いつまでも子供ではいられない
大人になれないあたし







「あー、夏が終わる」
八月の終わり、夏油の部屋に勝手に集まっていたのは部屋の主以外の三人の三年生。近頃はそれぞれが任務や仕事に追われなかなか全員で集まれてなかったので少し新鮮だ。






「可憐も最近大変だったしな」
「硝子様には敵いませんよ」
「くあーーーそれにしてもあっちーな。傑は?アイスでも買いに行ってんのか?」
「いや?単にまだ帰ってないだけ」
「え、なんでここに私たち入れてんの?」
「開いてた。」
「硝子まじ?」「まじ。」






「開けておいたんだよ、全員休みの日なんて久しぶりだから来ると思ってね。」

「「「神」」」



部屋に入ってきたのはもちろん夏油で、その手にはビニール袋があり中にはアイスとジュースが入っているようだ。













「んー、なんか久しぶりだね」
それぞれ夏油が選んだアイスを食べながら、夏仕様になっている炬燵に座る。家入と可憐が向かい合い、五条と夏油が向かい合う。可憐はチョコレートアイスをスプーンで掬いながら話す。




「休み最高。」
「最近は硝子も、私たちが怪我ばっかりしてくるからお疲れだもんね」
「特に、五条と可憐な。」
「げーーーーー。」
「悟がそんなに怪我すんの珍しいね?」
「なんか新しいこと試してるんだってさ」
「へー!すごいね!」
「だからって私の仕事を増やすな」
「なぁ、可憐、硝子は俺に厳しいよね?」
「うん、きびしい。でもそれはきっと悟の日々の行いだよ?」
「ちぇっ。」
五条が隣の可憐が口に運ぼうとしたチョコレートアイスをスプーンごと奪う。それに対して特に彼女は何を言うわけでもない。





「夏油を見習え、ほとんど怪我してこないぞ」
「傑は呪霊出して戦うんだからあんまり本人叩かれねぇじゃんか」
「でも傑は術師が叩かれると思ってちゃんと鍛えてるから近接も強いよ」
「悟が最近油断しすぎなんじゃないか?」
「うっせ!」
「悟は何試してるの?」
「無下限のコントロール」
「....んっ?」
「あと少しなんだよなー。まぁ、完璧になったら見せてやるよ。待っとけ!」
「別にそんな待ってねぇよ」
「冷たい!硝子!!」
「可憐は最近体調はどう?」
「んー、元気?」
「じゃあ、七海とは?」
「んーー?」
「ヤったか。」
「ねー!本当にそういう言い方やめて!硝子!!」
「おやおや、案外うまくいってるんじゃないか」
「あんなろくに笑わねぇ可愛くない後輩のどこがいいんだか」
「それがさ!悟!かわいいよ!建人!」
「知るか!」
「聞きたいなら話すよ?」
「いらねーっての!」
「おや、名前で呼んでるんだ?」
「あ。」
「案外うまくいってんだよ、可憐と七海は。」
「悟も後輩たちと仲良くやったらどうだい?すぐ嫌われるんだから。」
「特に七海にはな。」
「えっ、建人と仲悪いの?」
「うっるせぇな!!!食べないならよこせ、それ!」
「あ!わたしのアイス!!」

少し残っていた可憐のアイスを五条が奪うと二人はアイスの取り合いを始める。そんな二人を見て、夏油と家入は心なし表情が緩む。



「ねー!何笑ってるの!傑!私のアイスもう一つないの?」
「ほとんど食べてたじゃねーか!」
「悟に取られたもん!最後の一口!」
「だってよ、夏油。」
「はいはい、冷凍庫にまだあるよ。悟のもあるから人のを取らない取らない。」
「傑は悟と違って大人だ」
「どうせ俺は餓鬼だからお前の分も喰うからな!」
「ほら、選びな、悟と可憐」

立ち上がり冷凍庫を開けて手招きする夏油を見て我先にと駆け寄る五条と可憐を横目に、家入が煙草に火をつけた。


「あーあ。硝子まで。僕の部屋は禁煙なのに。」
「別に煙草の匂いを気にする女がいる訳でもないだろ。」
「まぁ、確かにね。」
「あ!わたしパピコー!!!」
「俺も!!」
「じゃあ、半分こね」
「おう。」


「なんだかんだ、仲良いよね。」
「そうだな。」
「傑たちは食べない?」
「いらないよ」
「硝子は?」
「いらねぇ」
「だよねーー」


再び五条と可憐が座ると、夏油は適当にジュースをコップに入れる。家入は煙草をふかす。パピコをくわえながら、三人を見渡して可憐は肩をすくめて笑った。






「久しぶりだけど、やっぱりみんなでいるのすごく楽しい。

同期っていいね、わたしやっぱりこういうの大好き!」


無邪気な可憐の笑顔に三人もそれにつられた。














呼吸をするかのように当たり前のことを人は当たり前だと思いすぎて大切にできなかったりする。失って、それが幸せだったとわかった時にはいつだって手遅れなのに。
だから眩しいほどの日常を大切にしたいと思うのだ、







(だから、永遠になんて続かないのだ)










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『高専を卒業したら、一般企業に勤めようと思っています。』

