すべて君次第。
甘すぎる絶対領域






一緒に寝ようという可憐の提案でダブルベットに二人で寝ることになったが、互いの体温を近くで感じられるほど距離は近くないことに七海は内心安堵した。寝る支度を整えて、先にベッドに入ったのは可憐の方で、暫くしてから七海が静かにベッドに入った時には彼女はもう深い眠りに落ちる寸前だった。





「....電気消しますね。おやすみなさい。」
「...ん、」
聞こえるかわからないが念のため確認した七海の言葉に右を向いたまま枕に顔を預けていた可憐は小さく返事をする。七海は黙って電気を消して彼女に背を向けるようにして布団に潜り込む。








「......七海、寝た?」
「...はい。」
「ふ、...起きてるじゃん」
「...どうしましたか。」
「....なんかさ、山の中で見つけてくれた時、抱きついたり、いまも一緒に寝ようとか言って、ごめんね、」
「いえ...問題ないです。」
「それから...車の中で、手、繋いでくれてありがと、」

背中に聞こえる声は、優しくてでも少し眠そうで、普段のハキハキとした彼女の声とは全く違う。ゆっくりと紡がれる言葉に耳を傾けてから、七海は寝返りをして可憐と向き合った。暗い部屋に目が慣れてきて、ぼんやりした中で彼女と目が合う。






「...寝ましょう。」
「....綺麗な金髪、サラサラだね」
不意に可憐が手を伸ばして七海の髪に触れる。もう半分寝ているような彼女の行動に一瞬七海は驚くが、その手を握って彼女を制した。




「ふふ、...そのまま手繋いでて、ね」
小さく消えそうな声でそう呟いて、可憐は深い眠りに落ちてしまう。制するために握った手を離すこともできず、七海は握った手を二人の間になるように体制を整える。






「.....おやすみなさい。」






離すことができなくなった温もりが何処か愛おしくて、離したいのか離したくないのかわからなくなっている気持ちをどうにか誤魔化して、七海も目を閉じた。







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「あっ、おはよう。七海!よく寝れた?」

8時に鳴り響いたアラーム。それを七海が止めると、隣にもう可憐はいなくて少し遠くから彼女の声がする。先に起きたらしいその人は、もう夏服に身を包み身支度を済ませていた。



「おはようございます。」
「まだ時間あるけど、朝ごはん出るわけじゃないみたいなの。二度寝しても大丈夫だよ、わたし起こすし」
「いえ、起きます。」
「そ?

あっ、10時にピックアップだけど新幹線14時だから名古屋駅で味噌煮込みうどんたべよーよ!あとお土産買っていこ!」

「...はい、了解です。」


低血圧なのかなかなか起き上がったもののベッドから降りてこない七海を見て可憐は小さく笑いながら立ち上がり彼の方に行くとベッドに腰掛けた。






「七海の髪、光が当たると本当に綺麗ね」
撫でていい?と聞きながら髪に手を伸ばす可憐に露骨に嫌な顔をするものだから、彼女は肩をすくめる。



「藤堂さん。」
「ん?」
「藤堂さんと五条さんは付き合ってるんですか?」
「...え?」



まだ少し眠そうな顔なのに、目だけは真剣にこちらを見て聞く七海は、寝ぼけているのか起きているのか可憐にはよくわからなくて首をかしげた。けど七海は目を逸らすこともしない。寝起きの後輩に尋ねられた質問があまりに唐突で、あまりに身に覚えなくて、可憐は笑ってしまった。





「付き合ってないよ」
「そう、ですか。」
「どして急に?」
「いえ、なんとなく。」
「あははっ、なにそれ」

可憐は声を出して笑いながら、肩にぎりぎりつく少しだけ茶髪がかった髪をかきあげると、どことなく不機嫌そうな七海に「じゃあ」と口を開く。




「七海は好きな人いるの?」
「...さぁ、どうでしょう。」
「えっ!いるの?えっだれだれ?」
「いるなんて言ってませんよ。ほら、もう起きるので退いてください。」
「ちぇー。もし硝子ならまずは煙草をプレゼントするところが始めるのがいいと思うよ?」
「なんで家入さんが出てくるんですか...」
「えー、じゃあ、歌姫先輩とか?」
「違いますよ。ほら退いてください。」


可憐が渋々ベッドから立ち上がるとすぐに七海もベッドが降りる。「誰なんだろーなー」と軽く伸びをしながら寝室を出ていく彼女は七海は溜息をついて洗面所へ向かった。









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補助監督に名古屋駅まで送ってもらい、可憐の要望通り味噌煮込みうどんを食べて、お土産を買い、少し賑やかな駅前を散策してからよくある珈琲ショップに寄って新幹線の中で飲むものを買い、二人揃って新幹線に乗り込んだ。



