高なる胸に戸惑いながらもう一度どうかクリアになってしまえ卒業してから一般社会で働いていた後輩が戻ってきて、数ヶ月。呪術師というのは年中人手不足で、高専に挨拶に来た日から彼には会っていない。
元々優秀な彼のことだ、実地で経験を積んだ方が感覚が戻るのは圧倒的に早いだろう。
どの呪術師がどこに派遣されているかなどは見ることができるので不意に彼がどこにいるかを、見てしまう自分に驚く。
あの日、どうして彼に悟と別れたことをわざわざ告げてしまったのか、そしてどうして私はあの時彼に抱き締められたのだろう。しかもそれまで呼ばれたことがない名前を呼ばれながら。
透明になったはずの私の気持ちは、また色をつけてしまったらしい。しかも何故か悟は私の目のことも別れたことも話していた。つくづく何を考えているかわからない男だ。
「僕のこと考えてる?」
本当にこの男は気配もなくやってきて、突然顔を覗き込んでくる。それにも驚かなくなったのはもう付き合いが長いからでもあるだろうし、恋人として時間を過ごしてもいるからだろうか。
「すーごい自信だよね。」
「褒めてくれてありがとうー!」
「ね、悟。どうして、」
「七海のこと、好きなんだろ?」
「え?」
二人しかいない教員室。
その中の空気が固まった。というより、私が固まった。この男はなんだって見える。きっと私の心だって全部みえているのだ。
「どうして僕が、可憐と別れたことも左目のこともあいつに話したかって?
別に理由なんてないよ。気まぐれ。
どっちかといえば、七海の方が殺気立って聞きたそうにしたんだよ、呪力がないことに気がついてたから。
別れたことは話の流れで言っただけ。
実際僕たちもう終わっているだろ?」
そんな軽薄な関係だったのだろうか。
もう終わっている、そんな表現されるような遊びの様な関係だったのだろうか。
「私は、傷を舐め合うみたいに付き合ってたわけじゃないよ。」
「そんなことはわかってるよ。でも、一度も可憐は僕のこと好きだっていわなかったじゃない。」
「優しいから、委ねてくれてたんだろ。
心も身体も全部、僕に。潔いくらい全部。」
『優しすぎるよ、可憐』
そう言って彼は私の家の鍵を返した。
「そういうこと、だったの」
でも、優しい悟の口付けも、身体に優しく触れる指の温もりも、私にだけかけてくれた言葉にも、ちゃんと助けられていた。幸せだった。
「私、悟のこと大切だよ。」
「うん、知ってる。僕だって、大切だよ。それから、愛してるよ。」
「ちゃんと、幸せだったよ、私。」
左目が無くなった日、あなたは命がけで私を助けてくれた。消えそうな意識の中であなたが何度も名前を呼んでくれて、目が覚めたときは手を繋いでくれていた。
右目から、涙から溢れた。
「悟、ごめん」
「いいのいいの、僕だってありがとう。」
曖昧だったものがきちんと形になった感じがして、ちゃんと目の前の悟のことを久しぶりに見れた気がする。
「私、悟が僕って言うのすごく好き。」
(私が知ってる最強は、もっともっと最強だった)
「ちゃんと、幸せになるんだよ。」
頭を撫でてくれる手はいつもより暖かい。
あの日壊れそうで、どうにか崩れないように抱き止めた背中はもうすごく大きくて、どんなものでも守ってくれそうなくらい強そうで。
「悟、明日は遅刻しないでね。伊地知くんに怒られるよ。」
私の言葉に振り向かず、そのまま手を振り彼は部屋から消えていった。
「損な役回り、だな」大切な人には本当のしあわせをスマホを手慣れた手つきで触り、少し前に教えてもらった番号を呼び出す。
-------七海建人
液晶に表示された名前は、少し近く感じた。