絶望よりも、腹立たしいのは変えられない過去と今何もできない自分神様との断絶五条さんが立ち去った後、しばらくその場に立ち尽くしていた。学生時代に毎日いたこの場所が、突然知らない場所の様に見える。
二人は別れていて、藤堂さんはもう呪術師ではなくて、左目は義眼になっていて、
それから、消えそうに呟かれた五条さんの言葉が妙に引っかかる。
『お前もはじめから、そうしてりゃよかったんだよ』
どういう意味なのだろうか。
五条さんを捩じ伏せてあの頃の彼女を自分のものにしていればよかったとでも言いたいのだろうか。もはや馬鹿にしているとしか思えない。あの時の私があの人に勝てるはずなんかないのに、今だって、身がすくむというのに。
「ななみーーーーん!!!」
少し遠くから、聞き慣れないけど懐かしい渾名が聞こえて、声の方を見れば、あの人が立っている。あの頃から変わらない眩しい笑顔で手を振っていたから、会釈で返すとこちらに駆け寄ってきた。
「ノリが悪いな、可憐さーーん!とかって手を振ってくれてもいいのに」
「嫌ですよ。そもそも下の名前で呼んだことがないでしょう。」
「えっ、ほんとう?」
「えぇ、苗字でしか呼んだことありませんよ。」
そうだったっけ、と首を傾げながら、彼女は私の左側に立った。
(左目は本当にないのか)
何も言わずに腕を組んで隣に並び、漠然と広い高専の景色を眺める。
「背、大きくなったね。スーツも似合ってるね。」
「子供相手の様な言い方やめてください。」
「ははっ、もう後輩じゃないもんね。」
「いや、それは」
「悟に聞いたでしょ?
私もう呪術師じゃないの。だからもうななみんの先輩じゃない。でも、呪術の世界で生きてる身としては、優秀なあなたが戻ってきてくれたのは、嬉しいよ。」
「あなたは、どうですか」
「え?」
(呪術の世界とかそういうの無しにして、私が戻ってきたことは、あなたはどう思っていますか)
その質問を口に出しそうになってすぐ飲み込んだ。
「なんでもありません。」
「相変わらずクールだね。」
「あなたが呪術師ではなくても、あなたは私の先輩ですよ。」
「ふふっ、それ悟にも言ってあげて」
「嫌です。」
学生時代が戻ったかのように彼女の声がよく聞こえた。声が通る、心地がいい。
「ねぇ、ななみん。」
「私、悟と別れたの。」
「はい。さっき、五条さんが。」
「あいつおしゃべりだな!」
藤堂さんは呆れた様に笑ってから、静かに言葉を続けた。
「いつから付き合ったかなんて、もうわからないの。ほら、いろいろあったから。
だから、その、、、うーーん。
なんだろう、なんで私この話してるんだろうね」
「いえ、聞かせてください。」
困った様に笑った彼女が言葉を濁したのに、逃げ場がない様な声が出てしまう。彼女を追い込んでしまっただろうか。四年ぶりに会ったんだ。自分でも忘れていたはずだと思い込ませていた気持ちが驚くくらい溢れていることに、やっといま気が付いて、逃したくない様な不思議な気持ちになった。
身体というのは時に脳よりも先に動くものらしい。
「な、なみん?」
気がつけば彼女を強く抱き締めていた。
「..........可憐さん。」
情けないことに、それ以上なにも続けられなかった。
「ねぇ、ななみん。眼帯似合う?」
胸の中で戯けたような声で聞かれる。
「えぇ、、よく似合っていますよ。」
「硝子がね、かっこよく作ってくれたの、この眼帯!いいでしょ!」
そう笑いながら、するりと私の胸から彼女は抜け出した。
「これからよろしくね。七海呪術師。」
そう差し出された右手を私は素直に握る。
「よろしくお願いします。」
精いっぱいのかけひき何かが変わるだろうか