優しい日差しはいつから強く私たちを刺してくる
夏は春を殺すの








「なー、可憐それひとくち。」
「さっき大きめに奪っていったじゃん」
「クッキークリームうまいんだもん」
「じゃあ、交換する?」


都心から少し離れた場所にある住宅街での任務を終えた五条と可憐は予定より早く終わったのをいいことに電車で帰ることにして、途中よくあるチェーン店のアイスクリーム屋で休憩していた。チョコレート味のアイスを頼んだ五条は、可憐のクッキークリーム味が気に入ったようで、彼女の交換の提案を嬉しそうに受け入れる。丸く黒いサングラスから見える彼の美しい目は嬉しそうで、可憐は呆れたように溜息をついたが五条からもらったチョコレートアイスを口に運ぶ。




「どっか寄ってく?」
「アイス食べたら帰ろ。高専案外遠いんだから」
「えー、デートしよーぜ?」
「なんでわたしが悟とデートしなきゃいけないのよ」
「むしろなんでこんなイケメンの俺とのデートを断る訳?」
「それを本気で言ってるところだよ」
「なにが」
「悟より傑の方がモテる理由」
「でも可憐は俺のが好きだろ?」
「ないない」
「じゃあ、傑のこと好きなん?」




丸いテーブルは小さくて向かい合って座っても距離はとても近い。不意に五条の指が可憐の唇に触れたから驚いて一瞬身体が強張ると、彼はその指をぺろっと舐めてしまう。どうやら、アイスクリームがついていたようだ。








「普通に拭いてよ、てか言ってよ、ついてるって」
「あー、照れてる?」
「そーいうこと誰にでもやるといざ好きな子に相手にされないよ」
「可憐が相手してくれるならいいよ」




少し声のトーンが下がったのに気がつき可憐が彼を見ると、サングラス越しに目が合う。あまりに真っ直ぐに見つめられて、なんだか居心地が悪くなってしまって、彼女は目を逸らす。







「なぁー、傑のこと好きなの?」
「どして?」
「仲良いから」
「傑とも悟とも仲良いじゃん」
「ふーん、そ?」
「ただ、傑か悟かなら傑の方がモテるだろうなって話。わたしがどうとかじゃなくて。」
「俺の方がイケメンなのになー」
「そーいうの言っちゃうのが残念なの。


ほら、もう食べたでしょ?行くよ?
帰って報告書出すこと忘れてるでしょ。」


先に立ち上がると、可憐は自分のものと五条のもののアイスが入っていたカップを持ってゴミ箱へ放るとスタスタと歩き出す。少しだけ怠そうに欠伸をして五条もそのあとをついて行く。






春の日差しが少しずつ強くなって、外の世界には夏が近づいてきていた。





「うわ、まぶし。」
「サングラス貸してやろっか」
「んー、貸さないでいいから、今度似合いそうなの一緒に探しに行ってよ」
ね、と笑う可憐の言葉が五条は予想外だったのか少しだけ驚いた顔をしてからそれが彼女にバレないように隠して、任せろとだけ答えた。







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高専に戻り報告書を提出すると、授業は全て終わっていたが、五条だけが夜蛾に呼び出され渋々ついていった。それを見送り、可憐も寮に戻ろうかと歩き始めると自販機で飲み物を買う七海を見つける。




「七海!」
「あぁ、藤堂先輩、お疲れ様です。」
「今帰り?」
「いや、少し自主練してから帰ろうかと」
「灰原は?」
「今日は夏油先輩と任務に行っています。」
「あっ、そうなの。」
ガコンと音を立てて自販機から出てきたのはスポーツ飲料で、この自主練中に飲もうとしているのだと容易に想像がついた。


「自主練ひとり?」
「えぇ、まぁ。」
「付き合ってあげよっか」
「....え?」
「自主練!一人よりよくない?」
「それは....まぁ、そうですが」
「あ!女子相手やだった?」
「いえ、まったく。問題ないです。」
「そしたらやろ!グラウンドでい?」
「....はい。

でも、任務だったんですよね?疲れていませんか。」
「大丈夫大丈夫!案外わたし強いから!」







(そんなことは知っている)
学生のうちに一級を持つ彼女のことを弱いなんて思ったことはないし、術式も知っている。少し怖気付いて見えたのならばそれは何処かで恐怖心があったからだ。





「お相手、お願いします。」
「おっけ。

じゃ、七海の術式ならなに鍛える?スピードならわたしの術式で氷柱出すからひたすら切ってく?
んー、あとは猫瓏出すから戦闘してみる?」

「猫瓏は小さいですが戦闘可能なんですか?」
「基本的には索敵とか、仲間への連絡に使うことが多いんだけど水分集めて大きくすることもできるよ。呪力かなり使うけど、それだけやるなら余裕かなぁ」

「...猫瓏には情が出そうなので、氷柱でお願いします。」
「よっし。じゃあ、氷柱を掻い潜って、猫瓏を見つけるっていうのどう?」
「.....わかりました。」
「よし、やってみよ!」












