やさしくて美しい色をした桜の花びらが、
あなたの綺麗な金色の髪に舞い落ちた。

その光景は写真のようにわたしの中にきっと残っている。


もし、またあの日に戻れたら、わたしは握ったあの手を離さないのだろうか。

もし、また会えたらどうしようかなんて考える前にやめてしまったことをまた考えてもいいのだろうか。





いつまでも未解決な革命










呪詛師グループは計八人で、それぞれそれなりの実力を持っていたが三人のしかもかなり強い呪術師達の前では、なんてことはなかった。
しかし、誤算だったのは戦闘の後(最早一方的にやられたと言っても過言ではないが)もう戦意を失ったと思われていたリーダー格の呪詛師を可憐が縛り上げようと近付いた時、隠し持ったナイフを彼女の足に突き刺し、その隙に呪力を奪ったことだった。 


この呪詛師が術式を発動させるには自分の右手で相手の右腕を掴むことで、左手でナイフを突き刺し一瞬の隙に右手で可憐の右腕を握ったのだ。術式の発動方法がわからなったため呪詛師達には触れない事を徹底し戦闘に望んでいたが、最後の最後で油断をしてしまった。



すぐに近くにいた夏油が呪詛師を抑え込み腕を離させたため奪われた呪力はおそらく多くはない。しかしこの仮説は、右腕を握られた時間と奪われる呪力量が比例すればの話だった。実際可憐はその直後から術式を使えなくなってしまったのだ。

















「...時間が経てば呪力は戻るそうだから、ひとまず様子を見よう。

脚は痛むかい?」「...痛い。」


呪詛師たちを全員捕縛し、高専の京都校から派遣された補助監督に引き渡す。人数が多かったため追加で何人か派遣されていた。昼過ぎに潜入し始まった任務だが、もうすっかり日が暮れて日付が変わってしまいそうだ。



後部座席に座り、外に足を出すように座る可憐の足元に夏油がしゃがみ込み、ナイフで負わされた怪我の手当てをする。突き刺されたとは言ってもそこまで深くなかったのが功を奏し、痛々しいが重症ではなさそうだ。可憐本人は、顔色が少し悪く当たり前だが声に元気はない。









「ひとまずホテルに戻ろう。いいね?」
「...いえっさー。」
「私は一度京都校まで行って呪詛師グループの尋問に立ち会ってくる。

七海、あとは任せるよ。」
「はい、了解しました。」


夏油は軽く可憐の頭を撫でて「ちゃんと休むんだよ」と声をかけて、彼女が車に乗り込んだのを確認してから静かにドアを閉めてから後ろにいた七海に向き合う。






「そしたら頼んだよ、七海。」
「はい。」
「七海もちゃんと休むように。」
「はい、でも藤堂さん優先です。」
「ん。じゃあ、よろしくね。」
七海の肩を軽く叩いて夏油は京都校へ向かう車の方へと向かった。


七海は可憐が乗る後部座席に反対から乗り込むと、もう既に彼女は背もたれに身体を預けて眠ってしまっていて。七海は自分のスーツのジャケットを彼女の膝にかけてから、運転席の補助監督にホテルに行く前にコンビニに寄るように指示を出す。それから静かに車は動き出した。















 

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コンビニで水やバナナ、ヨーグルト等を買いホテルに到着しても可憐の意識はまだ眠りの世界のままだった。七海は荷物を持ち彼女を抱えて、ホテルの中へ向かう。補助監督にはまた連絡すると伝える。




予約された二部屋は、七海が一人で、夏油と可憐が一緒に使っていて、夏油から鍵を預かったのでそれを使い二人が使っていた部屋に入る。清掃され綺麗にシーツが張られたベッドに優しく可憐を寝かせた。七海は自分のジャケットを彼女にかけ直してから、冷蔵庫にコンビニで買ったものを片付ける。













