毎日毎日、小さな頃から繰り返される鍛錬と頭に叩き込んでいくたくさんの知識。



それは、この世界を救うために身につけなくてはならないとも当たり前のように叩き込まれてきた。



特別な力を持つものは、持たざるものを守るのが当然だと何度言われても頭の中にしっくりと落とし込まれる筈もなく。世界はただ退屈で、どうだっていいものに過ぎなかった。






「悟になにかあったら、わたしがすぐに助けに行くね」なんて、君に言われるまで世界なんてどうでもよかったんだ。




子供心に、特別な力を持つものはあくまでも強者で何かに縋ってはいけないと思って、一人で生きることを当然のように求められていると感じていたのに。





時には守られてもいいんだと思ったら、いとも簡単に世界はくるりと反転して、敵ばかりに見えた冷たい世界が少しだけ熱を帯びたんだ。












何かを知って、何かを失って。
そうやって、貴方は出来ていく。










―――――――二〇一八年十二月








街をやたらと美しく照らす光から逃げるように、いつも変わらぬ病室の扉を開く。



冷たい風が吹き抜ける外から一歩でもその部屋に逃げ込めば、身体が芯から冷えていたことに気が付いた。




手を擦り合わせ息を軽く吹きかけて、微かに温かさを感じてからコートのポケットから小さな箱を取り出して、ベッドで眠る可憐の手の近くに置く。布団の上でいつも指を組んでいるその手に温もりを感じて心の奥で安心する。

 





「誕生日、おめでと。

それから一日早いけどメリークリスマス。
プレゼントは一つにしちゃったけど許して」




自分の誕生日が来て、少し経つと当たり前の顔をして可憐の誕生日が来る。


ベッドで横たわっているだけでも、生きている限り歳を取るし、僕が可憐より年上なのは二週間と少ししかないのも変わらない。



規則正しくでも無機質に彼女がここで生きていることを教えてくれる機械音だけが部屋にやけに響く。




街に一歩出れば、浮かれた電飾とどこか弾む足取りの人達がいるのに。プレゼントが何かなんて楽しそうに無邪気に笑う子供達がいる街中と、僕が持ってきたたった一つのプレゼントしかないこの部屋はあまりに正反対だった。





そんな日を何度迎えたんだろう。
キラキラした電飾に目を輝かせて、足を弾ませて僕の隣を歩いていた君に会ったのはいつだったか。









「今年の年越しはさ、傑んちで年越し蕎麦食うの。ウケるよね、手打ちするらしいよ」



「昔はお菓子買い込んでたのにな、手打ち蕎麦とかおっさんかよって感じ。」



「硝子は昔から変わらず酒と煙草買ってくんの。変わんないよね」



「そのうち、生徒達も一緒に集まれたらいいんだけどさー、あっちはあっちでいろいろやりたいだろうしさ」








当たり前のように一人で話してながらベッドの近くにある椅子に腰掛けて、たった一つのプレゼントを手に取る。


小さくて、ネイビーの包装紙に包まれたそれは華奢なリボンが掛けられていた。備え付けの引き出しに手を伸ばすといくつもの箱が中に入っている。



クリスマスイブが誕生日の彼女は、お祝いが一回になる事によく不満を漏らしていた。プレゼントを一つにされるのも嫌がっていた気もするけれど、今年のプレゼントは一つ。それを開けられていない箱ばかりの引き出しにそっと入れる。








「こんなに開けてないプレゼントがあったらさ、開ける時は海外の子供みたいにたくさん開けられんね。

やりたがってたよね、そういうの。」








指先で髪に触れて、頬に触れる。
外の風のせいで冷えた指先に、可憐の体温が移ってくる気がした。







「....また年末に来るからさ、今日は任務行ってくるよ」

上着のポケットの中で少し前から何度かスマホが振動している。着信相手は伊地知だと分かっていたし、要件だって知っているから構わない。


多くの人が大切な人と過ごす日に、その日常を守るために僕は呪術師として生きていかなくてはならないのだ。








いつか、僕を助けると言ってくれたたった一人の人が大切にしている世界を。


世界なんてどうだっていい僕が守るのだから、この世界は矛盾だらけだ。









もう一度、頬に触れてから立ち上がり部屋の扉に手を掛ける。





「..おやすみ、可憐」










伝えたい言葉を飲み込んで、
僕は真っ白な見慣れた部屋を後にした。


(愛の言葉は、君の目を見て伝えたい)



