街灯も何もないと、
こんなにも夜の海は暗いんだって驚いて。







そこで打ち上げた花火が夜空に広がるとあまりに眩しくて綺麗でまた驚いて。







その花火を、砂浜でみんなで見上げた。
こういうのをいつかきっと大人になったら、青春だって思い出すのだろうか。














刹那の美しさに、命を灯して。
















「決行するなら、今夜!」
「今夜?!」




午前中の授業が終わった昼休み。
二年の教室で話していたのは五条と可憐。


ほんの少し前に付き合い始めた二人だが、これと言って大きな変化がある訳でもない。


元々幼馴染で気心知れているからか距離感は近い。
けれど、ふとした時に初々しい恋人の関係性が垣間見れる時もあるそうだ。









「今日なら、傑も硝子も任務ねぇし、なんたって夜蛾センが急な出張でいない!!」

「え!そうなの?!」
「おう、硝子が朝イチに治療した術師から聞いたから間違いない。急遽派遣になったって」
「今日帰ってくるとかない?」
「それが関西方面らしいから今日中は無いと思う」






窓から外を眺めながら話していた二人は顔を見合わせて、目を輝かせて悪戯をする子供のように笑う。



「わたし、七海と灰原に今日の夜何もないか聞いてくる!」

「俺は傑と硝子捕まえて買い出ししてくるわ!」




























五条、夏油、家入、可憐、それから七海と灰原。


それぞれが割と大きめのビニール袋を抱えて電車に乗り込む。帰宅ラッシュまであと少し時間があるのだろう、全員横並びで座れるほどにゆとりがあった。


目的地は、高専から電車で行ける距離にある海。ビニール袋の中にはお菓子や飲み物がほとんどを占めているが、一番重要なのは花火だ。




軽く薄いけど大量に買い込めばなかなかに嵩張るそれを主に女子二人で分担して持っているようで、特に可憐は大事そうに抱えていた。





電車の窓から見える景色がどんどん変わる。
夏とはいえ夕方が近づけばほんと少しずつ空はオレンジ色に変わる過程にあって微かにピンク色に染まっている。



高専の最寄駅からどのくらい電車に揺られただろうか。時に携帯を見ながら、時になんてことのない話をしながら、我慢できずお菓子に手を伸ばそうとしてみたりして。





電車が長いトンネルに入る。
わずかに薄暗くなる電車の中は少し不気味だけれどあっという間に抜ければ、海が見えた。





その後に到着した駅が目的地だったようで、バタバタと電車を降りて人も少ない改札を抜けると微かに潮の香りが鼻を掠めた。




 



「海だーー!」
「ねっ、早く行こっ!」




今にも駆け出していきそうなのは、灰原と可憐で二人はそれぞれ隣にいた七海と家入の腕を引き海へと足を早めようとする。







「ほら、迷子になったら困るからみんなでいくよ」

「はいっ!夏油さん!」
「はぁい、傑ママー」


前のめりな二人を夏油が制すると、全員で横並びになって人も車も少ない通り歩き始める。






「落ち着いて下さい、灰原」
「だって楽しみじゃんかー!」
「お菓子もいっぱいあるし、花火もあるし、わたしレジャーシートも持ってきた!」
「可憐先輩!七海はタオル持ってきてましたよ!」
「えっ、海入るの?」
「違うよ、クズ共に海に落とされたら困るからだよ」



家入の言葉に可憐が楽しげに笑うと、七海は少し罰が悪そうな顔をした。







「それはあれかい、海に落としていいっていう合図?」
「よっしゃ、傑。こいつら海に投げようぜ」
「風邪ひいてもしらねぇぞ」
「みんなで先生に怒られちゃうね」
「足くらいなら大丈夫じゃないかな」




夏油の言葉に可憐はまるで子犬のように目を輝かせてから五条の方を見て「足だけなら入れるって」と笑う。




「俺は入らねぇけどな」
「うっそだー。絶対入るでしょ」
「入るならあいつらも絶対道連れにする」
「まぁまだ九月にならないし入っても風邪はひかない気もするけどね」
「これで風邪ひいても私は診てやんねぇけどな」
「あっ!傑の呪霊になんか火とか出せるのいないの?乾かしてくれないかな」
「それいいじゃん」
「呪霊にそんな火加減が出来ると思ってるのかい」




夏油の言葉に、可憐は楽しげに笑うと弾む心を表すような足取りを早めて駆け出す。
「おい!」なんて呼び声は聞こえない彼女に引っ張られるように、他の五人も走るように海へと向かった。


















花火の準備をしていれば、だんだんと空が黒に覆われていって世界には自分たちしかいないんじゃないかなんて錯覚に陥る。





「ほら、悟。これ持って行って」
「あー、おう」
「夏油さん!何かやる事ありますか!」
「じゃあ灰原と七海はバケツに水汲んで来てくれるかい」
「わかりました!」





目の前の楽しさに心を奪われて手が止まりがちなメンバーに仕事を割り振ると、ようやく花火の準備が整ってくる。硝子と可憐は海に沈んでいく夕陽をさっきまで眺めていたが、すっかり暗くなってしまってからは持参した懐中電灯をそれぞれ持って手元を照らしてくれたりおやつを物色していた。






潮風が少しずつ冷たく感じる。
昼間のうだるような暑さを忘れてしまいそうだ。









「傑、手元大丈夫?」
「ああ、大丈夫。あれ、硝子は?」
「あっちで煙草吸ってる、呼んでくる?」
「もう準備出来るからそろそろやろうか」
「やった!」
「悟が打ち上げ花火向こうに置いてきてるけど、とりあえず手持ち花火からがいいね」
「うん!」