すでにジャージ姿だった七海と制服のままの可憐は荷物をグラウンドのベンチに置くと広々としたグラウンドの真ん中に向き合って立つ。七海は武器として使用するナタだけを持ち、可憐は肩に猫瓏を乗せる。








「よし、猫瓏。
七海とかくれんぼだよ。がんばってね。」
そう声をかけてると肩から猫瓏が飛び降りた。それと同時に可憐は右手で空気を掴み拳を引き寄せると軽く息を吹きかけ、手を開くと掌に小さいが無数の氷柱が姿を見せる。






「氷樹蓮(ひょうじゅれん)。」
再び掌に息を吹きかけると、掌にあった氷柱が地面に落ちた途端みるみる大きくなる。まるで蓮の花のように層になって足場がみるみる氷で覆われ、それに気を取られていると大きく伸びた氷柱はどんどん増えていく。


「.....チッ。」
小さく舌打ちをして、すぐにナタを握り変えて目の前の柱から片っ端から七海は切り落としていく。しかし氷柱はどんどん増えていき、足元も油断ができない。



(なるほど、スピードか。)
可憐が氷柱を作るスピードよりも早く確実に破壊していかなくては、猫瓏を探すのはおろか、氷に囲まれることで寒さに耐えられなくなりそうだ。





可憐はといえば、高みの見学とはよく言ったもので、氷で器用に足場を作るとそれを高くし上から七海の動きを観察する。
反射神経も悪くない、だんだんと突然出てくる氷にも反応しつつ足元にも気を配れている。しかし、パワーが足りないのかスピードを重視するとそれが落ちるのか急所を強制的に作り出す術式のはずだが一発で氷柱が崩れ落ちないこともあるようだ。






(しばらくは様子見かな)
猫瓏が見つからないように氷柱の場所をうまく調整しながら、七海が倒しにくそうな大きめの柱とすぐに壊せる小さめの柱をランダムに出してみたり、色々と試す中で少しずつ七海の動きがよくなったのに気がつくと、可憐は無意識にとても嬉しそうに笑っていた。













「...っはぁ、はっ...クソッ、何処だ」
広いグラウンドでどのくらい氷柱と格闘していただろうか。時間としてはあまり経っていないが動きっぱなしの七海は肩で息をしている。それでも猫瓏は見つかる気配すらない。一度立ち止まり膝に手を当てて息を整える。





「あ、油断したな。」
一瞬、ほんの一瞬気を抜いた七海を可憐は見逃さなかった。







「解蕾(かいらい)。」
「....っ!?」
「あっ!」
右手の中指と親指で音を立てると、途端に氷柱が全て水になり崩れ落ちる。七海の近くの氷柱以外を氷から水にしたつもりが七海の近くの氷柱も見事に水に戻ってしまい、彼は頭から水を被ることになってしまう。

可憐はすぐに見ていた場所の氷柱を解くと、びしょ濡れになった七海に駆け寄った。




「わ、ほんとごめん!七海をびしょ濡れにするつもりじゃ...」
「...いえ、大丈夫です。」
「ちょっと待ってて!」
そう声をかけてベンチに置いたバックを取りに行こうとした可憐の足元で猫瓏が小さく鳴く。口にはマフラータオルをくわえていた。どうやら彼女のバッグからタオルを引っ張り出してきたらしい。



「.....天才なの?」
猫瓏を嬉しそうに撫でると、タオルを受け取り七海の頭をぐしゃぐしゃと拭く。タオルを渡されると思っていた七海はしばらく現状把握に時間がかかったようだが、すぐに可憐を制して自分で髪を拭いた。






「ごめんね、風邪引かないかな、」
七海の顔を覗き込む可憐はとても心配そうな顔をしていて、もろに目が合うと反射的に七海は目を背けてしまう。






「ごめんね、七海は呪力持ってるから七海から水分取ることはできるんだけど、七海の制服は呪力持ってるわけじゃないから...」
「いえ、大丈夫です。そんなに寒い時期でもなかったので。」
「....あとで、お風呂入って着替えたら、せめてあったかいお味噌汁でも作って持っていくね」
「......ありがとう、ございます。」
「え、意外。」
「何がですか。」
「いらないって言うかと思ったから」
「作って頂けるなら、食べたいです。」
「ん、わかった。あとで持っていくね。

とりあえず帰ろっか。」

ベンチまで戻ると、可憐は七海の荷物も一緒に持ち歩き出す。七海は何か言いたそうだったがひとまずそれを飲み込み彼女について行くと、猫瓏が七海の肩に乗った。








「タオル、ありがとうな。」
「わ、猫瓏がわたし以外の肩に乗ったの初めてかも。」
「そう、なんですか。」
「すごいね、なつかれてる。わたしもなんか嬉しい。」

ふふっと嬉しそうに笑う可憐のその表情に、七海は見惚れていたことに自分では気が付かなかった。











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