【記憶】
-----ものごとを忘れずに覚えていること。また覚えておくこと。
-----過去の経験の内容を保持し、後でそれを思い出すこと。
-----将来に必要な情報をその時まで保持すること。

記憶されていたことを想起できなくなることを【忘却】という。















だだっ広い校舎は、学校というより神社とかお寺とかそういう類のものに近しい雰囲気で広さはあるのになかなか人に出くわすことがないのは、圧倒的にそこにいる人が少ないからで。

東京都立呪術高等専門学校、略して呪術高専。
そもそも世間ではマイナーな呪術師の養成はもとい、多くの呪術師がここを拠点に活動しているため、任務の斡旋やサポートも行う呪術界の要である。

そんな仰々しい役割を持つ高専だが実際そこに通う学生たちにとってはただの学校に過ぎず、学ぶこと自体は呪術が絡み特殊だが、どんな環境でも学生はあくまでも学生。青春を謳歌し楽しむ責務がある。(いや、責務はないけど)










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「いけ、猫瓏(びょうろう)!」
「待て待て待て!!!つめてぇよ!!」
「いけいけー。」




グラウンドでの体術の授業中、氷のような水のような光りにあたるととても美しい透明な猫が現れる。猫瓏と呼ばれたそれは、式神で水が形を作り生きているかのように動く。(呪力が入ることによって動いているので生きているようなものだが)その猫を呼び出したのは藤堂可憐で、水蕾瓏明(すいらいろうめい)という、空気中の水分や呪力を持つものの水分を奪い操る術式の使い手だ。彼女の操る式神に翻弄されるのは六眼持ちの呪術界御三家のひとつ、五条家のおぼっちゃま、五条悟で、その二人を見て笑うのは反転術式を扱える家入硝子。




「待った待った。可憐、体術の授業なんだから術式はなしだろう。」
冷静だが焦る五条が面白いのか少し笑って言うのは、呪霊操術を術式として持つ夏油傑。





「えー、わたし女の子だもん。勝てないもん。」
「近接強ぇくせに何言ってんだ!」

舌を出す可憐にどうにか猫瓏を制して五条が技をかけようと近付くと、彼女は一旦猫瓏を下げると五条のスピードを殺すように受け流した。勢いを殺されて五条も一瞬ふらつくがそんなの問題にもせず再び可憐に蹴りを入れに行く。もちろん男女なんてものは関係なく本気だ。実際五条の本気の蹴りも何故か可憐の前だとひらりひらりとかわされてしまうのだから。







「いやー、相性最悪だわ」
「悟は早いからなぁ、そのスピードをいなされちゃうと弱いね。動体視力が異常にいいからね、可憐は。」
「捕まりさえすれば五条なんだけどな」
「そ、捕まればね。」


時に五条の背中に触れて軽く彼を飛び越えるように避けてみたり、足元への攻撃にもまるで羽でも生えてるかのようにかわしてみたり、とにかく動体視力がよく身が軽い可憐を五条は捕まえることができない。明らかに五条がストレスを溜めて不機嫌そうな顔になってきたタイミングで、チャイムが鳴り響く。






「よっしゃ!わたしの勝ち!」
「お前!猫出すのずるいだろ!」
「一瞬じゃん!冷たくて気持ちよかったでしょー」
「どこがだよ!」
「ほらほら、喧嘩してないで更衣室行くよ」
「やーい、悟ぼろぼろー」
「てか傑も硝子もなんでやらねぇんだよ!」
「先生今日いなかったし。」
「二人は案外真面目だよね」
「違うよ、悟がわたしに勝てなくて悔しくて悔しくて震えてるのよ」
「ふ、馬鹿だ五条」
「うっせ!」



五条悟、夏油傑、家入硝子、そして藤堂可憐。以上四人が呪術高専の二年生である。








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「あー、腹減ったぁ!傑早く飯!!」
「はいはい。」
「硝子、お昼どーする?」
「適当に食べに行こうよ、そんで午後の授業さぼろ。」
「ナイス!!」
「また怒られるよ、二人とも。」
「代わりに猫瓏、授業に行かせる」
「駄目に決まってるだろう。」
「ちぇー。じゃあ、適当に戻ってくるかー」
「とりあえず行こ、可憐。あ、ちょっと煙草吸ってくるから正門の前で待ち合わせよ」
「はいよ」


グラウンドでの授業を終えて制服に着替え迎えたのは昼休み。先に教室を出て行った家入に手を振ってから、可憐はカバンから財布を取り出す。そんな彼女の肩に顎を乗せて後ろから覗き込んだのは五条だ。






「重い、どいて」
「なー。甘いもんあったら買ってきて。どーせ煙草吸える喫茶店でも行くんだろ?」
「喫茶店のサンドイッチ、私好きなの」
「じゃあ、俺にも買ってきてね、なんか」
「ココアシガレットね。駄菓子屋で売ってるやつ。」
「えーそれ俺と端から食べてチューでもしたいの?」
「傑、呪霊にこいつ食わせて」


五条は、可憐の肩に触れるくらいの長さで少しだけ明るい茶髪で毛先だけカールがかかった柔らかい髪に触れながら「俺がいなくなったら寂しいくせに」と耳元で小さく囁く。五条の後ろで呆れたように溜息を吐く夏油に、その声は聞こえないだろう。






「喫茶店のクッキー、売ってたら買ってきてあげるよ」
自分の髪に触れる五条の手をつねり離れるとじゃあねと手を振って可憐は教室を出て行った。






「悟は小学生みたいだね」
「は?なんの話?


俺らもいこーぜ、食堂。腹減ったー。」
「七海や灰原もいるかな」
「どーでもいい」

五条と夏油も揃って教室を出て食堂へ向かう。彼らが行く方向とは反対の廊下の少し先を可憐が歩いていて、ワンピースタイプの制服はハイウエストで、膝よりも短い丈で、女子にしては背が高い彼女のスタイルがより際立つデザインだ。背筋を伸ばし歩く後ろ姿を少しだけ五条が見つめていることに夏油は気がついたが何も言わずに先に食堂へ歩き始めれば、すぐにその後ろを五条がついてきた。






「なー、今日はA定食なんだろうな」
「水曜日だから豚の生姜焼きじゃないか?」
「傑は蕎麦?」
「たまにはうどんにしようかな」












なんてことのない日常を、いつか忘れてしまうような日が来るなんて、思うはずがない。
(だって当たり前に明日なんてくるっていつだって思っているんだから。)




おぼろげにシンフォニア









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