大人になったとしても、
ここから
はじまれ
青春日和














「はぁー、何でこんなに忙しいかな」

五条悟 特級呪術師
術式 無下限呪術






「教員と二足の草鞋なんて無茶言い出すからじゃないのか?悟。」

夏油傑 特級呪術師
術式 呪霊操術











高専時代から変わらず、二人で最強というのはあながち間違いではないこの二人。五条の方は教師という肩書きを追加したが、それぞれ特級を持つため、変わらず課せられる任務の量は膨大で、しかも大抵の場合難易度も高い。学生時代とは比べ物にならない激務にようやく慣れてきたのは、太陽から降り注ぐ日差しが厳しくなってきた夏頃で、呪術師にとっての繁忙期の中に身を置き、無理矢理身体を慣らせたというのが正しい表現だろう。






高専を卒業してから、そんなに経ってないが、社会に揉まれると人は変化するのだろう。五条の口調は一人称が変化しトレードマークだった黒のサングラスはどういうわけか目隠しになり、髪型も変わった。
一方夏油は口調も見た目こそ変わらないが、服装は学生時代とは違いすっかり体のサイズに合ったものになっていて、所謂ちゃんとした感じになっている。髪型はお団子から少しだけ髪を下ろして世間で言うハーフアップに変化していた。
同期の女子二人の言葉を借りれば、イメチェンの方向性が二人ともなんかずれているそうだが、もうそこは突っ込まないことにしたのだろう。二人とも黒を基調としているため、一見お揃いのようにも見えるが小さな違いはあるようだ。






そんな二人が久しぶりに高専の応接室で揃っているのには、理由がある。











「悟!傑!久しぶりー!元気だった?」

藤堂可憐 一級呪術師
術式 水蕾瓏明








明るい声で嬉しそうに入ってきた彼女は、ベリーショートから少しだけ髪が伸び、元々の癖っ毛が少し目立つ動きのあるショートヘアーで前髪が鬱陶しいのかそれをかきあげている。夏仕様なのか少しだけ丈が短くなった黒い半袖のワンピースに同じ色の短い丈のジャケットを肩からかけていた。




「ほら、座れ。珍しいな、お前達が時間厳守とは。」
そんな可憐の後ろから入ってきたのは、かつての三人の担任で現在は高専の学長となった夜蛾だ。





そう、今日この三人は夜蛾に呼び出されここにいるのだ。来月、夏の終わりに三人揃って派遣される【特級呪霊討伐任務】に関する説明を受けるために。





















「ねぇねぇ夏の夜の病院って聞くだけで、肝試し感すごいって思うの私だけ?」
「普段から呪霊見えてんだから、肝試しなんか何を試すのかわからないけどねー。」
「あー、だめだ。私まだその悟の口調に慣れない。」
「これで後輩にも生徒には慕われようっていう魂胆なんじゃないか?」
「そこ結構気にしてたんだ?」
「してないっつーの。」



夜蛾から三人にされた説明を簡単にまとめるならば、

□□県にある、現在は使われていない所謂廃病院にて特級呪霊を確認。そもそも医師や患者関係なく不審死が相次ぎ、結果的に数年前に閉鎖となったこの病院は、深夜になると呪霊達が集まるようになっているとの窓からの報告がここ数ヶ月で急に増えたことにより、補助監督と一級術師が派遣されて調査したところ、おそらく特級呪霊がいるという結論になりひとまず撤退。情報を精査したうえで、特級呪霊が一体であるとは言い切れないこと、一級呪霊も多数絡んでくるであろうという予想から、特級を持つ五条と夏油、そして一級の可憐が選ばれたという訳だ。





常に人員不足の呪術界において、特級二人を同時に任務に行かせるのはほぼあり得ないことで、それほどまでに今回の任務は失敗が許されない。今後被害が増え、さらに死者まで出る可能性は充分にあり得る。しかもそれは守ることのできた命ということになるのだ。

夜蛾の説明を聞いたのち、「やれるか?」という質問に学生時代には滅多に見せなかった真面目な面持ちで三人は同時に頭を縦に振った。








「っあ!ごめん!電話!」

少し見ない間にやけに頼もしくなった三人に少しだけ夜蛾が安堵すると、可憐のスマホが鳴り響き緊張感のあった雰囲気はすぐに緩んでしまう。電話の相手は家入だったらしく、可憐は慌ただしく応接室を出て行った。






残された二人に、夜蛾は「ちょうどよかった」と深いため息を吐いてからゆっくり口を開いた。














「家入には昨日すでに話したが、可憐の天与呪縛の事でわかったことがある。お前達にも話そうと思っていたんだ。」

「え?」


「過去の天与呪縛に関する資料の中に、かなり古いものだが可憐のとよく似ている資料があってな。それも記憶に関する天与呪縛なんだ。

それは、あることをきっかけに、天与呪縛による影響が変わるというものだった。」
「ってことは、記憶の失い方が変わるってことですか?」

「あぁ。




現時点で可憐の記憶喪失に関してははっきりとしたルールが殆どないのはわかるな?
一年にいくつ忘れるというのも大体の目安で、いつ、どんな記憶を失うかさえわかっていない。

