知らぬ間に君が
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「おはよー、可憐」
「んあ、おはよう、硝子。はやいね」
「あんたがいつもより遅いんじゃない?どしたの、寝不足?」

寮で隣同士の部屋を使う可憐と家入。普段なら可憐が早々に準備を終えて家入の部屋のドアを叩くのだが、今日はほぼ同時に部屋から出てきた。





「猫瓏が、」「ん?」
「朝早々と出て行ってしまった。」
「.....は?」










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「え、マジ?」
「マジなんです、五条先輩!」
「へぇ、これはすごいね。」
「夏油先輩も感心してる場合じゃないんですって!」

一年生の教室で五条、夏油、灰原の目線の先にいるのは、七海。しかし、その七海の肩には可憐の式神である猫瓏が乗っていた。七海は困った顔をしながら擦り寄る猫瓏を撫でる。





「この前から随分懐かれてはいたけど、まさか可憐のところから勝手にやってきちゃうとはね。悟なんて触れもしないのに」
「さっ、触れるよ!」
「威嚇するからやめておきな」
「朝多分藤堂先輩が出した時から、勝手に部屋から出てきたみたいで七海の部屋の前で鳴いていたんです。」
「可憐は?そろそろくんだろ」
「そしたら流石に戻るとは思うけどね。」
「.....五条さん、触れないんですか?」
「悟のことをその子が嫌ってるんだよ」
「...なるほど。」
「んだよっ、猫は苦手なんだよ!」
「あぁ、苦手だったんだ」
「うっせ!!!」







「あー!いたー!!!

もー、朝からなんで七海のとこ行っちゃうかなぁ。猫瓏おいで。」
「へー。七海に随分懐いちゃったんだ」
「そうなの、流石に勝手に行っちゃうことはなかったんだけど今日は勝手に出て行った、、切ない。」

教室に入ってきたのは可憐と家入で、愛猫を見つけると少し溜息をついてその名を呼べば、少し名残惜しそうに七海の肩から降りるとひと鳴きして飼い主の肩に飛び乗った。




「ごめんね、七海。」
「いえ、問題ありません。」
「この前の自主練だっけ?そこから急に懐いたんだっけ?」
「はい、硝子正解」
「式神って言っても、意志もあるんだろうね。猫瓏は可憐と一緒に育ってきているようなものだから」
「まっ、悟に懐くよりいいけど」
「どーいう意味だよ!」
「そのまんまだろ」
「ほらほら、二年生諸君。授業始まるからとっとと戻るよ。」
「はーい、傑せんせー。」
「猫瓏、七海のとこいるならいてもいーよ。迷惑かけないようにね。」




そう可憐が声をかけると、猫瓏は肩から降りて、一年生の教室をうろうろと歩き始める。





「七海、迷惑じゃなかったらその子よろしくね」
「...はい、わかりました。」





先に教室を出た三人を追いかけるように可憐も教室を出ようとすると、猫瓏が小さく鳴いたので彼女は一度振り返り「怒ってないよ」と笑ってから、一年生二人に手を振り教室を出た。





「藤堂先輩には、この子がなんて言ってるのかわかるのかなぁ。」
「ずっといるから、分かることもあるんじゃないか」








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夏油、可憐、五条、家入という順で横並びなのが二年生の教室での席順。くじ引きで適当に決めたので意味はないのだが。


一年生の教室から戻ってから五条の態度がおかしいのに気付いている三人だったが、その対応は三者三様で、夏油は呆れたように苦笑、可憐はなんだか不思議な顔をして、家入は完全にシカトだ。




「傑、傑。なんで、悟怒ってるの」
「んーーー。子供なんじゃないかな」
小声で隣に座る夏油に可憐が聞いてもあやふやに流されてしまう。でも隣に座る五条は明らかに不機嫌オーラを出していてなんなら机に無駄に長い脚を乗せて腕を組む。五条の態度に関してはいつものことなので最早先生からツッコミも入らない。