「んん...」
ベッドに七海も腰掛けると、横向きに眠っている可憐が身体を丸めた。何処か寂しそうにシーツを握りしめるので、七海はその手に優しく触れた。





「....ん..いっしょ、に、寝て...」
うっすらと目を開けてそうつぶやく可憐に七海は少し驚くが、触れていた七海の手を彼女が握ったので、彼は一度その手を離してサングラスを外しベッドサイドテーブルにそれを置き隣に寝転ぶと今後は七海から手を握る。反対の手でネクタイを緩めて、可憐と向き合うように七海は体制を整えた。







「あり、がと..」
そうつぶやいてまた目を閉じる可憐はきっと自分のことを夏油と勘違いしているのかもしれないと思い、小さく「お休みなさい。」と呟くと、七海自身もまた疲れが溢れてきて瞼が重くなり、段々と意識を手放した。

























不意に目が覚める。窓の外はまだ薄暗く何時かはわからないが少しだけ七海は自分の身体から疲れは少しだけ抜けている気がした。自分の隣の可憐はまだ彼の手を握ったまま眠っている。学生時代何度か隣で見たその寝顔が懐かしくて、愛おしくて、その頬に手を添えれば、白く美しい肌は無骨な七海の手で壊れてしまうんじゃないかという錯覚を起こさせた。














「.....け、んと..?」

ふと微睡む彼女と目が合う。自分の名前を呼ぶその声に七海は一瞬驚いた顔をしてから小さく返事をした。





「手、あったかいねぇ、」
まるで子供のように握られた手を見て、小さく笑う可憐がかつて恋人だった時の姿と重なってしまう。










「.....可憐さん。」
「んー...?」
「何か食べれますか?」
「んーん、いらない...」
「わかりました、食べたくなったら言ってくださいね。」
「...ねぇ、建人」
「....はい。」








「戻って、きたの?」
自分の頬に添えられた七海の手を静かにおろさせて、身体を近付けると可憐が今度は彼の頬に手を添える。サングラスを外した七海の目元にうっすら残るクマを親指でなぞり、少し心配そうな顔で彼を見つめる。








――――――どうして、今更。
そんなことを聞くのだろうか。まるで今この瞬間に再会したかのような。















「..はい、戻ってきました。」
「....ふふ、物好きだね、」





嬉しそうに目を細める可憐の表情は、七海が頭の中に浮かんだ様々な疑問から一旦目を背けるのには充分すぎた。かつて恋人だった時かのようなこの距離感が、再会してからのそれとは違いすぎて戸惑う。それでもその距離感が懐かしくて、幸せで疑問なんてどこかに投げ捨てられた。









―――――――仮に、これが夢の世界だったとしても。














「建人は髪かき上げるの、似合うって言ったでしょう、わたし。」
「ええ、そうでしたね。」
「でもスーツは予想外だったなぁ..しかも、割と派手、」

頬から緩められたネクタイに手を移動させ、悪戯に可憐は笑う。「チョコチップのアイスクリームみたい」なんてふざけた事を言うから七海は溜息を漏らす。







「楽なんですよ、慣れてしまったので。」
「似合ってる、かっこいい。」
「褒めても何も出ませんよ。」
「...なーんだ。あっ、でも、」
「なんです?」
「戻ってきてくれただけで、充分だよ」
「.....寂しかったですか?」
「はは、なにそれ」










――――――戯言かもしれないが、今なら何でも聞けるような気がした、














「...私が居なくなって、可憐さんは寂しかったですか?」


「....ほっとしたよ。」
「..え?」




「七海はわたしから遠いところに行ってしまうけど、呪霊とか闘いとかそういうのとは無縁の世界で、少なくともこの世界なんかより、突然死ぬなんてことはないところで、」









可憐は七海の崩れた前髪に触れて消えてしまいそうな声で、それでも優しい笑顔を作ってゆっくりと言葉を紡ぐ。












「ちゃんと生きて幸せになっていくんだって、ほっとしたの。




...でもね、やっぱり、わからないけれど、隣にいたかったと思う。」










「だから寂しかった、かな。」
小さく紡がれた言葉を聞いて、七海は自分の髪に触れていた可憐の手を制す。それから身体を起こして、彼女の顔と横に手を突いて組み敷く様な体制になった。驚いたような顔をして可憐は彼を見上げるが、あまりに優しい顔が目に入って困ったように笑う。