 
























―――――――二〇〇五年十二月













呪術高専にも普通の高校と同じ様に成績表というものも存在すれば、もちろんテストだってある。

テスト前になれば必死に勉強に励むというものだが、今年の一年生は少し、いやかなり様子が違うらしい。






「可憐、どうだった?」
「んー、多分大丈夫!傑も余裕そうだね」
「さすがにテスト終わっても爆睡して、夜蛾先生の拳骨でやっと起きた悟には敵わないけどね」
「つーか、まじで痛ぇんだけど!」
「さすがに自分が悪いよ」
「そうそう。先生、何回も名前呼んでくれてたのに」
「寝てるんだから気付くわけねぇじゃん」
「そもそもテスト中にそんなに爆睡出来るのが私はすごいと思うよ」
「え、傑も可憐もずっと起きてたの?てか硝子は?」
「ちょっと、うとうとくらいはしたけどさぁ。あっ硝子は、早々にたばこだよ」







季節が周り、今日は学期末の試験。
任務等の関係もあり十二月頭にある試験が終われば、呪術師にとっての繁忙期に当たる年末年始が少しずつ近づいてくる。







「もうすぐ二人の誕生日じゃないか」
「傑、よく覚えてるね」
「入学してすぐ、二人が誕生日近い話を聞いたのが印象的だったからね」
「ま、俺の方が早いけどな」
「せっかくならもう少し早ければよかったなぁ。クリスマスイブと同じだからいっつもまとめられてたし」
「あー、それは子供の頃は悲しいね」
「でしょう!?
しかも悟ともまとめられることも多かったんだよ」






十二月七日生まれの五条と二十四日生まれの可憐。幼馴染で誕生日も近いため、二人一緒にお祝いされることもあれば、そこにクリスマスも含められることも多かったようだ。




呪術師の家系に生まれた以上、親達も当然呪術師な訳で忙しさゆえもあったかもしれないが、子供にはわからない話なのだろう。








「今年は二人まとめないでお祝いするかい?」
「えっ!それなら誕生日は一緒で、クリスマスパーティーしたい!みんなで!」



荷物を片付ける手を止めて、夏油の提案に可憐は目を輝かせた。五条は何処か罰が悪そうな顔をしてから「実家いかねぇの?」と尋ねる。





「お正月は帰るけど、年末は帰らない予定だよ。悟は?」
「俺は年始も帰らねぇよ」
「冷たいなぁ」
「悟もいるなら、年末はみんなで年越しも出来るね」
「傑も帰らないの?」
「面倒だしね、今年は帰らないよ」
「硝子は帰らないって前に言ってたよな」
「そうそう、やっぱり面倒だって言ってた。」
「じゃあ、やっぱりみんなで年越ししようか」


夏油のその言葉は、世間知らずの二人にはとても響いたようで子供のように目を輝かせていた。


なにか特別なことをする訳でもなく、ただ友達と過ごすことがどれ程特別に思うのかはわからないけれど。


少しづつ、知らない世界の中で、若者たちは何かを知って大人になって行くのだろう。








試験が終わった教室で何をするでもなくただ話していれば、家入が教室に戻ってくる。

すると可憐は嬉しそうに彼女に「みんなで年越ししよー!」と報告した。





「年越し?」
「まぁ、カウントダウンってやつだね。箱入りのお二人は経験がないみたいでさ」
「あ、悟、聞いた?
今の言い方はわたしたちをバカにしている言い方ですよ」
「聞いた聞きた、うぜー」
「じゃあ無しにするかい?」

