夏油と可憐が別れてから一ヶ月。別れたとは言っても任務に一緒に行く事が多いのは変わらない。大きな変化といえば同じ家に帰らなくなったことくらいで。互いに忙しい生活の中で、可憐は元々多くない荷物をさらに減らし、高専から歩いてすぐのマンションに住んでいる家入の自宅に少しずつ荷物を移動した。



夏油との関係は恋人ではなくなったものの、同期であり友達であり、なにより信頼している仲である事も変わりなく、付き合っている時とそちらもあまり変わらない。可憐の言葉を借りれば、恋人じゃなくて家族とか親友とかそんな感じになった、そうだ。








「ごめんね、硝子。急に転がり込んで」
「いや別に。むしろ家事とか助かってるから。」
「ほんと、神...」
「ちなみに今日の夕飯は魚がいい」
「任せて、あなた!」

可憐は自分が作った弁当を保健室で家入と共に食べていた。家事を得意とはしない家入の家での共同生活は、卒業後すぐの頃を思い出しつつうまく行っているようで。面倒臭がりで高専に泊まりがちな家入を、可憐が無理矢理連れて帰るので、少しだけ家入の目のクマがよくなったような気がする。







「で?どうするか決めたのか」
「んー、教職のこと?」
「まぁそれも含めて。」
「一応学長には傑が話してくれたから、わたしからも話したの。

でも、学長は正直反対なんだと思う。とりあえず今まで通り悟の補佐を続けてみてくれって言われた。」

「心配症だからなぁ、あんな見た目で。」
「傑と別れたこともすごいびっくりしてたし」
「親の心子知らず、だな」
「ははっ!そうなのかも。」


弁当には、卵焼きと肉団子、それからおにぎりが詰められていて、隙間を埋めるようにプチトマトが可愛らしい爪楊枝に刺さって入れられている。おにぎりの包みを外しながら家入が「ちょっと意外だったよ」と呟く。






「え?なにが?」
「夏油と別れたら、もっと泣くかと思ったから。」
「あー...」

可憐はプチトマトが刺さった爪楊枝を持ちながら困ったような顔をする。








「わかってたんだと思う、心のどっかで。」
「夏油と可憐は似てるところあるからな、考えてる事もわかるか」
「あとは、なんだかんだずっと一緒にいるからさ」




可憐が恥ずかしそうに笑うの見て家入は少し安心したような顔をする。互いに無理をして何かを貫いたわけではないのだと、どちらだけが傷付く選択をしたのではないのだと。









「ねぇ、硝子。」
「ん?」
「わたし、ちゃんと頑張ってみる」
「ふ..ずっと可憐は頑張ってるだろ。」
「きゃー!硝子好き!」



向かい合って座っていたが、隣にいたら抱き着きそうな勢いで可憐が無邪気に嬉しそうにはしゃぐ。そんな時、静かに保健室のドアが開き家入と二人でそちらを見れば少しだけ罰が悪そうな七海の姿があった。


きっちりといつも通り薄いベージュのセットアップのスーツに、色鮮やかな青のシャツに特徴的な柄のネクタイを身につけて、外の寒さのせいなのか黒いマフラーを首から結ばずにかけている。






「....お邪魔でしたか?」
「あははっ!硝子、イチャイチャするのは帰ってからだね」
「あぁ、そうだな。」









さぁやさしくノックして
ちいさな扉








「どしたの?」
「明日、休みと伺ったので。」
「硝子?」「可憐だろ。」
「確かに休みだけど、どしたの?」
「私と出掛けませんか?」


ドアの近くに立ったまま真面目な顔をして言う七海に真っ直ぐに見られ、可憐は瞬きをしてから家入を見る。家入は肩をすくめて食べかけのおにぎりを頬張るので、可憐は少しだけ恥ずかしそうに七海の方に椅子に座ったまま向き直る。






「何処に?」
「水族館、お好きですか?」

あまりに七海の見た目と似合わない単語に家入が吹き出しそうになるのを口を押さえて耐えながら笑う。それに七海は気が付いていたが何も言わない、だって、目の前で自分を見ている可憐の目が輝いていたからだ。









「好き!行ったとこないけど好き!」







「くっくっ、よかったな、七海。」
「...笑い過ぎです、家入さん。」



まるで、無邪気な子供のように嬉しそうに笑う可憐に七海は何故か顔を赤くしてしまい、口元を隠して横を向いた。








「...でしたら明日迎えに来ます。」
「明日は、朝硝子と一緒に高専まで来てるから連絡ちょーだい!」
「分かりました。では、また明日。」
「うん、また明日。」

軽く会釈をして保健室を出て行こうとする七海を可憐が思い出したように呼び止める。




「七海、今から任務?」
「ええ。二件程ですが。」
「そっか、気をつけてね。行ってらっしゃい、」







短く礼を言って出て行った七海を見送ってから家入が揶揄うような口調で可憐に問いかける。


「明日は外泊だな。」
「...え?」
「久しぶりに伊地知連れて飲み行くかなー」
「えっ..え?!」
「ほら、授業なんだろ?チャイムもうすぐ鳴るぞ、行った行った。」