「でも、決めたのはいつだって建人だから、わたしが寂しくてもよかったの。」











『自分で決めたことを信じてね』
昔言われた言葉が脳内で静かに聞こえた気がした。
















「...自分で決めて、戻って来たんです。」
「うん、ちゃんと知ってる。」









「私はずっと、貴方のことが恋しかった」






   






「ずっと、心の中に貴方がいました。」













「...ふふっ。

ねぇ、知ってる?いま、目の前にいるよ。」

無邪気に笑いながら、七海の頬を両手で挟むようにして彼の額を自分の額に近づける。額同士が触れて互いの熱を感じたら、彼女は触れるだけのキスをした。







「....可憐さん、」
「んー...?」







(これ以上は、もう戻れなくなってしまうから、)






七海は何かを言いかけてから、静かに「なんでもありません」と呟くとその言葉に可憐は何も言わずに小さく笑った。









「...眠くなってきちゃった、」
額を合わせたまま可憐は七海の逞しい背中に腕を回す。七海はそれに応えるようにして、彼女を抱き締めて向き合うような体制でベッドに倒れ込んだ。







「寝ていいですよ、此処にいます。」
「...心臓の音って、安心するね」
自分のの胸元に耳を当ててゆっくり目を閉じる可憐の頭を優しく七海は撫でる。




「建人、おっきくなったね、背中がたくましい」
「子供に言うような言い方やめて下さい、」
「ふ..ごめんね、」
ゆっくりになる彼女の口調が、眠りに落ちる寸前である事を教えてくれる。それをわかっている七海はもう何も言わずに一定のリズムで背中を優しく叩く。














「.....わたしもずっと、会いたかった」
眠りに落ちる前に、小さくつぶやいたその言葉は七海にだけは届いていた。













「....お休みなさい。...可憐。」
















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「...いっ、..痛い!!!」
あまりの激痛が、夢の世界からわたしを引き摺り出した。ガバッと上半身を起こすと、そこはホテルの部屋で大きな窓から差し込む光が眩しい。あれ、わたしは何してたんだっけ。服装も任務に行く時と同じ黒いワンピースで、化粧もしたままだった。ふと自分の足元に明るいベージュのスーツのジャケットがかけられていることに気がつく。






「起きましたか?」
「っあ!七海!」

ドアを一枚隔てた先にある洗面所から現れた後輩に少し驚いた声を出すと露骨に眉間に皺を寄せられる。シャワーを浴びて、ヘアセットをしたようでネクタイこそ締めていないがシャツのボタンは一つ外しただけでもう身支度は完璧だった。



「...えっと、今日はいつ?」
「日付が変わった頃にホテルに戻り、そのまま眠っていたので、任務地に行った翌日という表現がいいですかね。ちなみに時刻は午後一時です。」


「午後一時?!」
「はい、約十時間ほど寝ているかと。」
「...やば。」
「それで...藤堂さん、覚えていることは?」
「呪詛師にナイフで刺されて、呪力奪われた!」
「その後は?」
「えっ、今。」
「...何も覚えていない?」
「.....う、うん。」
「.........そうですか。」
「えっ、もしかして七海が此処まで運んでくれた?」
「はい。」
「うわぁ...ごめん、重かったよね..ありがとう。そして、ジャケットもありがとう。」
「...いえ、重さは特に問題ありませんでした。
ところで脚は?」

「...めちゃくちゃ痛い。
っていうか重さは特にってどういうこと。」
「むしろもう少し食べても問題ないのではないかということです。

そんな事より脚を見せて頂けますか。
脚を伸ばして座ってください。」







ベッドヘッドに寄りかかり痛む脚を伸ばす体制で座る。七海はベッドに腰掛けて、昨日傑が応急処置した包帯を丁寧に外した。わたしは傷跡というものを見るのがそこまで得意ではないので(昔からよく怪我はする方だったけど)足に目を向けずに天井を見つめる。


