心は時に重くなると邪魔だけど軽ければとても心地いい
月からの伝言







任務が終わり、身だしなみを整え一息ついた七海の携帯がスーツのポケットで振動した。


「......はい、もしもし。」
液晶に表示された名前に一瞬驚きつつも、冷静な声を保ちながら七海は電話に出た。




「あっ、もしもし?」
「はい、どうしましたか。」
あくまでも冷静に、彼にしかわからない胸の鼓動の速さなんて気取られないように。

彼が電話越しに聞く声は、自分からかけてきたのになぜか困ったように言葉を吃らせる。




「可憐さん、今どこですか?」
「えっ、高専の教員室。」
「仕事は終わりましたか?」
「あっうん、終わったところ」
「そうですか、私も終わったところです。

いま、5時なので6時半に待ち合わせしませんか。夕食でもどうです?」


いつもより早口で用件を伝える。淡々と隙を見せないように。七海が伝えると、電話越しに可憐は嬉しそうに笑った。




「6時半ね、遅れないでちゃんと行く。」
「店を予約しておきます、何が食べたいですか?」
「うーんと、和食!!!」
「わかりました、では後ほど。」

電話を切り暫くスマホを操作すると、手短に店の予約の電話を済ませ、先ほどまでの電話相手に店の最寄駅を連絡し、スマホをスーツのポケットにしまった。




「今日は残業なしです。」
七海の脚取りは心なし軽やかだ。





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一方その頃七海との電話を切った可憐は自分からかけた電話にも関わらず相手がすごく話を進めてくれたことがなんだか気恥ずかしくて急いで荷物をまとめた。

元々荷物は多い方ではないが、忘れ物は割とする方だと自負がある。七海との食事に必ず持っていかねばならないものなんて特にないはずなのに。

待ち合わせの駅までここから1時間程度、少しだけ余裕がある。彼女は教員室を出て、ふと医務室に立ち寄った。






「硝子ー」「あ、可憐」
「お疲れ様」
「珍しいな、こんな時間に。」
「今から帰るけどね、」
「ふーん、

なんかいいことでもあったか?」

「ふふっ。そんなんじゃないって。」
「あっそう。なんかあれば聞くよ」
深く詮索しない家入だが何かを察したのように口角が釣り上がる。

「ちょっとだけ化粧直していこうかな。」
「ますます珍しいな」
学生時代から共に過ごしている二人。多くを語らずとも分かり合える相手というのは大切だ。

「そうだ、そろそろ目の方、頃合いだろ。今度見せにきてな。」
「あっ、うん。まだこれと言ってなんもないけど時間見つけてくるね。」


そろそろ行こうかなと、ささっと化粧を直して立ち上がる彼女に家入が声をかけた。

「悟の方は気にするなよ、今度ケーキでも奢ってやればいい」
ふざけたように笑う家入に可憐は、「相変わらず勘がいいんだから」とだけ答えて手を振り医務室を後にする。




「わかりやすいんだから、」
誰に聞こえるでもない声で家入はつぶやいて、すぐに仕事に戻った。





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カーキのパンツに、黒いヒール。
それに白いブラウスを合わせて小さめの黒いバック。夕方は肌寒くなるから持って出たパンツとセットアップのジャケットは肩にかける。アクセサリーは最低限に、ピアスだけ。可憐はシンプルながらもお洒落だと高専の生徒や同僚からも好評で、卒業と同時にバッサリ切った髪はそれからというもの長くても肩につく程度で、割と短めをキープしている。

左目の眼帯は、本人にとってはもうアクセサリーのようだが事情を知らない他人からしたら好奇の目に晒されることもある。でもそれを隠そうとしたりはしない。同級生の家入が作ってくれたレザーでできた眼帯も気に入っているし、自分には似合っていると思っているし、それに身近に目を全て隠した男だっている。左目を隠すようなことは、彼女にとってはあり得ないことで、彼女にとって左目は誇りなのだ。




帰宅ラッシュの時間といえど、郊外の高専から都心への電車は空いていて、呑気に電車から外を眺める。普段は自炊が多いから、この時間に化粧を整えて都心に行くのなんて久しぶりで、少しだけ浮ついたのかいつもより口紅が濃いような気がして、窓に映る自分が少し恥ずかしくなった。


(デートってこんな感じなんだろうか)
ふと脳裏をよぎったことを掻き消すように、スマホを取り出し待ち合わせ場所の駅を確認する。



電車の乗り換えアプリも念のため再度確認すれば乗り換えがうまくいったようで、待ち合わせより10分ほど早く着きそうだった。






目的の駅到着して、指定された改札に着いたのは約束の5分前。時間にルーズな方ではないが早めに着くタイプではない彼女は少し満足げな表情で時計から顔を上げる。改札を出て、少し周りを見渡すと既に彼は到着していた。





任務のあととは思えないほど整えられた身だしなみ、長身の彼には良く映えるスーツ。そして綺麗な金色の髪がきっちりセットされていて、遠目でもすぐに見つけられた。





「ななみん、」
「お疲れ様です。」
七海も可憐にすぐに気が付き歩み寄る。言葉少なめに、いきましょうかと歩き出した。







そういえば今日は月がとても綺麗な夜らしい、
人混みを照らす光はきっとやわらかい











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