あの時言っておけばよかったなんてもう遅い
こわれないことば





高専を卒業して四年。
ずっと金のことを考えてきた。自分はやりがいとは無縁の生きものだと思っていたのに、人生というのはわからないものだ。何がきっかけになるかなんてわからない。

久しぶりに聞いた、人を小馬鹿にするような話し方の先輩の声ですら、懐かしくてなんだか不思議な感情が湧く。



そうだ、戻るのだ。
あの場所に。あの環境に。あのクソみたいな世界に再び、自ら望んで。
我ながら頭がおかしいと思う。それでも、一度動いてしまった身体はもう前にしか進まない。



電車を乗り継ぎ、都内から同じ東京とはいえだいぶ田舎に感じる場所にそれはある。いわゆる青春時代を過ごしたといえるのだろうか、あれが青春時代だったのかはわからないが、いま思えば眩しいくらいの時間を過ごした高専。もう二度とここには来ないと思っていたのに、再び足を踏み入れた。



敷地内の入り口に、後輩にあたる伊地知が立っておりその隣には脚が体の半分以上を占めていそうな異様な体型をして、目隠しをしている白髪の男。すぐにわかる、四年会っていなくても、あれが最強の男だと。




「お久しぶりです、七海さん。」
律儀に挨拶をする後輩は、気の毒なことに気苦労の絶えないポジションにいるのだろう。軽く挨拶をしようとすると、割り込んで馴れ馴れしく肩を組んできたのが、


「お久しぶりです。五条さん。相変わらずな様ですね。あまり後輩を困らせないで頂けますか。」
「おーっ!すごい、かたいね!七海!!
学生時代からお堅いタイプだったけど、スーツもかっちり着ちゃっていやー、なんか老けたね?」

この人は人のことをいらつかせることに対して何の抵抗もないし、相手が何を思うかなど考えない。それはもう昔からだ。

「あなたが年不相応なだけでしょう。」
「グッドルッキングガーイ!だからね、僕は。」



僕、その一人称に懐かしい顔が浮かんだ。自分が知る五条は俺という一人称を使っていたから尚更だ。




(藤堂さんはまだいるのだろうか)
脳裏に過った疑問は口にも顔にも出さない様に努めた。






伊地知が高専内を案内してくれることになり、とはいえ学生時代とあまり変わらなかったので働く上での手続きなど事務的なことも合わせて教えてもらいながら歩く。
五条さんはなんで着いてきたのかわからないが隣でふざけながら着いてきていた。それを伊地知が止めるわけでもなかったので、この人はずっとこの調子なのだろう。かつての後輩の苦労を思うと溜息がでた。

教員室の近くを通ると、五条さんはすっと教員室に消えた。そして私と伊地知が入った瞬間、










「ぱんぱかぱーーーん!!

出戻り呪術師、七海建人くんでーーーす!!!!!!!」

たいして人数もいないのに、顔の横でクラッカーを弾けされられ、第一印象が最悪になる様な表情しかできなかった。





「ご無沙汰しております。七海建人です。
これからよろしくお願い致します。」
定型文の様な挨拶をして頭を下げる。顔を上げた時にすぐ目に入ったのは、彼女の姿だった。




嬉しそうに近くまで歩み寄り、クラッカーから出た紙吹雪を背伸びして頭から取り、隣にいた五条さんに軽く蹴りを入れてから、再び私の方を向き直る。




「久しぶり、ななみん!」
間違いなく彼女なのに、彼女だと一瞬わからなかった。顔が変わったとかそういうことではない。




(呪力がない....?)
その疑問はきっと顔にもろに出ていて、眼帯をつけた彼女の顔もまじまじと見つめてしまった。不意に我に帰り、目を背ける。一瞬切なそうな表情が見えた気がした、いや、気のせいかもしれないが。






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軽く挨拶をしただけで、ちょっと仕事があると教員室から出て行った彼女を見送ると、五条さんにちょっとこっち、と嫌な予感がする手招きをされた。

伊地知とも教員室で別れ、五条さんに着いて人気のない教室に入る。入るなり、背もたれに顎をつく様に椅子に跨って座り、まっ座れば?と促す。


少し離れた椅子に腰掛け、五条さんの方を見る。






「聞きたいことがありそうな顔だね?」
「わかっているのならば、教えて頂けますか。」
無意識に出た少しの怒りが言葉に乗ってしまう。

「可憐のことだろ?」
「あの眼帯は?呪力を感じられませんでした。どういうことですか、あなたがそばについて、





「もう付き合ってねぇよ。」
自分の言葉を遮られた言葉は、学生時代の彼を彷彿とするもので、背筋が無意識に強ばるのがわかり、思わず舌打ちした。




「四年もあればさー、いろいろあんのよ、まったくさー。」
すぐに軽薄な口調に戻り、言葉を続ける。
「可憐は、任務中に左目を負傷。その時に呪力を失った。


僕は別の任務の後駆けつけたんだけど、一体だと思ってた一級呪霊が複数いてね。よくあれで済んだと思うよ。




だから、今は呪術師としてじゃなくここで働いている。でも呪具の扱いやら接近戦は上手いからその指導はしているよ。


呪力はなくても、あいつは元々目が特殊だから呪いは見える。だから雑魚だったら呪具で祓ったりもたまにはしてるよ。」



「でも、左目は、」
「そう、あいつは左目に呪力を込めて、相手にいわゆる夢を見させ混乱させてる術式を使う。

天与呪縛で、元から左目は失明しているのも同然だったのは知っているだろ?」



静かに頷く。
藤堂さんの術式をしっかりと見たことがあるわけではないが、見えない左目は呪いだけを映し出し、遠くにあるものの気配までも察することができる。
そして、術式を使い相手に夢を見せ混乱させてることで隙を作りそこを体術で叩くというのが彼女の戦闘パターン。
援護向きの術式のため、家入さんと同様、あまり外に出ずに闘うこともできたがそれを拒んだのは彼女本人だと、昔夏油さんに聞いたことがあった。



『ちゃんと最後まで自分で祓いたい』
足手纏いになりたくないんじゃないかなと、夏油さんは言っていたな。





「左目は、」
「もうないんだよ。抉り取られた、それだけ。」



硝子に義眼を作ってもらって入れてはいるけどな、見えはしないよ。その義眼に呪いを映し出してるイメージかな、わかりやすく言うとねと五条さんが付け加えるのを聞いて、



身体は咄嗟に目の前の最強の胸ぐらを掴んでいた。








「あんたが.....側にいたのに.....っ!」

動揺するわけでもなく、目の前の男は真っ直ぐに自分の目を見て消える様な声で呟いた。









「お前もはじめから、そうしてりゃよかったんだよ」









遠慮なんかかなぐり捨てて
乱暴な言葉でもいいから








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