覚悟は決めていきてきたいつでも泡になるために七海が選んだ店は、静かな半地下の和食のお店で、通された席は半個室だった。着物を着た女性が丁寧に接客をしてくれて、二人は今日のおすすめと酒をまずは適当に注文する。
「結構飲めるんですか?」
「んー、硝子ほどじゃないけど悟よりは全然飲めるって感じ?」
「お二人が極端すぎませんか。」
「確かに!悟なんて、メロンソーダでつまみ食べるならまだしも甘いもの食べるの。」
「変な人ですね。」
一度飲みに行ってみたら、とふざけたように可憐が笑ったら、二人の酒が運ばれてきた。とりあえずのビールだ。
乾杯、と静かにジョッキをぶつける。
「初めてじゃない?外で二人でご飯なんて。」
「高専時代にファミレスに行ったことがありますよ。任務の帰りに。」
「よーくまぁ、覚えてるね、ななみんは。」
誰かが、歳を取れば取るほどに時の進みはあっという間になると言っていた。七海が高専を出たあの日から四年。互いに歳を取り、月日の流れはだんだん早く感じているかもしれない。それでも、お互いにとって空白の四年というのは話すには様々なことがありすぎる。
「じゃあ、私に何か質問は?」
可憐は、七海のサラリーマン時代の話を聞き、彼が労働がクソだと判断しこちらに戻ってきたことや、彼女が知らない所謂ブラック企業の話を聞いてから、彼に聞いた。
「そうですね。
......次に飲むものは何にしますか?」
思わず質問を呑み込んでしまい、目に入った空になりそうな彼女のグラスを言い訳に質問をすり替えた。
「ななみんは?」
「日本酒を」「じゃあそれ、私も飲むからおちょこ二つで。」
七海が店員を呼びつまみも一緒に追加する。
少しだけなんともいえない沈黙が流れてしまい、それを断ち切ったのは可憐だった。
「一年前よ、左目が無くなったのは。
私これでも一級になってね、一級呪霊の討伐だったんだけどまさかの一体じゃなくて。
その時の補助監督が伊地知くんで、近くで他の任務をしてた悟を呼び出してくれたの。
正直、悟が来るまでどうにか生きるのが必死で気付いたら呪霊がうまく見えなくて、その時やっと左目が抉られてることに気が付いたの、情けない話でしょ。
悟が来てからはもう全然覚えてない、悟と伊地知くんがすごい名前呼んでくれてたのはなんとなく知ってるけど、起きたら高専の医務室で、硝子と悟がすぐに目に入った。その時既に、左目は義眼だったわ。」
早口でもなくゆっくりでもないペースで、決して暗い口調ではなくなんなら淡々と事実を話したあと可憐は悪戯に笑って、
「聞きたいこと合ってた?」と肩をすくめた。
「敵いませんね。」「参ったか、後輩よ!」
「どうして、そのあと高専に残ったんですか?」
「なーーんにも、なかったから。私には。」
「私の左目ってね、左目がすごいんじゃなくて視神経が特別なの。視神経が呪力を感知する力に長けていて、目自体はその呪いを移す鏡みたいなもの。
だから、左目をなくしても呪力を持った義眼に神経を繋いだら呪い自体は見えたのね。これは全部硝子に教えてもらったことなんだけど。
私は元々左目が見えないから左目が無くなった時点でもうダメだって思ったけど、私の呪力はなくなっても呪いがわかるなら、この世界にいようって決めたの。
他になーんにもないの。
この世界しかもう知らないからさ。
でも、呪術師として一線を退いたのは学長と悟に頼まれたからだよ。」
「学長と、五条さんがですか?」
「学長は後輩の育成と、現在の補助監督の補佐をやってほしいっていうお願いで、
悟は、ほら、かっこつけだからさ。」
そう、言葉を濁した彼女の表情を見て、二人は恋人だったということを七海は実感した。
『可憐は俺に守られる覚悟あるだろ』
「やめよやめよ、こんな話!せっかくのお刺身と日本酒がなんかこう、硬い味になりそう!」
「どんな味ですか、それ。」
「えー、なんかとりあえず勿体無い味?」
「あ、そうだ、もう一つ聞いてもいいですか?」「ん?」
「どうして今日、私に電話を?」
「へっ?」
突然間抜けな声を出した彼女の顔が少し赤くなったのはお酒のせいだけではないと、七海は見逃さなかった。
「吹っ切れたから、ちゃんと。少しだけ前に進んでみようかなって思ったの。」
少しだけ悩んで彼女は笑ってそう答えた。
歩み出したその先で今度は弾けて消えてしまわないように(あの人に礼を伝えなくてはいけないかもしれないな、)