海は知らないんじゃないかい?」
「....ふーーん。」
「可憐の事になると余裕なしだね」
「はぁ?」
「自覚ないなら自覚したらどうだい。

そもそもなんでそんなに七海に突っかかるんだよ」
「突っかかってなんかねぇだろ」
「いーや。突っかかってるよ。
あー、あれか。
猫瓏が七海には懐いてるからだ。」
「ちげーよ。」
「まぁ、いいけどね。


そんなに心配なら七海に伝えたら?万が一ってこともあるかもしれないから。」
「俺が?」
「私は可憐が七海にも灰原にも話してないなら、僕たちが言うのは違う気もするけど、心配なんだろ?」
「別に!!!

ってか、一泊とか言って学生だけ派遣するなら大した任務じゃねぇだろ。」
「任務に直接、記憶のことで支障が出るのは少し今のところなら考えにくいかもしれないね。」
「じゃあ、言わね。」
「ったく子供みたいだな。」


五条は夏油の言葉に軽く舌打ちをするが、それは軽く流されてしまい、夏油も次の授業に備えて教室を出て行ってしまったので、溜息を吐きながら五条もその後に続いた。










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それから一週間後、可憐と七海は新幹線に乗っていた。早い時間の新幹線は比較的空いていて、昼頃には目的地に到着するらしい。窓際に可憐、通路側には七海が座り、彼が事前に打ち合わせをした内容を確認している横で、可憐は東京駅で買った駅弁を嬉しそうに食べ、おそらく彼の説明は頭に入っていない。



「聞いてましたか?話。」
「....うん、一応。

それより七海は食べないの?お弁当。まだ名古屋まで時間あるし、そんなに焦らない焦らない。

しかも名古屋駅で補助監督と合流してまた車に結構乗るんでしょ?名古屋駅からすぐなら一泊しなくてもなんとかなるもんね」

「はぁ...まぁそうですけど。」
「はやくはやく!お弁当開けてみてよ!おかずの交換とかしよーよ!」

可憐は東京駅構内の弁当屋で散々悩んで二種類まで絞ったもののそこから決められず、新幹線の時間を気にした七海が自分も食べるからその二つを買えばいいと提案したため、彼女はその二つの駅弁を食べるのが楽しみなのだ。溜息をついて七海も駅弁を開けると、彼よりも可憐の方が嬉しそうな声を上げた。






「七海は、卵焼き、甘いのとしょっぱいのどっちが好き?」
「弁当なら、甘いのですかね」
「お!そしたらその卵焼きあげる。甘かったから!あ、大丈夫!かじってないよ!お箸でちょっと切って食べただけ」

そう言って可憐は少しだけ欠けた卵焼きと唐揚げを七海の弁当の蓋に置く。


「甘いの嫌いなんですか?」
「ううん、好き。この卵焼き美味しかったから甘いの好きなら食べてみてほしくて。
あっ、ちなみに唐揚げは嫌い。」
「....ありがとうございます。」

七海は礼を伝えてから、割と魚系のメニューが多い自分の弁当を見てから、照り焼きになっている魚を半分に切って、可憐の弁当屋の蓋に置いた。



「私照り焼き好き!ありがとう!」
無邪気に笑う可憐に七海は短く、いえとだけ答えると静かに食事を始める。彼女はその様子を少し嬉しそうに見てから、窓の外を眺めて、都会の景色から少しずつ変わる様子を楽しんだ。






「あ!そーいえばさ、七海聞いた?」
「何をです?」
「今日泊まるところさ、手違いで一部屋しか取れてないんだって。
でね、もし嫌ならビジネスホテル探して二部屋取り直すけどって聞かれたの。
でもね!その一部屋が広いらしくて、しかも旅館だからそのままでいいって言っといた!

早く任務終われば温泉入れるかもよ!がんばろ!!」


「.......私はビジネスホテルでよかったですよ。」
「え!温泉嫌い?
あっ、私多分いびきとか平気だよ?広いみたいだし、部屋二つあるだろうから大丈夫だよ!わたしそういうの気にしない方だし。

あっ、でもあれか、私がいびきかいたらそれは本当にごめん」
「別にそこは問題ないです。」

「えっじゃあ、ビジネスホテルの方が好きだった?私旅館好きでテンション上がっちゃって...ごめんね、勝手に決めて。」
「いえ...。

藤堂さんは温泉好きなんですか?」
「うん!好き!銭湯も好き!たまに硝子と行くの。」
「そうなんですか、」
「だから、わたしは温泉をモチベに頑張る」




すっかり温泉に乗り気な彼女だったが、七海の心境は少し複雑で。無意識に眉間に皺が寄っていたがそれに可憐が気がつくはずもなく。七海は諦めて、駅弁と一緒に買ったペットボトルのお茶を開けて静かに喉を潤した。何か突っかかるものを、流し込むように。









「ははっ、付いてるよ」
不意に可憐が七海の口元についていた米粒を取る。伸ばされた手に驚いて彼の身体は一瞬すくんだが、それを気にするでもなく彼女は小さな米粒を食べて、何もなかったかのようにまた食事を続けた。









「........。」
「ねぇ、名古屋着いたら味噌煮込みうどん食べようね」
「....もうなんでもいいです。」
「他にも美味しいものあるかなー」
「任務ですよ、観光じゃないです。」
「そーだけどさぁ、せっかくなら楽しみたいじゃん」
「それに....私とそんな観光したら五条さんに怒られますよ。」
「へ?なんで悟?」
「.....え?」
「なんで悟がそんなこと怒るの?」






(だって二人は、

付き合ってるんじゃないんですか)
なぜか、出そうで出ない言葉を七海はまた飲み込んでしまった。








「いえ、なんでもありません。」
「そ?」
「....はい。」
「さっ、温泉のために頑張るぞ。でも朝早くて眠いからこれ食べたら、私寝るね」
「.....どうぞ。」
小さく七海が笑うと、可憐は少し不思議そうな顔をするが彼が笑ったのが嬉しかったのか最後の一口のお米を口に運んだ。










「ごちそうさま、」

少しだけ答えが見えたりして
正解は未だ決まらず












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