いつからだったのか、何かのバランスが少しずつ崩れていったのは。
今も昔もまぼろし





--------五条さんが、最強になった。
言葉だけで見たら漫画の世界のような馬鹿げたことのように思えるがそれはとても凄まじい事で。いま思えばそこから少しずつ自分が見える範囲の世界ですら均衡が崩れていったのだろう。
いつもつるんでいた先輩たちはバラバラに行動するようになり、後輩である自分達に無駄に絡んでくるようなことも減った。



「なんでもない楽しさってさ、なくなっちゃってからわかるんだよね。」
任務から戻って少し疲れたように見えた可憐さんがそう呟いたことが妙に頭に残っていた。それでも、五条さんが彼女の肩を抱いているあの景色は今でもよく見るし、なんてことのない日常が、少しずつ歪んでいることにはその時は気付かないものだ。




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「傑!灰原は、、」
そう言って駆け込んできた藤堂さんに夏油さんは静かに首を振る。



「くそっ、、なんて事のない二級呪霊の討伐だったのにあれは、、一級案件だ、、、っ」
「まずは休め、七海。少しでも休め。
悟が引き継いだから、もう、その案件は....大丈夫だ。」
そう声をかけて夏油さんは静かに部屋を出て行くが、藤堂さんはもう動かない灰原を見つめたまま立ち尽くしていた。




「もう、全部あの人でいいじゃないですか」
消えそうな声で言ったつもりだった、それでも声は彼女に届いていて少しだけ肩が揺れる。彼女を傷つけるつもりではなかった、ただただ、心の底から出た、自分の本音の汚さに溜息が出る。




「人懐っこくて、可愛い後輩だったなぁ。いつも笑顔が明るくて、よくご飯もたくさん食べて、」震える声で彼女が紡ぐ。

「灰原、ごめんね。ちゃんと休んでね。」
優しい声が静かすぎる部屋の中で行き場を無くしているようだった。




「七海、あなたもちゃんと、休むんだよ」
こちらを振り向き椅子に座る自分の近くに来たと思ったら優しく抱き止められた。
そのまま頭を軽く撫でられ、身体の力が抜けて、涙が一筋だけ頬をつたったのがわかった。
(ああ、きちんと悲しかった)
命を失うのが前提になりうる中で、忘れかけていた感覚がきちんと自分の中にあったことに妙に安心する。




「少し落ち着いた?」
どのくらいそのままでいたのかわからないが、呼吸をするのが楽になった頃に、藤堂さんは小さく笑って離れた。

「........ありがとう、ございます。」
「ふふっ、なにがよ、」
「あっ、いや。その、」「気にしないで。


ねぇ、これから
七海はさ、迷ったらさ、ちゃんと自分が選びたいって思うものをよーく考えなくちゃ駄目だよ。」



彼女の静かな言葉の意味を理解する前に彼女は部屋から静かに出て行った。





それから、藤堂さんを見たのは夏油さんが呪詛師として追われる立場になってしまったあとだった。






ただただわかるのは自分の無力さ
何かできたかの後悔は自分を楽にするための方法に過ぎない








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