ただ、そう、身を委ねてしまっただけ透明な言葉、からだ担任の言葉の意味が飲み込めなかった。
硝子は知っているのだろうか。多分彼女のことだから、意外と冷静に受け止めているかもしれない。どうして、普段は脳筋のような先生なのにこういう時だけ妙に気が回るのだろうか。私と悟、あえて一緒のときに話したんだろう。それが一番いいって思ったんだろう。私でもきっと、そうする。
「傑が、呪詛師に、」
「何言ってるか意味わかんねーよ。」
悟の言葉に、先生だって混乱しているのだ、困ったように目を伏せた。
「じゃあ、もう。会えないの?」
私の言葉に悟は舌打ちをして、先生は小さくつぶやくように「あぁ。」と答える。
同級生で、仲間で、悟にとっては親友で。そんな彼が任務先で人を殺し、親にまで手をかけて、呪詛師になってしまった。大切な人が変わり果ててしまった、そしてもう止めることも説得することもできない。もう二度と前のように肩を並べて笑ってご飯を食べたり、なんてことのない話をすることはできないのだ。
傑が、ずっと何かを思い悩んでいたことは知っていた。それがなんだったのかわからないけれど、私たちがそれを聞いて何かを言ったところで何も変わらないことだけはわかっていて、誰も何も言えなかった。いや、言わなかったのかもしれない。それでも言えばよかったのだろうか。話してよって相談してよって言えばよかったのか。
担任がそこからいなくなって、しばらく悟と二人で何も言わずに立ち尽くしていたら、突然腕を掴まれて悟は歩き始めた。
握る力もだんだん強くなり、歩く速さもだんだん速くなる。
「ねぇっ、悟....っ!」
私の声なんてこれっぽっちも届かない。
気付けば寮の悟の部屋に着いて、あっという間に中に入る。よく傑も一緒にみんなで集まっていた部屋。久しぶりに来たかもしれないなんて思っていたら、部屋の角にある一人用のベッドに押し倒された。顔の横で、両手首を押させられて、その押さえる力も強くて。部屋が暗くてよくわからない彼の表情。何も言ってくれない、何もわからない。そんな全てが突然恐怖に変わった。
「さ、とる....?」
手首を押さえる力が痛くて、僅かに顔を歪めると少しだけ力が緩んだ。あぁ、悟だ。不意に安心したら、暗い部屋に目が慣れてきて、彼の顔が少しずつ輪郭を見せる。
「.......っ、」
泣きそうな、壊れそうな、今にも崩れてしまいそうな、彼の表情。いつだって自信たっぷりで人を馬鹿にして、それでも仲間思いで、余裕に溢れているいつもの彼からは想像できないような表情。
目が合うと、見られたくないようにか、私の首元に彼は顔を埋めた。
「....可憐、可憐....」
あ、これは求められているんだ。ふと冷静な私が頭の中で警笛を鳴らす。
(私と悟は、恋人ではないのだから)
「っ、ね、悟....私たちそういうんじゃ、
「好きだ。可憐、好きだ。」
私の言葉を遮った声は私の首元から聞こえて、しかもそれは弱りきっていて、今にも消えそうで、私が手を差し伸べなかったらこの人も、壊れてしまうのではないかと思ってしまった。
「......うん、うん...」
手首を離してくれたから、自由になった腕を彼の背中に回した。壊れないように守るように。消えないように、崩れてしまわないように慎重に。
そしたら、首元から顔を上げた彼が少し微笑んだ。
「愛してる、可憐」
私の答えを聞く前に、唇は塞がれてしまった。
ーーーー蓋をしてしまおう。
私の心の中の、ふわりとしたあの気持ちには蓋をしてしまおう。そのまま忘れられたらいいのに。今は、もう、身を委ねよう。
この時、私の言葉もからだも、透明になってしまった気がした。
(ななみ、ん)
目を閉じて、白髪のあなたに身体を委ねた。
自分の気持ちよりも、いまは消えそうな君を見て見ぬふりなんてできなかった