大量に買い込んでいた花火を袋から出していた私の横で手元を照らしていた可憐は立ち上がると、硝子たちを呼ぶ。その声はとても楽しそうで小さな子供のようにも思えるが、それが彼女のいいところでもあるのだ。



 



「すげーあんじゃん!」
「やっぱり買いすぎだったんですよ」
「やり切れなかったらとっておけばいいじゃないか」
「大丈夫!全部できる!」
「いけますよ!」





袋の上に置いた手持ち花火をそれぞれ自由に持つと、七海と私がチャッカマンを持っていたので火をつけて欲しいと視線を感じる。





「花火の火が消えたら、ちゃんとバケツに入れるんだよ。」
「はーい、傑先生!」
「七海も夏油さんみたいになんか言ったら?」
「...言うわけないでしょう」
「お約束守ってやりましょうねー」
「ははっ!夏油やば」
「よっしゃ!早くやろうぜ!」






火をつけてやればあっという間に花火を持って走り出す悟。七海と灰原も気が付けば何本もまとめて火を付けたりしていて、真っ暗だった海辺は鮮やかな炎によって明るさを取り戻す。







「硝子硝子!みて、きれい!」
「お、すごいじゃん」
「こっちのバケツの中に蝋燭入ってるからここから火もらってね」





返事をするのもきっと忘れているのであろう可憐は海の近くで後輩二人に向けて花火を振り回して笑っている悟の方へと足を向けてそれにすぐに混ざった。



四人が無邪気に花火をし始めたのをまだ開けていない花火をかすかな灯りで整理し始めると、硝子が懐中電灯で照してくれる。









「ありがとう、硝子」
「混ざんないの?」
「見てた方が楽しい気がしない?」
「なに大人ぶってんの」
「そんなんじゃないよ」
「そ。」
「硝子は?」
「ん?混ざるけど、まだいーや」



いくつかの手持ち花火をがさっと持って、硝子に渡すと心底呆れた顔をされたので「呼ばれてるよ」と言えばため息を吐いてそれを受け取った。








「傑ー!やばくね、十本一気!」
「硝子みてみてー!色変わるのー!」




同じような特殊な環境で育ってきた二人が無邪気にはしゃぐ所を見て、私と硝子は顔を見合わせる。きっと二人とも初めてこんな風に花火をしたのかもしれないなんて考えると、何処となく住んでる世界が違うような気がした。










「あの二人は、特別だね」
「なにそれ」
「こんななんて事ない事が、新鮮で特別なんてさ」
「特別かどうかは知らないけど、特殊ではあるんじゃん?」
「...まぁ、確かに」
「でもいいんじゃない。二人で特殊なら、それはもう普通だろ」






そう言って、硝子が先に他の四人の元へ足を向ける。


妙に彼女の言葉が腑に落ちて、なんとなく自分の思っていた事がくだらなく思えて気付けば自分もそこへ足を向けた。









「とりあえず、一発目の打ち上げ花火やるかい?」









―――――――自分にとっても、きっとこの目の前にある景色は特別になるのかもしれないのだから。








「みんなでやる花火、楽しいね!」
無邪気に笑う彼らと共に、今この瞬間を楽しもう。






























可憐が持ってきた大きなレジャーシートは全員揃って座るには狭すぎて、もう一つの少し小さなレジャーシートは二人だったらちょうど良かった。




五条と可憐は少しだけ打ち上げ花火を置いた場所から離れたところで小さいレジャーシートの上に座る。

打ち上げ花火の着火役は七海と灰原が任され、夏油と家入は広々としたレジャーシートで足を伸ばす。




五条たちからは夏油と家入の背中が見えて、その先に着火に苦戦する後輩二人が見える。後ろに手をついて足を伸ばす五条の隣で可憐は体操座りをして、どこか嬉しそうな顔で花火が打ち上がるのを待っているようだった。






「あ!ついた!」
灰原の声が聞こえると、導火線が燃える音がかすかに聞こえて僅かな間の後に夜空に花火が打ち上がる。想像よりもずっと大きい破裂音と共に真っ暗な海辺が一瞬明るく光る様子を可憐は目を輝かせて見上げていて。隣にいる五条は花火よりも彼女に目を奪われた。










「瞬きしたら、そのまま写真みたいに残ればいいのにね」
「..なにが?」
「今見てる景色がそのまんま、残せたらいいなって」
「あー..なるほど。携帯で撮ってみる?」
「だめだめ、ちゃんと見たほうがいいよ。きっと綺麗に撮れないもん」
「確かに、じゃあまたやればいいじゃん」
「うん、それがいい」






五条が少し身を寄せれば二人の肩がふれた。
どちらからともなく顔を見合わせると、打ち上がった花火に照らされる。











「今、悟が考えてること、当ててあげよっか」
「なにそれ、」












誰も見ていない、真っ暗な砂浜で。
可憐は五条に耳打ちをする。
花火が打ち上がって空が赤や青に光り輝いても、その一瞬だけは二人には届かない。












「わたしに、キスしたいって思ってる」


耳元で囁いて、五条の方を見て悪戯っ子のように笑った彼女の顔が色鮮やかに照らされる。








「....バーカ。」

頬に手を添えて、彼は少しだけ強引に彼女を引き寄せて口付けをした。













「..ふふっ、ばーか」


(誰にも気付かれない、けれどきっと忘れない口付けは綺麗な花火が上手に隠してくれる)















ねぇ、悟。
あの日見た花火は、そのあと見たどんな花火よりももしかしたらどんな景色よりも美しかった気がするよ。もしかしたら他の景色を忘れてしまったのかもしれないけれど、例えばそうだとしても。


わたしはずっと、あの花火を忘れないと思うんだ。










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