大丈夫よって見栄を張らせて
かなしくなんてないさ








「うーわ。思ったより山奥。そして暑い。嘘だろ。私の術式、意味あるかな」
「....少し涼しくなるんじゃないですか」
「暑さでやられてまた七海をびしょ濡れにしたらごめんね。先に謝っておく。」
「出来れば回避の方向で。」
「ですよねー」




新幹線での宣言通り、可憐は名古屋駅まで着くまでずっと爆睡していて時折七海に寄りかかるので、彼はおそらく寝れなかっただろう。しかし、名古屋駅からの車移動の中ではしっかり目を覚まし、今回の任務の内容確認や七海との打ち合わせの確認はしっかりと行った。


初心者向けのハイキングコースとして人気の山で、登山者のものがなくなるというトラブルが多発していて、最初は単なる盗難だと思われていたが誰も山に入らないような朝方に盗まれたものが登山口の入り口に放置されていたり、深夜に不気味な音がしたりと不審な報告が続き、呪霊によるものではないかという結果になったのだ。しかしそこまで等級は高くないとの判断で学生である二人を派遣する事になった。しかし学生といっても可憐は一級を持っているため、今回は七海の実地訓練の引率的な役割が彼女にはあるのだ。それを彼女が自覚しているかは別として。








「中に残る残穢を追ってある程度マーキングをつけてあります。大きな木に赤いテープを巻いているのですぐわかるはずです。
またマーキングしてある木の場所の地図がこちらになっているので、まずはこの場所をしらみ潰しに確認してみて下さい。」

補助監督の言葉に二人は返事をすると、七海が地図を受け取る。可憐は索敵と何かあった時の連絡用に猫瓏を呼び出し肩に乗せた。



「では、帳を下ろします。

あっ、可憐さん。今回は七海さんの訓練も兼ねているのであまり無理はせずに。撤退も視野に入れてくださいね。」

「はーい!何かあったら猫瓏をそっちに行かせるから、待ち合わせ場所はこの登山口の入り口で、よろしくね。」
「了解しました。ここで待機しています。」
「じゃあ、行ってきます!」






猫瓏の鳴き声が小さく響くと、二人は下ろされた帳の中へ消えて行った。









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「二級が四体か。まぁまぁ報告より難易度上がってるね」
「...はい。」
「撤退する程じゃない。祓うよ、七海。」

地図をもとに呪霊がいるであろう場所を見ていくと割とすぐに見つけることができた。のどかなハイキングコースとはいえど、遭難や自殺する人のあとは絶えない。人に悪戯をする呪霊が発生するのは割と当たり前で、まだ盗難で済むくらいなら軽いものだ。しかしこのまま放っておくと人の命まで奪われる可能性は大いにある。二級が四体いるとなると、今後悪い方向に変化する可能性は高く今のうちに祓うのが正解だろう。

可憐と七海を前にしても臆する事なくどこか不気味で不敵な顔をするが蛇ような身体を持つ呪霊は、二人よりもかなり大きかった。






「蛇の形まで予想してたかは知らないけど、七海の術式とは相性はいいね。

サポートするから、好きに動いていいよ。」
「わかりました。」



あくまでも七海のサポートに回ることにした可憐は後ろに一歩下がる。七海はナタを取り出すと大きく振りかぶった。






















「っ....七海!!!

そっち行って!!早く!追って!!
祓ったら登山口で落ち合おう!」



可憐のサポートのもと、七海は三体の呪霊を倒したが、一番身体の大きい呪霊が二つに分裂すると可憐の近くにいた猫瓏を襲った。猫瓏のダメージは彼女に還元される代わりに普通の式神よりも猫瓏は多くの力を発揮出来るという縛りを結んでいる。不意打ちの攻撃に構えることができずにもろに食らってしまい可憐は膝をついてしまう。しかしその瞬間に自分を攻撃してきた分裂体を凍らせ、逃げたもう一つの分裂体を追うように七海に指示を出す。七海は指示より先に走り出していて、恐らくすぐに分裂体に追い付くだろう。分裂したことにより力は弱くなっている呪霊を七海が逃すはずはない。







「...猫瓏、おいで」
可憐はしゃがみ込んだまま空気中の水分を集め、猫瓏の身体を癒す。可憐自身のダメージは消えないが、猫瓏は彼女にとって大切な存在だ。それから、凍らせた分裂体を容赦なく呪力を込めた渾身の蹴りで粉砕した。




「.....変な足掻きしやがって。」
粉砕された氷のかけらを水に変えると、完全に祓われたかを確認する。呪力を感じないことから、七海も追いつき分裂体を祓ったのだろうと安堵した。傷が癒えた猫瓏が彼女に擦り寄る。

