――――――人というのは順応性が高い生きものだ、と心から思う。










可憐が夏油と一緒に行動を共にするようになって、約半年。


天与呪縛の変化で、彼女が失ったものは大きいが呪術師として得たものはかなり大きかった。一級呪術師に舞い込む任務のレベルはかなり高いものだが、そこから特級である夏油が同行するということでさらにレベルが引き上がれられた任務にも、可憐は割となんなく適応していった。彼女の天与呪縛に関することは、万が一呪詛師等の呪術師に対抗する者たちに知られた場合、一級呪術師である彼女の身にも危険が及ぶ可能性があるため未だにごく一部の人間しか知らない。













「ど?傑との同棲〜。」
「同棲じゃなくて、同居!」
「同じでしょ」
「違うもん。同棲は恋人同士、同居は家族と友達!」
「何その区別」
「絶対合ってるもん」
「はいはい。」


高専で次の任務の説明を受ける夏油を待つ間、なんとなく教員室に足を向けると、そこには五条しかおらず可憐に気が付いた彼に呼ばれ隣に腰掛ける。頬杖をつき自分を見る目には、目隠しがされているため視線が合うことはないのだが、揶揄うような目をしているのはすぐに分かった。五条はデスクの引き出しからクッキーの大袋をおもむろに取り出すとひとつを彼女に渡す。







「なんか、ほんとに先生になったんだね」
個包装になっているクッキーはチョコレート味でそれを開けながら不思議そうな声で可憐はつぶやく。


「びっくりしたなぁ、悟が教員目指すって聞いた時」
「へぇ、覚えてんの?」

「いつだったかは最早覚えてないけど、びっくりしたのは覚えてる。無下限のコントロールもできるようになって、反転術式もマスターして、少ししたあとだったでしょう。」


「まー、あれよ。自他共に認める最強が教鞭を取るなんていい考えじゃない?
最強が次世代を育てるなんていい大義名分でしょー。」
「次世代かぁ、」
「それに、臭いモノには蓋をしろって感じの上の考えも僕は気に食わないし?
まっ、可憐はそういうこと気にしないだろうけどさ」

「特級の悟が考えることなんて、わたしにはさっぱりわかんないや」
「わかんない方がいいことの方が案外多いかもしれないよ」


「そんなもん?」
「そんなもんそんなもん。

それに可憐は、守られる覚悟がある人間だろ?」
「......そうね、」











そんなに守ってくれなくてもいいのに、
可憐は言いかけた咄嗟に言葉を飲み込んだ。いろんな人に守られて今の自分がいる、闘えると思っても、それさえも誰かに守られて用意された場所での戦闘なのだから。















「ねえ、可憐。」「ん?」
「僕も傑も、可憐が笑ってたらそれでよかったりすんだよ」
「ははっ、何それ」
「いやー、本当に」

背もたれに大きすぎる身体を寄りかからせながら後頭部で手を組み、脚を行儀悪くデスクに乗せる五条の姿は昔からなんら変わらなくて、可憐は笑ってしまう。







「わたしも、先生やってみたかったかも」
「えー?生徒の名前すぐ忘れちゃうの問題だよ?」
「ふふ、それは確かに問題だわ」
「でも向いてそうだけどね。まっ、僕が担任でも持ったらサポートしてよ」
「悟の若い頃の話とかしちゃお」
「いつの時代だって、僕はGLGだから問題なし」
「それを自信満々に言っちゃうところが問題って知ってた?」
「ぜんぜーん知らない」
「うん、知ってた。」







「可憐、終わったよ。」
彼女がクッキーの大袋からまた小袋を取ろうとした時、夏油の声がして振り返る。五条も片手を上げて親友に挨拶をした。


「珍しいな、悟がデスクワーク?」
「デスクワークしてる人がデスクに脚なんて乗せないよ」
「確かに。」
「まだ見ぬ教え子たちへの教育プランを練ってたんだよ」
「嘘つけ。

ほら、可憐帰ろうか。明日も早いんだから。」
「え、今日もそこそこ早い時間からこんな夕暮れまで働いてるのに?」
「明日も六時に出発です」
「ひいいい。」
「頑張れ、呪術師サマ。」
「最低その皮肉。」
「悟は?まだ帰らないのか?」
「んー、まだ帰んない」
「そう、残念。久しぶりに一緒にご飯でもと思ったんだけど。」
「よし!帰ろう。ほら、いくぞ、傑、可憐。」
「いいけど、家ご飯だよ?」
「えっ、可憐の手料理?」
「い、一応、、」
「可憐、悟にデパ地下で高い食材とデザート買ってもらおうか」
「さんせーい!」
「財布かよ!」
「そのかわり悟が食べたいモノ作ってあげるよ」