「あー、味噌煮込みうどんおいしかったなぁ」
「そうですね。」
「灰原にお土産何買ったの?」
「お米に合いそうなふりかけを」
「....なんかすごい熟年のカップルみたい」
「なんですかそれ。」
「素直な感想。」
「藤堂さんは?」
「私たちはいつも悟が甘いのばかり食べるから甘いお菓子なの。でも硝子はあんまり好きじゃないから、つまみっぽいのも買ってきたよ」
「本当、仲良いですよね」
「灰原と七海も仲良いじゃない」
「まぁ、確かに。」
「ちなみに、私と傑は甘いものもしょっぱいものもいけるから、もし出張土産に悩んだ時は参考にして?」
「...はぁ。」
「絶対買ってくる気ないやつだ」
「そんなことないですよ。」
「じゃあ、期待しないで待ってる」
「藤堂さんには買ってきます。」
「あははっ、それならポストカードがいいな」


私ポストカードって好きなの、と窓の外を見て話す可憐の横顔は、昨日七海が見た何処か壊れそうで危うい姿なんて微塵も感じなくて。彼女の身体の震えも、繋いで眠った手が少し冷たかったのも、幻だったんじゃないかという錯覚に陥る。








「覚えておきます。」
「七海にはなんか面白いご当地キャラのストラップ探してきてあげるね」
「....結構です。」


溜息混ざりにカバンから本を取り出して開いた七海を見てから、可憐は先ほど買った甘い飲み物に口をつけた。







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「じゃっ、七海お疲れ様!」
「はい。お世話になりました。」
「いえいえ、こちらこそ。」
「よく寝るんだぞ!また明日ね。」
「報告書、お任せてして本当にいいんですか?」
「いいのいいの、少しは先輩面させて。それに移動中にほとんど仕上がってるし」
「じゃあ、お言葉に甘えて、」
「はい!んじゃね!」


夕方になる少し前に高専に着いて、そのまま報告書を出しに行く可憐と寮に戻る七海は校舎の前で別れる。一泊用の荷物が入ったバックを持って足早に校舎に消えていった彼女を見送ると、七海もまた寮へと足を向けた。
















「あれ、傑!どしたの?」
報告書を提出して、ふといつもの自分の教室に立ち寄ると、そこにはまだ夏油の姿があった。何をする訳でもなく窓側の自分の席に座る彼は窓の外を見ていて、彼女の声に驚くでもなく手を振る。


「二人が帰ってきたの見えたからさ」
「なるほどね、悟と硝子は?」
「歌姫先輩のサポートに行っていてね、多分夜には帰ってくるよ」
「あっ、そうなの。じゃあいま私たちだけか」
「そうだね。ご飯は食べたかい?」
「ううん、新幹線乗る前に味噌煮込みうどんの大盛り食べてそれから食べてない」
「大盛り、、」
「朝ごはんもなかったんだもん」
「はは、それは仕方ないね。
夕飯どうする?どこか食べにいく?」
「んー、、じゃあ傑の手料理!」
「却下。」
「じゃあラーメンでも行く?」
「いいよ。」



可憐は夏油の隣である自分の席に腰掛けて、スマホをいじって近くにあるラーメン屋のメニューを確認し始める。どうせいつもと同じ醤油ラーメンを頼むのだろうなと夏油は苦笑しながら、彼女の方を見た。








「大丈夫だったかい、任務は。」
「うん、ちょっと油断したけど問題なし。」
「可憐は?何もなかった?」
「え?」
「大丈夫だった?」
「うん、」
「嘘付くのはやめておいた方がいいよ、わかりやすいんだから。」
「ははっ、さすが...傑だね、」


可憐はスマホを置くと、困ったように夏油の方を見て笑ってみせた。それでも夏油の顔は真剣で誤魔化せる気がしなくなって、可憐は作ったような笑顔をやめると、彼の方に向き合う。










「どうした?」

「何処に自分がいるのか、わからなくなった。」


「え?」
「これは、記憶がなくなったってこと?」
「急に、わからなくなったのかい?」


「どうやってそこにまできたのか、どうやったら戻れるのか、急にわからなくなった。





これはさ、記憶がなくなったってことだよね?ってことはまたあるかもしれないってことだよね。」



涙を浮かべるでもなく、消えそうな声でもなく、自分のことを淡々と話す可憐。彼女は儚げで壊れてしまいそうな女性ではないのだ。自分の運命も全てを受け入れて、時に危うい時もあるけれど、それでもきちんと前を向ける立派な呪術師なのだ。











「もう呼吸が出来なくなるくらい怖かったの。七海がいなかったら、もしかしたら今ここにわたしはいないかもしれない。



でも、もう怖いからって何もしないでいられる程この世界は甘くないでしょう?」














「....そうだね。」
「だからとりあえず、そうなった時にどうにかできるアイデアが欲しい」
「アイデアかぁ...猫瓏をうまく使えるかもしれないし、他の式神を調伏するとか?


いやでも、今日は任務帰りだし、明日夜蛾先生にも相談して打開策を考えよう。」
「ふふっ、傑は頼りになるなぁ」
「それは光栄だね。
そろそろ行こうか、ラーメン屋。食べたいもの決まったかい?」
「うん!やっぱ醤油ラーメンにする!」
「やっぱりね。」
「あっ、バレてた?」










いつだって誰にか渡すつもりはない、
私の世界の選択権を、















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