「ごめんね、お前に攻撃してくるなんて思わなかったよ」
猫瓏を撫でると、自分の横腹を抑える。蛇のような呪霊の攻撃は切り傷を残すものだったようで、服は切れ血が滲む。ポッケに入れていたハンカチで傷口を押さえてから、深く息を吐く。傷は深くない、出血も多くない、冷静に判断し、七海に指示した補助監督との待ち合わせ場所である登山口を目指そうと立ち上がる。
















その瞬間だった。

「......あ、れ...」





自分が何処にいるのか、自分が何処に立っているのか、自分は何処に行けばいいのか。
突然に自分の居場所がわからなくなる感覚に可憐は襲われる。
あたりを見渡しても、さっきまで戦闘をしていたはずなのに見たことのない場所に見えてしまう。何処に行けば戻れるのか検討がつかない。身体が強ばり動かなくなる。でも身体がその場に沈んでしまうような足元が歪んでいくような感覚な陥る。





「......ここ、何処。」
上を見上げると、木々が鬱蒼としていて此処から出れなくなるような感覚が彼女を襲う。







(落ち着け、落ち着け。)
呼吸をゆっくりするように必死になって、可憐はその場にしゃがみ込む。

(待ち合わせ場所に行かないと、)
目を閉じて足元が崩れ落ちそうな感覚に耐えながら、今やるべきことを必死に手繰り寄せる。それから、目を開け立ち上がるが、何処にいるのか分からず辺りを見渡すが見たことのない景色に囲まれて恐怖が可憐の心を蝕んでいった。








再び崩れ落ちるようにしゃがみ込み、自分の身体を抱き締めるようにして呼吸をする。心を蝕んでくる恐怖に必死に抵抗して、回らなくなってきた頭を必死に動かして、しゃがみこんだまま、心配そうに鳴き擦り寄る猫瓏の頭を撫でた。






「....猫瓏、七海を...呼んできて。」
消えそうな主人の声を聞き、猫瓏が声高く鳴きその場からすぐに走り去ったのを確認すると、可憐は意識を手放し、その場に崩れた。

















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「....っ..!.....猫瓏?」
七海は分裂体を無事に祓い、呪力がなくなったことを確認してから、登山口の近くまで向かっていた。後ろから音もなく肩に飛び乗ってきた猫瓏に驚くが、近くに可憐の姿が無いことにすぐに気が付き、僅かな異変を感じる。


気が付いたら走っていて、猫瓏は七海の肩に乗ったままで下りてこないところを見ると七海の予想は的中しているのだろう。七海はそのまま先程可憐と別れた所まで走った。







「藤堂さん!!」
そこで目に飛び込んできたのは地面に倒れ込む彼女の姿で。脇腹にはハンカチが当てられそれには血が滲んでいる。すぐに七海が駆け寄ると、意識はないが顔色は悪くない。出血によって倒れているのではないと判断して、少し気が引けたが彼女の頬を優しく叩き何度も名前を呼ぶ。七海の肩にいた猫瓏も彼女の頬を舐めると、僅かに反応があり、可憐は少しだけ目を開ける。




「.....七海...?」
目が合うと可憐は身体を起こし、七海の首に腕を回して抱き着いた。突然の彼女の行動に七海は驚くが、華奢なその背中を優しくさする。少しの間そうしてから可憐がそっと彼から離れた。

「...へへ、ごめん、急に」
何かを隠すように笑い立ち上がる彼女を七海は訝しげな顔で見るが、何も言わずに彼も立ち上がる。可憐の腕が少しだけ震えているように見えたが、この時七海はそこまで気に留めることもなかった。







「大丈夫ですか?」
「ん...ちょっと油断しただけ。来てくれてありがと、戻ろっか。」
「すいません、私のせいです。」
「えっ、なにが?」
「分裂される前に完全に祓えたはずなのに。」
「ははっ!上出来でしょ、まだ一年生なんだし。」
「....次は、」
「ん?」
「...いえなんでもありません、登山口行きましょうか」
「うん、ちょっと脇腹痛いからゆっくりでい?」
「もちろんです、支えますよ。」
「んーん、大丈夫」


可憐は身体に触れられることが嫌なのかと思いそれ以上に何かを言うこと出来ず七海は出しかけた腕をすぐに引く。少し目を伏せた七海を見て、可憐は彼の顔を覗き込むと「どした?」と聞いた。