「じゃあ、甘いもの。」
「それはケーキ買って帰ろ」












三人揃って教員室を出る。
自然と可憐が夏油の手をポッケに入れた腕を掴んでいたことに五条は気が付いたが何も言わずに、彼女を真ん中にするように隣に並んだ。



「何作れんの?」
「んー、レシピあれば多分割となんでもいけそうだけど、悟はこども味覚だからオムライスとかにする?」
「家にウィンナーもあったからいいんじゃないか?」
「タコさんウィンナーにしてね」
「げっ、まじか。」













――――――-わたしに泣いている暇なんてないのだ、強くなるのだから。

(ただこの日常の、やさしさだけは、どうか消えてしまわないように)









いるかわからない神様にお願いしてみよう
泣いたって正義ではない































「...傑、傑..!」

春が終わり少しずつ緑が美しくなった頃、この日わたしと傑で向かった任務は事前の連絡よりもだいぶ難易度が上がっていた。その原因は呪霊の数で、二級から一級が予想より多く、祓った呪霊を身体に取り込む傑には大きな負担がかかってしまったはずで。



傑は「呪霊を取り込む」という行為を絶対にわたしの前ではしない。この日も、彼が取り込むのを場所がわかる程度に少し離れたところで待っていた。しかし、いつもより時間がかかっていたこととやけに静かだったことに違和感を感じて、待っててと言われた言葉を破って傑のもとへ駆けつけた。






そこには、口元を抑えしゃがみ込み、汗をかき苦しそうな表情をする傑がいて。すぐに隣にしゃがみ、彼の大きな背中をさする。水を渡そうと思ったがそれは補助監督の車の中に置いてきてしまったことを思い出して諦めて、ポッケに入ったハンカチで汗と、うっすら滲む涙を拭く。





何も言わない傑の背中は少しだけ震えていて、息も少しだけ荒い。昔から冷静で、悪ノリもするけどしっかりしていて、わたしたちの中では一番大人びている傑のこんなに危うい姿は初めてで、気の利いた言葉も言えずにただ背中をさすった。









「....すまない。」
消えそうな声で紡がれた謝罪の言葉にわたしはただ首を振って、口から離れた彼の手に触れる。


「.....酷い味なんだ、もう慣れたはずなんだけどね。」
「..今日は数も多かったから..ごめんね、わかるよって言えなくて」

「嘘つかないのは、可憐の良いところだろう」




顔色が少しは落ち着いただろうかと傑の顔を覗き込むと、思ったより近い距離で目が合う。切長の、一見怖そうだけど優しそうな目。その目には少しだけ涙の跡があって、何処か不安の色を持っていて。
そんな目をする傑は初めてで、目を逸らすことが出来なくなってしまった。













「......わたしが、側に、いるよ。」
(いつも貴方がいてくれるように。)





自分でもわからない。
けれど、そうしなくては目の前の傑が何処かに行ってしまうような気がして。きっとさっきまで、呪霊を飲み込んでいたであろう彼の唇に口づけをした。頬に手を添えて、優しく、深く。傑もそれに応えるかのように、わたしの髪に優しく指を絡める。


































「....まだ、ひどい味、?」



「........いや。もう大丈夫。」
「なら、よかった。」


「.....可憐。」
「...ん?」「案外大胆なんだね?」




どちらからともなく唇を離した。
傑の大丈夫という言葉に安心すると、顔色が良くなっていた傑と目が合う。
途端に自分がしたことが脳内で再生され、自分でわかるくらい顔が紅くなった。



「いや、その..これは、」
「可憐、」

我にかえり恥ずかしくなって目を逸らすと、傑が今度はわたしの頬に手を添えて、わたしの唇を塞いだ。






















唇を離されて、酸素を求めていると抱き寄せられて、傑の声が耳元で優しく囁いた。


「私は、可憐が好きだよ。」







わたしはこの日をきっと忘れないだろう
眩しい笑顔と共に

















「わたしも、傑のことが、好き。」




















高専を卒業して丸二年と少し経ち、
傑と一緒に暮らし始めて八ヶ月。


少しだけ、わたしの中で何かが変わった。
新緑の美しい中で、何かが変化するそんな音がした。

そんな気がした、気のせいかもしれないけれど。














―――――――人というのは、目の前のしあわせをきちんと探しにいける生きものだと思う。




















一応補足ですが、
八月に特級討伐
九月から同居してまして、
そこから半年後が五条さんとおしゃべりしてる頃で三月です。そこから二ヶ月くらい経って五月くらいがキスした日です。笑




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