眩しいほどに世界は明るくて思わず目を細めた
光のそとのまどろみ







三日間意識が戻らなかったにも関わらず、帰りの車の中でアイスを所望するくらいに体力があるのはやはり戦闘するのを前提に身体を鍛えている賜物なのか、やはり可憐はタフなようで消化がいいものをと考えて七海が作った卵雑炊はあっという間に食べてしまった。




「いくらお腹空いているからって、あまり食べすぎると体調に影響しますよ」
「この空腹は私の体が三日分の食事を求めているのではないのか、、」
「一旦落ち着きましょう。ココア淹れましょうか?」


まだ何かを食べたそうな可憐を制して七海がキッチンに立つと、彼女は少しだけお砂糖入れてとお願いした。



少し前まで二人が失いかけていた日常は、戻ってくるとまた当たり前の幸せにおぼれてしまいそうになる。それでも何気ない幸せをいまは感じずにはいられなかった。




七海はココアを可憐に渡すと食器を片付け始める。いつもなら立ち上がる彼女だったが彼に言われる言葉は容易に想像ついたのか何も言わずにダイニングテーブルでココアを飲みながら七海のことを眺める。背が高く、日本人離れした顔立ちと髪色、少し乱れた髪とシャツ。七海が高専を卒業したあの日に彼女の両目に映し出された彼と、今日、両目に映る彼はだいぶ違う。どちらも可憐の心の中にいつも一番にいるのは彼なのだ。





「建人、泣いた?」
「泣いていませんよ。」「ほんとに?」
「.....えぇ。ちっとも。」
「ふふ、なーんだ。つまんないの。」

ココアを飲みながら悪戯な顔をする可憐に七海は小さく微笑んだ。







「もう独りにはなれないのだと、実感しましたよ。」
「建人は、意外と寂しがりやでしょう?」
「可憐に限ってです。」

七海は洗い物を終え、彼女の頭を優しく撫でてきて「シャワー浴びてきます」と声をかけて静かに浴室へ向かった。






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七海がシャワーを浴びている間、ココアを飲み終えると、可憐は寝室へ行き、うつ伏せでいつも二人で使うベッドの真ん中に贅沢に寝転ぶ。シーツからはもうすっかり慣れてしまった彼の香りがほんのりとして、もうそれは自分の香りの一部になっているのだとふと思う。






ふかふかの枕に顔を埋めて可憐は小さくつぶやく。
「呪力が、戻ってる。」

目が覚めてすぐ家入が教えてくれたこと。また自分は呪術師として生きていけるのではないかという可能性。死にかけてまた思う、自分に力があるならば、誰かを助けたいと思う。でもそれを、死にかけてから言ったら七海はどんな顔をするだろうか。五条ならきっと、イカれてるねって笑うだけだろう。でも七海は違う。きっと崩れそうな顔で無理して認めてくれるのだろう。




考えることをやめるように彼女は静かに目を閉じる。いまはただ、また取り戻した日常を抱きしめなくてはいけないのに、どうしてこんなことを考えてしまうのだろうか。ただただ彼に寄りかかって生きていければどんなにいいか。




身体の奥から疲れが溢れてきて、いろんな思いがループしながら可憐は眠りの世界に落ちていった。





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浴室から出て、リビングに可憐がいなかったために七海はすぐに寝室へ向かう。そこにはうつ伏せで枕にいつもの癖なのか左目を下にして寝息を立てる可憐がいて、隣に腰掛けると少しだけ汗をかく彼女の額を撫でた。






「...........クソ...ッ」
安心したのか、不意に自分の頬を伝う涙に七海は消えそうなくらいに小さな舌打ちをする。自分では気付かないほど、心の奥でこの日常が、なによりも可憐が、恋しくて消えるのが怖かったのだ。ふと安心して涙が零れ落ちた。その涙を隠すように、彼女の隣に仰向けで寝転んだ。










「.....建人、」
「...なんですか。」
「ほら、泣いてる。」「うるさいです。」
隣から小さな声が聞こえて、顔を見られないように七海は目元に手を乗せた。可憐の声はからかうでも笑うでも無く、静かでやさしいもので。彼女は静かに彼の隣に近付くと腕の中に潜り込む。




「ごめんね、」
「貴方がいなかったら、私は死んでいました。だから、謝ることなんてありません。」
「私が死んだら、後悔したでしょう?」
「今ここで、生きていますから不問です。」

逞しい七海の腕が華奢な可憐を抱き寄せる。もう一方の手はまだ目元を覆っていて彼の表情はわからないが、彼女は何も言わなかった。ただ彼の温もりに身を預ける。




「呪力は、戻ったんですね。」「うん、」
「またこんなクソみたいな仕事をするんですか」
「なんだ、お見通しか」
「可憐は、人のために泣けて、人のために闘える人ですから。」
「建人がやめてほしいって止めてくれたら、やらないかもしれないよ」










「そんな嘘は結構です。」
七海は身体を起こすと、優しく彼女を組み敷いた。指を絡ませるように両手を布団に縫い付ける。彼の目は少しだけ紅くて、でもそれを可憐は笑ったりしない。少しだけ明るい照明は二人の表情をしっかりと照らす。


「呪術師に戻るならば、一つだけ条件飲んで頂けますか?」
「一つでいいの?」「えぇ。一つだけ。」





「ん、いいよ、なーに。」
真っ直ぐに自分を見つめる七海の綺麗な目を、可憐もまた真っ直ぐに見る。





 








「私と、


結婚していただけますか。」
















誰かと生きるなんて煩わしいとどこかで思っていたはずなのにいまはこんなにも求めてしまう
光と共に溶けてしまえたらいいのに














「ふふっ、もちろん。」
「結婚しよ、建人。」

恥ずかしそうに、でもとても嬉しそうに、両目にうっすら涙を浮かべて答える可憐に七海は深い口付けを落とし、身体を重ねた。互いに熱を補い合うように、互いの存在を確かめるかのように。













「可憐、愛してます。」
















あとがき
もうすぐおしまいです、あと少しお付き合いくださいませ。
もし番外編など需要があれば教えてくださいましー!^^



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