「...いえ、なんでもありません。
行きましょうか、足元気をつけて下さい。」
「うん、ありがと。」















二人で登山口まで戻ると、七海は先に可憐を車に乗るように誘導すると、補助監督に任務の報告を軽く済ませて、彼女の怪我のことを伝えたようだ。
怪我はもう血こそ止まっているが切り傷は出来ていて、補助監督が救急箱を片手に可憐が乗っている側のドアを開け簡単に消毒して大きめの絆創膏を貼った。どうやら傷はそこまで重症ではなさそうだ。
可憐が礼を伝えると、補助監督は運転席に行き、七海は彼女の隣に座る。車は静かに発車した。



任務自体にそこまで時間はかからず夕方前に旅館には到着出来そうで、可憐はゆったりと寄りかかった姿勢で右手で頬杖をついて、窓の外を見ながら口を開かない。補助監督と少し会話をしながら七海は隣の彼女の様子を伺う。二人の間にだらんと置かれた彼女の左手が僅かに震えているのに七海は気が付いていた。







「....!」
一瞬可憐の身体が強張る。理由は、左手を急に七海に握られたからだ。運転席から見えることはないだろうが七海の行動に驚いて彼の方を見てもこれと言って表情は変わらない。




(気付かれてたかな、)
手を握られて、なかなか治らなかった震えが少しずつ落ち着くのを感じて、可憐は七海の手を離すことはなかった。

















「じゃあ、明日10時に迎えに来ますので」
「はーい!」

旅館に到着すると補助監督と別れ部屋に案外される。事前の連絡通り和室が三つある大きな部屋で、一番大きな部屋は寝室になっていてダブルベッドが一つ置かれていた。それを見て七海が「私は布団を敷いて寝ます」と真面目な顔をするのが面白くて可憐は笑ってしまう。夕飯まで時間があったので二人はそれぞれ大浴場で汗を流すことにした。



部屋に先に戻ったのは七海で、後から可憐が戻ってくるともちろん二人揃って浴衣を着ていて、なんだか面白くて顔を見合わせて笑ってしまう。ちょうど夕飯の時間になったので中居さんに部屋の外から声をかけられる。それに答えれば、テーブルに中居さんが手際よくとても豪華な夕飯を用意してくれた。任務が終わってから何も食べていなかった二人は量が多い豪華な食事もあっという間に食べてしまうと、どっと疲れが出たのか、食事のあとを片付けてくれた中居さんを見送ってから二人で外が見える窓の近くに置かれた二人かけのソファに力なく腰掛けると、可憐に至っては少し眠そうに瞼を擦る。









「藤堂さん、寝るならちゃんとベッドで」
「....んー、七海も一緒に寝る?ベッド大きかったよ」
「いえ。布団敷きます。」
「シングルベッド二つをくっつけたようなものじゃんか、」
「布団もありましたから問題ないです。」
「頑固だなぁ。眉間に皺も寄ってるし、」

ふふっと笑う可憐はやはり何処か疲れていて、七海は少し心配をしていたつもりだったのに、無意識に眉間に皺が寄ってしまっていたらしく、彼女には不機嫌だと勘違いされてしまったようだ。












「藤堂さん」
「なに?」
「.....何かありましたか。」
「何かって、何よ。へんなの。」
「可憐さん、変ですよ。」
「変じゃないし、なんもないよ」
「ありますよ。」
「ないよ、七海の勘違い。」
「いえ、そんな事ありません。」




「....っ!.....何もっ、ないってば!」

真っ直ぐに自分の言葉を否定してくる七海に対して珍しく声を荒げてしまった可憐は、隣に座る七海の顔を見てすぐに後悔をした。荒げた声と一緒に、どうにか誤魔化していた気持ちが溢れて、気がついたら涙が流れてきてしまい可憐は隠すようにソファで体操座りをすると膝に顔を埋める。











「....すいません、」
「なんで謝るの」
「泣かせるつもりじゃなかったので。」
淡々としているがいつもより心配そうな声の七海の言葉を聞く。可憐は顔はあげずに首を振ると、七海はそっと彼女の頭を撫でた。









「ごめん、大きい声出して。

...ちょっと、怖かっただけなの。
だから、本当に大丈夫だから、何も聞かないでほしい」
「...はい。」


少し経ってから顔を上げ七海を見ると、明らかに不満そうな顔をしていて可憐は紅くなった目を擦りながら困ったように笑った。







「....じゃあさ、」
「.....なんですか。」
「ひとつだけお願い聞いてくれる?」
「いいですよ。」















「一緒に寝よ?」
(また此処が何処かわからなくなってしまっても、隣にいてくれるなら、怖くないから)











いまはまだ、
知らないままでいて










「わかりました。」
そう答えてくれた七海の声はとてもあたたかくて。可憐にしか見えないその表情はとても優しくて。






(どうして、隠してしまったんだろう)
心に引っかかった疑問は見て見ぬふりをした。












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