「....わたしなんかした?」
「可憐が気にするようなことはないんじゃないかな」
「....む。」
「いいよ、放っておきな」
小声で夏油に制されて、隣の不機嫌な五条を気にしつつも、可憐は授業に意識を向ける。ふといつも足元にいる猫瓏がいないことに気がついて、少しだけ寂しい気持ちになったが嬉しそうに後輩の肩に乗る姿を思い出す。





(猫瓏、いまなにしてるんだろ)
無愛想なのに優しく笑う後輩を困らせていないだろうか。






その猫瓏がきっかけで、隣の五条が不機嫌マックスになっていることを知らないのはこの教室でおそらく可憐だけだろう。






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五条は結局不機嫌マックスのまま一限目を終えて、次の授業に備えようとしていたタイミングで急な時間割変更があり、それを聞いた夏油と家入の反応がこちら。




「「うわー。」」



「どしたの?」
「よりにもよって、体術の授業か。」
「わたしさーぼろ。夏油がんば!」
「硝子、、」
「硝子もせめてグラウンドにはいてよ」
「えー、いいけど。」







「ほら、悟いくよ。次の体術、急遽一年と合同だって。」

夏油の言葉を聞くと五条はまるで何かのスイッチが入ったかのように、大きく伸びをしてから悪戯をする子供のように笑った。




「ぶっ飛ばす!!!!」
「...え、怖い、この人。」
「ほら、悟も騒いでないでいくよ。可憐も早く着替えておいで。」


















今日も変わらずひたすらに広いグラウンドに、二年生四人と一年生二人が向かい合って立つ。家入は参加しないそうで制服のままだが、他のメンバーは全員ジャージに着替え済みだ。七海の肩に乗ってグラウンドにやってきた猫瓏を一度可憐は解き、体術の授業に備える。






「今日は一年と二年合同だ。家入以外の五人は順番に二人一組のペアになって戦ってもらう。ペアのうちの片方が鉢巻を巻いてそれを取った方のペアが勝ちだ。鉢巻は必ず頭に巻くこと、誰が巻くかは自由だが途中で変えるのはなし。


今回呪力はなしだぞ。いいか、悟。呪力はなし。」
夜蛾の説明はほぼ五条に向けてされているようだったが、五条は適当に右手を上げて了解の意を伝える。



「じゃあ、まずは、傑と可憐のペアと悟と七海のペアで行こう。」
「異議あり!!!!」
「認めん。とっととやるぞ、悟。」
五条の言葉は予想通り流され、それぞれのペアが向き合って立つ。夏油と可憐のペアは軽く作戦を話しているが、五条と七海のペアは五条があからさまに不機嫌で最早七海が対応に困っている。






「あの、五条さん」「あ?」
「鉢巻はどっちがつけますか。」
「お前に決まってんだろ」
「...はい。作戦はどうしますか」
「.....多分可憐が鉢巻つけてくっから、お前は傑を引きつけとけ。」
「藤堂さんは、動体視力が優れてると聞いてますが何か対応しますか?」
「うっせーな。俺が可憐から鉢巻取ってくるからお前は傑をどーにかしとけ。取られんなよ。取られたら殺す。」
「.....わかりました。」


五条の予想通り、鉢巻は可憐がつけていた。おそらく彼女をひたすら逃げ回らせて夏油がその補助をしつつ相手の鉢巻を狙うのだろう。





「じゃあ、可憐。作戦通りいくよ」
「いえっさー!」














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「よっしゃーー!!!!」
鉢巻を掴んだ片手を掲げ嬉しそうな声を出したのは可憐だった。もちろんその頭には鉢巻は巻かれていて、彼女が持つ鉢巻は七海から奪い取ったものだ。



