歯車なんて初めからずっと狂っていたの
いつでも泡になるために






夏油さんの一連の騒動の後、三年生だったひとつ上の先輩達はそれぞれ活躍をしながら、のちに高専を卒業。三人とも高専所属の呪術師になっていた。五条さんと藤堂さんは教職としても働くそうだ。家入さんは医師免許を取得しつつ呪術師の治療を担当していくらしい。



そして、一年遅れて。















「ななみん、卒業おめでとう。」
「はい、ありがとうございます。」
藤堂さんは学生時代とは違い、私服に身を包むようになっていた。いつだってパンツスタイルだがシンプルすぎない服を選んでいて、より洗練されているように感じる。高く結んでいた髪をばっさりと切り肩につくかつかないかくらいの長さに変わり、その髪をかきあげる姿はとても色気を感じたりして。でもそんな気持ちをすぐに頭の中で打ち消した。





「ななみんは、呪術師続けないのよね」
「ええ、証券会社に勤めることになりました。」
「いいと思う、頭もいいしきっちりしてるし、きっと上手く立ち回っていける。」
「誉めていますか、それ。」
「あははっ、誉めてるよ!」
昔から変わらないよく通る笑い声。これが聞けるのももう最後なのだろう。






「ちゃんと、考えて自分で選んだんだね。」
えらい、えらいぞ!と付け加えながら、背伸びして私の髪をぐしゃぐしゃと崩してきた。




「子供じゃないんですか、ら、」
彼女の手を振り解こうとして、一瞬目に入った表情に言葉を失ってしまう。それに気付いてすぐに彼女は手をどかして、少しだけ私から離れて背中を向けてから私の方を再度振り返った。






「ちゃんと、幸せになるんだよ。」
風で崩れた髪を耳にかけながら、少し涙を隠したような目をして笑顔を見せた。






「藤堂さん」
「幸せになってほしい。」
どうしてそんな顔をするのだろうか。
あなたは最強の名を当たり前のように持つあの人のものなのに。






「あなたは、幸せじゃないんですか。」
絞り出した質問に、困ったようにあなたは笑う。








「ばいばい、」








「建人。」








初めて呼ばれた自分の名前、それと一緒に春の生暖かい風に連れて行かれてしまったかのように、彼女の姿はすぐに見えなくなってしまった。







はじめからまるでそこにいなかったかのように
弾けて消えてしまったのだろうか








-----------------











「え、いまなんて言った?」
「七海が戻ってくるよって言ったー」
「あの七海?」
「そーう。かわいいかわいい後輩の七海だよー!!うれしい?ねー、うれしい?」
「なんなの、そのテンション」


高専の教員室で聞き慣れた悟の声で、久しぶりの名前を聞いた。私の隣に座って悟は椅子をくるくる回しながらスマホをいじる。

「今日電話が来てさ、明日ここに来るよーー。」




「まじか。」
不意に窓に映る自分の姿を見る。
あの表情が乏しい後輩を最後に見送った日から四年。体型はそんなに変わっていないだろう、年相応にそれなりに顔つきも変わっているかもしれない。年齢よりは若く見られるタイプだがどうだろうか。



でも、何よりも、
「これは、なかったもんね」
左目につけられた眼帯。光を失った左目。この姿を見たら、あの後輩はどんな顔をするんだろうか、そしてすぐに気がつくんだろう。




呪力がなくなっていると。






「もう、呪術師じゃないって言ったらなんていうと思う?」
「んーー!ここで何をしているんですか?とか言いそう。」
悟の答えに妙に納得する。そして、気が抜けて笑ってしまった。







(あの頃とはもう何もかも違うのだ)
透明にして隠した気持ちはもうきっと、そのまま消えてしまっているだろう。








prev | next

TOP


- ナノ -