「昨日より腫れが出ていますね。一度消毒して包帯は新しくしたほうがいいかもしれません。

補助監督に連絡して救急箱を借りてきますから此処にいてください。」







七海はベッドから立ち上がりパンツのポッケからスマホを取り出してそれを操作する。おそらく昨日の補助監督の電話番号を探しているのだろう。







「あっ、はい、了解です。」
「なにか?」
「いや、あっ、そーいえばその傑はどしたの?」
「そういえばって...。

昨日京都校に呪詛師グループの尋問の立ち合いに夏油さんが行ったのは覚えていますか?」
「んーーー、うっすらと。」

「その尋問が長引いたそうです。それから報告書等も提出して下さって朝方京都校から戻ってきたので、まだ隣の部屋で寝ていますよ。」


「..なるほど。」
「今日も泊まって明日の午前中の新幹線で帰ることになったので、藤堂さんもゆっくり休んで下さい。」






淡々と今後の説明までわかりやすくしてくれる後輩にわたしはただただ感心してしまい、社会に出るというのはこういう事なんだなと彼を見ながら考えていた。






「それから、バナナとヨーグルトは買ってあるので食べれるものを食べてから痛み止めの薬を飲んで下さい。

水とスポーツドリンクも冷蔵庫に冷やしてあります。何か食べられますか?」




あまりに七海が早口で話すから、本当に心配してくれているんだなと思い真剣な彼には悪いけど、何故だかわたしの表情は緩んでしまう。それがすぐに彼にバレてしまって、また眉間に皺を寄せられてしまう。いつかあの皺が深くなりすぎて取れなくなってしまわないか少し心配になった。







「ふふっ」
「...なんです。」
「めっちゃ早口だなって。」
「馬鹿にしてますね。」
「してないしてない!」
「...はぁ。とりあえず何食べますか?」
「バナナとお水!」
「そしたら持ってきます。あぁ、それとも歯磨きとかしますか?」
「...うん。そうね、とりあえず顔洗ったりもする。」
「一人で立てます?」
「うん、大丈夫。」
「でしたら一度私は外で補助監督に電話を。救急箱を借りてまた戻ってきますから、ここに居てください。」
「わたしのこと、子供だと思ってるでしょう?」
「いえ、先輩だと思っています。」
「...絶対うそだ。」
「.....とにかく、何か食べないと痛み止めを飲めませんからね。」
「いえっさー」





ふざけて敬礼をすると盛大な溜息を吐いて七海は部屋を出て行った。痛む脚をどうにか引き摺って洗面所でほぼ落ちている化粧を綺麗に落として、洗顔をする。歯を磨いているうちにちゃんと目が覚めてきた。ホテルの備え付けの小さな冷蔵庫を開けると、そこで自分が好きなイチゴヨーグルトを見つけたのでバナナではなく、そっちを手に取り、一緒にペットボトルの水も取り出す。ヨーグルトの上には使い捨てのスプーンも置いてあって、それが七海の仕業というのはすぐにわかったので、きっとあの男はモテるんだろうなと感心してしまう。



ダブルベットの横にある小さなテーブルにそれらを置いてから、掌で空気を掴み広げてみれば、そこには小さな氷の粒が無数に出来ていた。





「よし。戻ってる」
厄介な呪詛師により奪われた呪力は十時間の睡眠で無事戻ってきたようだ。








小さなテーブルの前に置かれた一人がけの椅子に腰掛けて窓の外を見る。びっくりするくらい美しい青空が広がっていて、このまま部屋にいるのは勿体無い。でも脚が痛いのに出かけたいなんて言ったら、生真面目なあの後輩の眉間の皺はますます深くなってしまうだろうか。

それとも、案外溜息を吐きながらも一緒に出掛けてくれるのだろうか。










「帰ってきたら、聞いてみよう。」














わたしは知っている
わかりにくい優しさを



















まさかの前編後編、、!
長くなってしまいましたが、ひたすら七海さんのお話を書けました。


きゅんきゅんと切なさの葛藤が書いてて切ない、今日この頃です。





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