正直な話、目の前の彼が何を言っているのかはよくわらかなかった。
けれど、理不尽にも程がある呪霊と戦う日々も、命を常に晒す恐怖も、理解し難い突然訪れる身近な人間の死や怪我も、色んなことを考えても、彼の言葉を否定することなんて出来なかった。
呪術に関すること以外にも知識が深く頭がいい彼ならば、この世界から出ても問題なくやっていけるだろうというのはわかっていたし、いくら恋人だからといって、自分から言ってしまえば命を捨てる覚悟がいるこの世界にとどまってほしいなんて事は言えない。






だから、きっと私は精一杯無理をした。それはもう無意識のうちに精一杯、かっこつけようとしたんだと思う。


『それなら、建人の卒業式の日に別れよう』






何かを言いたそうだった彼から目を逸らして、必死に平然を装えばそれ以上何かを彼が言う訳でもなかった。











どうか、忘れさせてくれないだろうか。
彼の優しい表情も、声も、言葉も、温もりも。
どうか、消してくれないだろうか。
共に過ごした日常の記憶も、甘くて私たちしか知らないような思い出も。
でもきっと、私のことを見ている神様は忘れさせて、私のことを楽にはしてくれないのだ。




誰かが言っていた、
人が死ぬのはいつだと思うかと。
心臓が止まった時と言う人もいれば、
その人のことを誰しもが忘れてしまった時だと言う人もいる。

正直わたしにはわからなかった。
死ぬと言うイメージも出来なければ、誰かのことを忘れてしまうイメージも出来なかったから。


けれど、わかることがある。
人に忘れられるということは、想像するよりもずっとしんどいということ。とても悲しいことだと言うこと。
そして、私は自分が強くなることと引き換えに、きっと誰かのことを忘れてしまう。
忘れてしまえればいいのにってことを忘れられる訳ではないのに。
忘れられるのは嫌なのに、忘れてしまいたいなんて酷いわがままだとわかっているのに。



























私たち三年生が、四年生になり、建人たちが三年生になった春。
私は建人が呪術師をやめるという決断をしたことを知った。

三年生にとっては高専の生徒として、今までのように寮から学校に行き、授業を受けて訓練して、任務に赴くのはあと一年。四年生が終われば呪術師として働くまで一年は自由に動くことができる。でもだからといって、高専に入り浸るわけにもいかないだろうし、だんだんと建人と会うことだって減っていくだろう。そして、彼が卒業する日を最後にもう会うことはなくなる。









『呪術師をやめる以上、呪術師とは縁を切った方がいいよ。だから、卒業式の日が、会える最後の日にしよう』

尤もらしい理由をつけた。
それで自分を納得させようとした。
もしかしたら建人は、私にも呪術師をやめて一緒に来て欲しかったのかもしれない。
でもそんなことを言われたら、私の心は揺らいでしまうから。




私は呪術師として生きて行くしかないのだ。
記憶を失う代わりに得た力を、ちゃんと使って生きていくしか私には生きていく道がないのだから。






















残暑が厳しかったあの夏の日に、傑の部屋でアイスを食べたあの日のように、私は三人と過ごしたくて、建人と話した後に三人を呼び出して、まるで子どものようにうまく話をまとめることもできないで、全てを話した。それを三人は文句も言わずに聞いてくれて、硝子はずっと頭を撫でてくれて。



「どうしたら、忘れられるかな」
私の馬鹿みたいな答えが出るはずのない質問に傑が呆れたように笑って答えてくれた。






「七海との思い出を忘れても、きっと楽にはなれないよ」



「可憐が忘れても、七海はきっと覚えてるんだから。二人の思い出は、二人とも覚えてなかったら駄目だろう」











悟は暫く黙っていたけど、子供みたいに泣いてた私の頬をつまんでサングラス越しでもわかる馬鹿にしたような顔をしたまま、

「忘れたいって思うことの方が本当は大事なもんだったりするんだろ。どうせいつか忘れるかもしれねぇんだから、せいぜい覚えとけよ」と言った。













「俺たちは、呪術師になるしかねぇんだから。」



ずっと前からわかっていた。
覚悟を決めなくちゃならないと。
もうずっと前から決まっていて、それを変えることなんてもう出来やしないのに、何処かで逃げていた。










「わたし、呪術師なんだもんね、」
記憶を失うことで、残酷にも強くなる私は、何かを犠牲にして、誰かを知らないところで傷付けて、それでも人を救うことを選んだのだから。











さあ、覚悟を決めろ
スタートライン













あの時は青春だったなぁなんて思い出される日々は、驚くほどあっという間に過ぎてしまう。
大人になった私がちゃんと覚えていたら、青春してたなぁって楽しく思い出せるような日々を建人と過ごしたし、もちろん任務で経験を積み、程よく真面目に授業だって受けて。時には馬鹿みたいにはしゃいで先生に怒られたり、時には悟と傑の喧嘩を必死に止めてみたり、硝子と買い物に行ったり。


建人への気持ちが当たり前のようにどんどん大きく大切なものになっていく事からだけは目を逸らしながら、日々を積み重ねた。



















そして、私たちが卒業をしてから一年後。
私と建人は、約束通り最後の日を迎えることになる。





桜がいつもより早く咲いて、三月の頭に行われる卒業式の日には、高専の桜は満開だった。天気も良く空が美しい日に、建人はどこまでも血生臭いこの世界から出ていくのだ。











(一緒にいたい、)
そんな気持ちはもう心のずっとずっと奥にどうにか隠して、久しぶりに私は高専へ足を運んだ。

















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