ただ、得るものが大きくなれば失うものも大きくなるということだけが、曖昧にわかっている。幸いなことに、現時点で可憐が生活に支障をきたすほどの記憶喪失があったことは学生時代の名古屋出張で【居場所】がわからなくなる事くらいだ。



でもな、もしきっかけがあれば、可憐がいつ何を失うのか、明確になるかもしれない。」





夜蛾の淡々としているが何処かで迷いのある口ぶりに、五条と夏油は揃って眉間に皺を寄せた。しかし夜蛾の言葉を急かすでもなく、ただ待つと、またゆっくりとかつての担任が話し始める。








「過去の資料にあったものは、同じく記憶に関する天与呪縛で、特級呪霊討伐をきっかけにその術師への影響が大きく変わったそうだ。


それまで曖昧だった記憶の紛失にルールが出来た。」





「特級...」
夜蛾がこのタイミングで話している意図を理解して、五条と夏油の顔色は少し陰る。








「特級呪霊討伐をきっかけに、

術師は
【居場所】の記憶は、馴染みがありかつ頻度が高い場所のものしか残らなくなった。

また、【人】の記憶も同様に、会う頻度が高い人のものしか明確には残らない。
また他の人に関して、はっきりと全てを忘れるのではなくだんだんのその人に関する記憶を失っていく。」









「それが、可憐にも?」
「おそらくな。


そうなったら、馴染みと頻度を考えると【居場所】の記憶として残るのは高専と自宅。

【人】の記憶として残るのは、お前たちくらいなんじゃないかと俺は考えている。
後輩に当たる七海や灰原、伊地知に関しては忘れるまでは行かなくとも過去の思い出など一部の記憶は欠損するだろう。」


「学長のことは多分残るでしょう..」
「顔のインパクトも強いしな。」
「...悟。」

「......。


それを踏まえて、もし同じ状況になるのならば可憐の安全を考えて呪術師をやめされるのがいいのかもしれないが、それは本人は嫌がるだろう。


だから、できる限りの措置として、行動範囲は高専と自宅、それから任務先のみと始めから狭くし、任務に行く際は必ず悟が傑が同行する。」





「僕たちが同行するのは問題ないけど、自宅はどーすんの?今は硝子と住んでるけど、硝子も最近は高専にほぼ泊まってるんでしょ?
それに、まだ自宅って言っても寮から出て一年そこそこだし、自宅の記憶も微妙なんじゃないの。」

「そもそも自宅から高専に向かう途中で、記憶の影響が出たら高専にまで着けない可能性もあるだろうし、なら高専の寮に住んだ方がいいのでは。」







「...そこまで、自由を奪えるか?」











夜蛾の静かな言葉に二人は黙り込む。きっと可憐は自分に起こりうる可能性の話を聞いても呪術師をやめることはしないだろうし、周りに迷惑をかけるという理由で寮に入ることも拒むことはしない。しかし、高専から出ることも出来ず、任務の時だけは外に行くなんて暮らしを彼女にさせたくないのは二人も同意だろう。呪術師である前に、一人の人間なのだ、監獄に入れるかのような暮らしはその人をきっと壊してしまう。










「自宅に関しては少しこっちでも検討してみるが、ひとまず今回の特級呪霊討伐任務でもし可憐が討伐に成功し、天与呪縛が変化したらそれによる能力向上は免れない。


つまりは彼女への任務レベルも引き上がる。
そうなったら、任務上サポートできるのは生意気にも二人しかいないだろう。


今後とも調べてはみるが、そもそも天与呪縛に関する情報はかなり少ないからな、これ以上なにかかはわからないだろう。その中で事前に防げることは防いでいきたい。
記憶を無くすと言うことは命を落とすことに繋がりかねないからな。





.....まずは、来月の任務、身を引き締めていけよ。悟、傑、いいな。」


「イエスボス。」
「悟、ふざけるところじゃないよ。」













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夜蛾と話した日から数日後。
可憐が先輩呪術師と任務に赴いている日に、五条と夏油は家入の職場である高専の医務室にいた。






「で?聞いたんだろ。天与呪縛の件。」
「うん、特級呪霊討伐の件と合わせてね」
「居場所と人の記憶が極端に限定されるっていうのは、なかなか残酷だな」
「これまでほとんど何もなかったのが奇跡って事なんじゃないの。」



「高専にずっと閉じ込めて任務にそこから行かせるのは反対なんだろ?いくら任務の時に二人のどっちが一緒に行くとは言っても。」
「そりゃそうだよ。」




五条と夏油は医務室のソファに並んで座り、家入は一人がけ用の椅子に座る。学生時代から時を共に過ごしている三人だが、流れる空気がなんとも重々しいものになるのは初めてかもしれない。









「やっぱさぁ」
「なんだい、悟。」
「傑が可憐と一緒に住めばいいんじゃない?」
「..え?」

五条が閃いたように人差し指を立てて言うその提案に夏油は間抜けな声を出し、家入は何も言わずに煙草に火を付ける。






「そもそも可憐が任務に行く時は、僕か傑が同行になるんでしょ?