五条と七海は、五条が鉢巻を持つ可憐を狙い七海が夏油を押さえる作戦を立てていたが、鉢巻をつけている可憐が守りに転じずに七海の鉢巻を狙いにきたのだ。おそらく五条相手に所謂鬼ごっこは分が悪いと踏んだのだろう。そうなると必然的に夏油と五条が争うという図になるのだが、呪力なしならばより実力が拮抗している二人はお互いに鉢巻を狙いに行くことは出来ず、鉢巻争奪戦は事実上七海と可憐の一騎打ち。スピードパワー共に七海の方が上だろうが、相手を誘い込むテクニックや単純な持久力、それから持ち前の動体視力で可憐に軍配が上がった。








「くっそ....!」
「いやぁ、悟とやるの疲れるなぁ」
「あー、疲れたー!!!」



悔しそうにする五条も、勝ったものの疲労困憊の夏油と可憐も、二年生三人はグラウンドに寝転ぶ。唯一の一年生七海はしゃがみ込み肩で息をしていた。その様子を見ていた灰原となにやら記録をしながら見ていた夜蛾も疲れ果てている四人のもとへいく。




「みなさんすごかったです!!」
「各々課題はわかったか?」
「とりあえず、ちょっと、休憩、、!」

唯一の女子である可憐は、五条と夏油は立ち上がったがまだ起き上がれず夏油に手を貸してもらいふらつきながら立ち上がる。







「傑。お前は全体的にバランスがいいがやや攻撃性には欠ける。術式的にも体術は必須だ。相手をのらりくらりと交わすのもいいが時には攻めていけ。


悟。スピードもパワーもあるのに、相手の挑発に乗りやすい。勿体無いぞ。術式に頼る傾向があるからしっかり体術は伸ばしていけ。攻撃性に関しては問題ないが当たらないと意味がない。


可憐。わかっているとは思うが男も女も関係ないのが呪術師だ。いつだって自分より力があるものがかかってることを理解した上での戦闘パターンは素晴らしい。しかしもう少しパワーをつけていくといいぞ。


七海。持久力がまだないのが勿体無いな。スピードはあるがパワーが足りない。筋力もつけていけば術式を使うときにも必ず効果は出てくる。」




それぞれが自分が自覚していた弱点を言われ素直を返事をする。楽しそうに見学していた家入はどうやら全員にスポーツドリンクを買いに行ってたらしく、お疲れと四人にそれを渡す。






「少し休憩したら、灰原と可憐がチェンジしてもう一戦だ。」

すでに疲労困憊の男子三人はその言葉に大きな溜息を吐いたが、灰原は今にもやりたそうにわくわくした顔をしていた。













「あー、しんどっ」
「お疲れお疲れ。高みの見物といこ」
第二戦が始まり、可憐と家入はベンチに腰かけて見学をする。


「どうだった?七海」
「んー、この前自主練もしたけどパワーと体力不足じゃない?」
「まぁまだ一年だしね」
「そーいえば悟はやたら七海にきついね」
「そりゃそーでしょ」
「え?」
「猫瓏が懐いたわけだし?」
「七海も猫みたいだからじゃない?」
「そこはともかく五条の心情は穏やかじゃないわよ」
「えっそんなに悟って猫瓏好きだったの?」
「んー、いや?」
「じゃあなんで?」
「さぁ。まぁ五条は子供みたいよねって話。夏油みたいに大人過ぎてもそれはそれで拗れてるけど」

家入の言葉に首を傾げながら鉢巻を奪い合う四人を見て、可憐は家入にもらったスポーツドリンクを口に運ぶ。






「傑とは一緒に戦いやすいし分析してくれるからどんな相手とも戦えそう。悟とは戦い方のペースが似てるから一緒にやれば勝負は早くつきそうかなぁ。七海はうまくサポートに私が回れば結構相性いい気がする。」


「術式もありなら、また戦闘パターンもいろいろ増えてくるしね」
「そうだね。私は前に出て戦うの得意な方だと思うけどサポート能力も高めたいなぁ」

「その勘の良さは、他の方向にアンテナは立たないの?」
「へ?」
「でもそれが可憐のいいとこだな」
「ふふ、なんか褒められた。うれしい」











(三人とも苦労するな、)
家入の心の中での呟きは、彼女の中でそっと消えた。











よし、いってみよう
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