「「やだ!!」」





声を揃えたのはもちろん、五条と可憐で座ったまま身を乗り出す二人に夏油と家入は一瞬驚いたように瞬きをする。








「そんな必死にならないでも、カウントダウンは逃げねぇよ」
「じゃあ、硝子も参加してくれる?」
「夏油がいれば老けてるから年確もクリアして酒も買えるしな」
「おっさんって言われてんじゃん、傑」
「うるさいよ、悟」
「誕生日より今年はカウントダウンを楽しみに任務がんばろーっと」





可憐は中途半端で手を止めていた荷物の片付けを再開させる。他の三人も大してない荷物を学校指定の鞄に詰め込むと全員立ち上がり何となく机を揃えた。









「年が明けたらあっという間に二年生だね」


そう呟いてから可憐は思い出したように「じゃあ、後輩入ってくるってことだよね?」と他の三人の方を見て楽しげに尋ねる。






「そりゃそうでしょ」
「後輩かぁ、なんかたのしみだなぁ」
「どーせ、使えねぇやつが入ってくんだからどうでもよくね?」
「こら、悟。そんなこと言ってると後輩に好かれないよ」
「好かれたくもねーわ」
「大丈夫だろ、夏油。五条に懐く物好きなんてそもそもいるわけないだろ」
「でも悟、めっちゃ可愛い子入ってくるかもしれないじゃん!」
「ますますどうでもいいっての」








四人で教室を出て廊下を歩く。
ひんやりとした空気に身体が包まれても四人はまだ見ぬ後輩たちへの想像で廊下の冷たさになんて気がつかない。








「悟の誕生日はとりあえず置いといてクリスマスパーティーまでは任務漬けだね。」
「あ、夏油。明日の任務についてセンセーがなんか呼んんでた」
「傑と硝子いっしょの任務なの?」
「そ。まぁ、他の呪術師の任務のお供だけどな」
「そっか、気を受けてね」
「じゃあ、私と硝子は教員室に寄ってくよ」
「メシは?」
「買い出しに行って鍋でもしようか」
「やった!じゃあ悟とわたしで買い出しいくね!」
「酒もよろしくー」
「年確されるから、傑いる時ね」
「買い出し悪いね。じゃあまたあとで」
「はーい、いってらっしゃい」





教員室へ向かう二人と別れると、五条と可憐はそのまま階段を降りて下駄箱へ向かう。トントントンっとリズムよく階段を降りていく可憐の後ろを五条は頭の後ろで手を組んでゆっくりとついていく。






「可憐」
「んー?」
「転んでも知らねぇぞ」
「転んでも上手に受け身とるから大丈夫」
「どーだか」
「あ、そういえば七日は任務?」
「忘れた」
「なにそれ、予定くらいちゃんと覚えててよ」




可憐が振り返り足を止めてそう言うと、五条は階段を数段飛ばして降りると彼女の横に並び立った。




「なに、お祝いでもしてくれんの?」
「うん!もちろん!プレゼントも買ってあるよ」



喜ぶかはわかんないけどね、と付け加えなかがら可憐がまた歩き出す。するとそれにつられて五条の足も動き出した。








「...ふーん」
「なに、ふーんって」
「別に」
「あっ、今日は何鍋にする?闇鍋以外ね」
「キムチ!」
「甘口のキムチ探そうね」
「おう」
「早く行こ、お菓子も買おうね」
「アイスも買おうぜ」
「結構寒いのに?」
「傑の部屋で集まんだろ?あそこコタツあんじゃん」
「確かに」
「コタツでアイスは最高だろ」





子供の頃から変わらないであろう悪戯っ子のように笑う五条につられて可憐も楽しげに笑う。靴箱からローファーを出して踵を床に何度か当てると二人は並んで校舎を出ていく。











「さっむ!」
「走れ走れー!」

吹き抜ける北風が追い風となる。
寒さのせいで身を寄せる訳でもなく、二人は寒さの中さえも何処か楽しげに駆け抜けていくのだ。











歩いていたはずの足が早まっていくように、時間も早くなってしまわないように心の中で祈りながら。











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