教師もやっててなにかと多忙な僕より、傑が一緒に住めば任務も一緒に行けるしいーじゃん。傑だけ任務に行く時とか、家に帰って来ないならその時だけは高専に泊まるとか硝子の家に泊まればいい。」


「なら、五条でもいいんじゃないのか?」
「僕はほら、任務の他にも教職もあるしさぁ。忙しいのよ?それに名家の坊ちゃんだし?




僕じゃあ、ずっと、
可憐を守れないよ。」











「だから、傑の方が適役だと思う。」
学生時代よりも、柔らかくなったが隙がなくなった五条の口調はそれ以上、夏油にも家入にも何も言わせることはなかった。目隠しのせいで表情はうまく読み取れないが、彼が可憐の事を適当に考えているはずがない。









「じゃあさ、悟。」
「んー?」


「私はもう遠慮しなくていいってことだよね。」

「....遠慮なんてずっといらないでしょ。
親友なんだし、そもそも遠慮する方がおかしいって話だよ。」

「そうか。」











夏油は立ち上がると、「明日任務なんだ」と小さく笑って医務室を出て行った。そんな彼を見送ってから、家入は溜息をついて、広くなったソファで脚を組み直す五条の方を見る。








「親友とか言っちゃうあたり相変わらず寒いな、お前ら。」
「やーだ、嫉妬?」
「クズかよ。
珍しいな、もしかして案外弱気か?」
「なにがー?」
「五条の事だから、自分のそばに可憐を置いとくと思ったよ。」
「僕は友達想いだからさぁ。」
「ふーん?」
「可憐を守るのが最優先でしょ?」
「で、夏油に譲るって?」
「譲るなんてそんな、可憐はものじゃないんだから〜。」
「天下の五条が弱気だな、」
「そんなんじゃないって。」
「私は守らなきゃいけないほど、可憐が弱いとは思わないけど。」
「それはそれ。

誰が誰かわからなくなって、此処がどこかわからなくなるなら、それは守らなきゃ傷付くのは可憐だよ。」




「後輩に一度取られて頭がおかしくなって、やたら無下限のコントロール力向上に勤しんでると思ったら、案外成長してんじゃん。」

「別に僕は七海に嫉妬して、最強になったわけじゃありませーん。」
「うわ、自分で最強とか言っちゃうとこ引くわ。」




「守れるもんは、守らないと後悔すんの嫌だからさ。それに、」
「ん?」







「....可憐には、ちゃんと笑ってて欲しいんだよ。」
記憶を奪われようと、人のために生きようとする彼女は、自分の笑顔すら見知らぬ誰かのために犠牲にしてしまう。









「へぇ、大人になったんだ?悟くん。」
「やめて、その呼び方気持ち悪い!」














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動くことのなかった小さな歯車が少しずつ動き始める。その歯車が噛み合っているのかいないのか、はたまた、壊れてしまっているのかはわからないけれど、ひっそりと、確実に何かが動き始めている。











「猫瓏、おーいで。」
都心部での任務。真っ昼間だが帳を下ろすことで、人混みの中の任務でも術師のことも呪霊のことも一般の人に見えることはない。
その帳の中で、先輩呪術師の力を借りることはほぼなく可憐は呪霊を祓い、戦闘においても活躍するようになった猫瓏を呼び肩に乗せる。

帳が消えると、人の往来の中に可憐は突然現れるようになってしまうが、彼女の存在をそこまで気にする人はこの人混みの中にはいないだらう。うまく人混みに紛れ込むべく歩き始めようとすると、滅多に鳴くことのない猫瓏が彼女の肩の上である方向の方に鳴き声を上げた。





そんな猫瓏に首を傾げながらも、まるでそこに呪霊がいてそれを祓ったなんて思われない自然な足取りで人混みに紛れるように歩き出す。可憐が歩いてもなお、何度か猫瓏は同じ方向に向けて鳴き声をあげたが、彼女が立ち止まることはなかった。


















「....猫瓏、」
普通目に映ることのない水のような美しい身体の猫の名を呼んだ何処かまだ着慣れていないスーツに身を包んだ青年もまた、人混みの中に消えてしまった。












「わーー、いい天気。」
何処までも続く初夏の青空を見上げて可憐は大きく伸びをする。

高専に戻れば、甘党な五条もいることだしとせっかく都心まで脚を伸ばしたのだ、お土産でも買っていこうとスマホを開くと補助監督から着信が来る。



その画面を暫く見つめてから、可憐は小さく笑ってつぶやいた。






「ははっ、大人って大変だなぁ、」
(まだまだ大人になんてなれてないのに)













貴方のことを心の奥に押し込む代わりに、大人になったと背伸びをするの
見栄っぱり











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