家入に追い出されるように言われ、少し不満げに二人揃って完食した弁当箱を片し可憐は立ち上がる。







「今日、早めに上がって一緒に買い物でもいくか?」
「硝子、買いたいものでもあるの?」
「いや?デート服欲しいのかなぁと思ってさ」




「ふふっ、考えておく!」
悪戯に笑って、足早に可憐は保健室を出て行った。











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歩き慣れた廊下は、学生時代から変わらない。高専の校舎内で迷うことはなく、可憐にとっては安全地帯だ。グラウンドから聞こえる学生たちの声も、廊下を慌ただしく走る補助監督の足音も、校舎の広さの割にその中にいる人数が少ない為賑やかとは言わないが、耳をすませばあらゆる音がしてどれもこれも彼女にとっては心地良いものだ。





「可憐!」
名前を呼ばれ振り返ると、これから共に授業をする五条の姿があり立ち止まる。ひらひらと手を振り長い足でゆっくりとこちらに歩いてくる五条に可憐は呆れた様に苦笑した。




「そんなゆっくり歩いてたら授業遅れるよ」
「ちょーっとくらい大丈夫だって。」
「責めるのには微妙なラインの遅刻するのよくないと思うけど」
「可憐って、案外真面目だよね」
「悟と比べたら誰だって真面目だよ」

教室へ歩きながら話す。学生時代にこうして教職として二人でこの廊下を歩くことを少しでも想像していただろうか。ふと五条がめずらしく背中の真ん中辺りまでありそうな髪を下ろした可憐の頭に優しく触れる。






「ボサボサにしないでよ?」
「ひどっ!こんなイケメンに頭撫でられて何故ときめかない?!」
「えー、だって悟だよ?」
「うっわ。傷付く!!」
「嘘くさ。」

五条の手を邪魔そうに払いながら舌を出す可憐は彼の少し先を歩き始める。そんな彼女の後ろを五条は後頭部で両手を合わせて、少し不服そうな顔をしながらついていく。






「なー、可憐」
「なーに。」
「ごめんね。」「...はい?」
あまりに予想外な言葉に可憐は立ち止まると振り返り首を傾げて五条を見る。








「可憐の記憶が制限される様になった時、もっと他の選択肢もあったかもしれないから。」
目隠しで表情こそ見えないが、いつもと少しだけ違って声が低い五条の言葉に可憐は声を出して笑う。そんな彼女に五条は少し驚いたようだ。







「前のことを考えても仕方ないじゃない。あの時の最適解はそれだったんだもん。

今は今で、最適解を探すのが一番だよ、」

「...傑も可憐も、大人でドライ、だよねぇ」

「えー、そうかな。それを言ったら悟はいつだって、友だち想いで案外熱い男だよね」


可憐は揶揄う様に笑いまた歩く方へ向き直る。五条は小さく溜息をついてからその隣へ並んだ。






「僕のこと、むっかしから友だち想いって言うよね」
「だって本当のことじゃない。
それに悟は寂しがり屋だから、わたし達がいなかったら拗ねるくせにー。」

「寂しがり屋は、そっちでしょうが!」
「はいはい、」







慣れ親しんだ廊下で、昔と変わらず馬鹿みたいな話しながら昔から知ってる仲間と歩くこと。たったそれだけなのに、どうしてか特別なことのように思えてくる。狭く閉ざされた安全なこの世界は、可憐にとってかけがえのない世界でもあるのだ。



それでも、きっと、彼女は、未来の自分が後悔をしない様に、今日の自分は一番いい答えを探しにいく。








「ね、悟。」
「んー?」
「わたしちゃんと、約束覚えてるから安心してね」
「それは、なにより。」









もうぼくのとなりで、約束を守ることはないのだろう。それでも幸せでいてくれたらそれでいいから。
最優先事項









「ついでに、七海と出かけるのに何着ていけばいいと思う?」
「...全裸でしょ」
「ほんと、一回死んできて。それか無下限解いて」
「氷付けにされるから絶対やだ。」























今回はポップなお話にしたくて頭の中でポップポップと連呼しながら書きました。((やばいやつ

夏油さんと別れたことは、家入さんも五条さんも二人で決めたこととしてきちんと受け入れています、それぞれ言いたいことはあるかもしれないけど信頼しているもの同士とやかく言ったりはしません。五条さん大人になったね!って思って書いてました。笑



次回!七海さんとデートです。





お楽しみに!
感想もお待ちしてます^^



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