せっかくなら楽しいことをしたいものじゃない
ユーアーロンリーガール








「ねぇ、猫瓏。」
小さい時に、なぜか触れることができた見えないけどそこにある水を集めて寂しくて作ったのが小さなねこ。小さな子どもが粘土で動物を作るように可憐は水を集めて作っていただけのこと。他にもいろんな動物を作ったけれど、ずっと一緒にいて大きくなってきたのは猫瓏だけ。水で出来ているとはいえ、猫と同じように表情も鳴き声もある。だから、話すことはできないけれど、なんとなく意思を通じることはできる。猫だから気まぐれだけど、必要なら任務の手伝いだってしてくれるし、悪戯だって加担してくれる。


教室の彼女の席に入り込む夕陽が綺麗で、机の上に猫瓏を呼び出すと身体は美しく光を帯びた。そのまま猫らしく伸びをしてから、名を呼ぶ主人に少しだけ擦り寄る。






「あれ、まだいたのかい?」
「あ、傑。」
廊下からふと顔を出したのは夏油で、放課後の誰もいない教室にいた可憐を不思議に思ったのだろうが、机にいた猫瓏を見て、納得したように小さく笑う。





「お喋りでもしてた?」
「やめて、その子ども相手みたいな話し方」
「ははっ冗談だよ」
夏油は自分の席に腰掛ける可憐の横の席に座ると、彼女に擦り寄っていた猫瓏の耳を優しく撫でた。




「傑と硝子は触らせるね」
「悟は?」
「すーぐ喧嘩。」
「可憐のこと揶揄ってるの知っているのかもしれないな」
「悟のことなんか嫌いなんだよ、わたしに似て。」
「ふーーん。」
「なーに、その反応」
「いや?別に」

少し不服そうな顔をしてから可憐は猫瓏を撫でながら夏油を見て小さく笑う。





「やっぱり訂正。わたしみんなのこと好き」
「知ってたよ」
「ちぇ。」
「猫瓏は、可憐のことなんだって知ってるのかな」
「んーー、どうだろう。聞いてみたらいいよ、教えてくれるかも」


「じゃあ、猫瓏」
夏油は猫瓏に優しく触れて問いかける。











「可憐の好きな人は?」

「あははっ、傑も子どもみたいなこと聞くのね」






(案外本気なんだけどな)
夏油はなんの気無しの彼女の言葉に肩をすくめて誤魔化した。放課後の教室に入り込む夕陽は相変わらずオレンジ色で美しかったが、夏油はそろそろ寮に戻ろうと可憐に声をかける。それに従って彼女もまた立ち上がり、肩に猫瓏を乗せて夏油と共に教室を出る。




「猫瓏に触れても濡れないのは不思議だね」
「わたし風邪引いちゃうよ、触れば冷たいんだけど濡れないのは助かる。」
「確かに。」











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可憐は小さな頃から術式を使えることが出来たが、非呪術師の家系に産まれたためにその特殊さから家族から見放され、物心がついた頃には主な話し相手はいつだって、式神の猫瓏だけ。自分の術式が特殊なものという自覚もなく、現に小学生のころまで、それまで害を加えてくることはなかった呪霊を誰にでも見えてる物だと思っていたのだ。



しかし、自分の力が特殊だと知ったのは、小学校からの帰り道街ではじめて呪霊に襲われ猫瓏と共に身を守るために必死に戦い、結果としてその呪霊を祓った時だった。
その時に小さな子供が作ったとは思えない大きな氷柱の中に呪霊が閉じこめられた様子を駆けつけた呪術師が見て驚き、そのまま高専で保護をされたのだ。その後、高専の大人たちが可憐の家に行ったが所謂厄介払いとして重宝されてしまい、結局彼女は高専に引き取られ呪術師として育たてられることになる。そして高専に学生として在籍する頃には一級を持つ立派な呪術師となっていた。



幸か不幸か、彼女の同級生にはのちに特級を持つことになる二人の男と、反転術式で他人の治療をすることができる女が揃い、問題児たちといえば問題児だが、とても優秀な学年だ。そして彼らが二年生に上がり、彼らにとって初めての後輩たちが二人入学してきた。元々人数の少ない学校のため、この二学年は関わることがかなり多くなるのだった。










「あれ、七海と灰原じゃん」
夏油と可憐が廊下を行く途中、二年生の教室の近くを通ると一つ後輩の二人がちょうど教室から出てきた。

美しい色をした髪を几帳面にセットした七海は無愛想な顔をして、もう一人の灰原は二人に気づくなり人懐っこい笑顔を見せる。








「お疲れ様ですっ!藤堂先輩!夏油先輩!!!」
「お疲れ様です。」

「あぁ、お疲れさま。今から帰りかい?」
「はいっ!」
「じゃあ、寮まで一緒にいこ。
それにしても灰原はいつもわんちゃんみたい」
「えっ?そうですか?
あ!猫瓏ちゃんでてる!可愛いー!」

灰原が触れようとすると猫瓏がそれを避けるように、反対側の肩に移動する。灰原は少ししょげた顔をしてから夏油の隣に並び歩き始めた。可憐は七海の隣に自然と立つと「お疲れ」と声をかけた。






「お疲れ様です。」
「七海は相変わらず硬いなぁ。」
「みなさんが軽すぎるんですよ。」
「え、そう?せっかくなら楽しい方がいいじゃない。」
「楽しくないわけじゃないですけど」
「あっ、そう?ならいいんだけど」
「......触っても?」

隣の後輩の予想外の言葉に可憐は一瞬びっくりして隣を向くと彼は彼女の肩に乗る猫瓏を見ていたので、意味を理解して、どうぞと笑う。どことなく猫のようなこの後輩に、猫瓏は仲間意識でも感じるのか身体を触らせる。猫瓏を撫でながら少し表情が緩む七海を見て、可憐は嬉しそうに笑った。






「猫瓏はご飯とか食べるんですか?」
「んー、食べなくても平気だけど猫のお菓子とかあるじゃない?割と好きそう」
「...へぇ。」
「ねぇ、七海は、笑っていた方がいいよ」
「え?」
「とてもいい顔してる、」
ね、と可憐は七海に撫でられていた猫瓏に話しかけて不思議そうな顔をする七海に何かを聞かれる前に、先を歩く夏油と灰原に追いつく。









「七海ー!ほら早くいくぞー!」
灰原の声で七海も三人に追いつくために足を早めた。









「傑の部屋で鍋パーティーしようよ」
「可憐は鍋好きだね」
「もう春じゃないですか。」
「みんなで食べられて作るの楽チンでいいじゃんね、ねっ、灰原?」
「ですねっ!!」
「材料はあるのかい?」
「野菜ならあるから、硝子とお肉とか買い出し行ってこようか?」
「硝子を行かせたらつまみと酒ばかり買ってくるよ」
「そしたら、俺たちで行ってきますよ!なっ!七海!」
「.....あぁ。」
「「七海めっちゃ嫌そう」」




男子寮と女子寮へ向かう道が分かれるところで、可憐が「そしたら一回硝子と一緒に傑の部屋いくから!!野菜とか持ってく!」と声をかけて走って女子寮へ向かってしまう。







「我儘な先輩達で悪いね」
夏油の言葉に七海は苦笑して「いえ」とだけ答えた。











許されるのならば
孤独をかなぐり捨てて








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