きみをここにとどめておけば静脈を辿る「産土神信仰ってことか。」
「はい、おそらくは。前回の五条さんの調査で得た情報を元にその土地に根付く信仰や、地形なども再度調べ直して、」
「七海には?この話。」
「先程連絡がありまして。
任務が終わったそうなので迎えにいきます。その車内で直接話そうかと思っています。」
「......そ。あとあれも言っとけよ。七海が許すかはわかんないけど」
伊地知は頭を下げて高専の使われていない教室を出る。
残された五条は、タブレットに映し出される資料を一瞥した。
【△県に発生した一級呪霊に関する追加報告】
△県には古来より「自分の肉体が死んだ後も意志は残りまた肉体を持つ」という信仰が根付いており、以前藤堂一級呪術師が祓除に失敗した一級呪霊はこの信仰により発生したものではないかと推測される。また同呪術師が負った怪我が術式を利用しても治癒しないことから、同一級呪霊は未だ存在すると思われる。
「......死んでも意志は残り、また肉体をもつねぇ」
五条の舌打ちは静かに消え、彼もまた教室を出た。
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「........もう一度お願いできますか。」
「つまり、可憐さんの左目と首の傷の原因になっているのは、やはり呪霊がまだ祓われていないからで、その....」
「その産土神信仰と似た残穢が確認されたと」
「はい、もしその信仰から発生したものであるならば、可憐さんの傷をつけた呪霊がまだそこにいると考えられます。そうなるとやはり、可憐さんには.....」
「何かしらの異変が起こる可能性がある、ということですね。」
「はい...そうなります。
五条さんの言葉を借りれば、彼女の傷が時限爆弾のようなものであるなら、呪いが姿を現しつつあるのなら.....」
運転席の伊地知が言葉を詰まらせる。それに七海は何も言わず腕を組んだまま夜の街を車窓越しに意味もなく眺めた。
「五条さんはこのことを?」
「やっと今日報告書が上がったので先程伝えたばかりです。」
「そうですか。」
七海はふと今朝自分を送り出した可憐を思い出す。いつもと変わりない笑顔で送り出してくれた。今日は八連勤明けの休みだから、久々に掃除をするのと何故か意気込んでいたけれど。料理もそうだが、彼女は家事全般が割というより、かなり好きなようで息抜きになるからと休みの日に掃除をしていることも多々ある。おかげで、生活感があまりなかった家は綺麗も保たれつつ、時に花が飾れたりと二人の温度を感じる家になっていて、それが七海は気に入っているのだ。
「あの、七海さん、それからもう一つ、、」
「......なんですか?」
気まずそうに話す伊地知の言葉に、七海は眉間に皺を寄せて深い溜息を吐いた。
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「おかえりー!ごめん、いまちょっと手が離せなくて」
玄関を開けると少し先のリビングから声がする。にんにくとオリーブオイルの香りが鼻を掠めたので、料理中のようだ。
「ただいま。ペペロンチーノですか?」
「あったりー!」
ダイニングテーブルにはすでにサラダとスープがそれぞれ盛られた皿が並び、真ん中には鶏肉のソテーが大きめのお皿に載って置かれていた。
「今日はずいぶん豪華ですね。」
「え?そう?パスタの量少ししかないからそんなでもないよ、
パスタ茹でようと思ったら2人前なくてさ、鶏肉焼いたの。」
「なるほど。とてもおいしそうです。」
「もう食べちゃう?」
任務の後とはいえあまり汚れていない七海を見て可憐はそう尋ねる。
「えぇ、パスタは出来立てが美味しいですからね」
彼の言葉に嬉しそうに彼女は笑い、パスタを仕上げると手慣れた手つきで皿に盛った。七海は手を洗うと冷蔵庫から冷えたビールを取り出してグラスと共にテーブルへ置く。
「飲むんだ?」
「お酒に合いそうなので、」
少し悪戯に笑う七海が新鮮なのか、可憐もつられて笑った。
「あぁ、補助監督の件ね。」
食事を進めながら、七海が車内で伊地知から聞いた話を彼女に尋ねる。
「少し前に学長に言われたの、補助監督は人手不足だから。でも無理強いはしないって言ってくれてて、建人にも相談してから決めろって言われてたの」
「学長が私に?」
「脳筋そうで、繊細だからさ。付き合ってるの気付いてたみたいで」
「なるほど...。
それはそうと全く相談受けていませんし、今日伊地知くんから聞いたのですが。」
「......てへ。」
「忘れていましたね、その反応は。」
「ほら、他に話したいことあったりするとね?あー、また今日も聞き忘れたーって、高専についてからいつも思い出してた」
パスタを器用にスプーンにくくりつけ食べる彼女の誤魔化すように笑う顔は、学生時代から本当に変わらない。よく何かを忘れてはその表情で誤魔化されていた気がするが、それは七海にとって不思議と嫌なことではなかった。
「私は、率直にいえば反対です。」
「だよねぇ...」「やりたいんですか?」
「伊地知くん見てると人手不足なのはよーくわかるしね。私だったら帳とかも問題なくできるし、役には立てるかなぁって。」
「それはそうですが.....」
あからさまに眉間に皺を寄せながら、鶏肉のソテーを頬張る七海に彼女は少し困ったように笑う。
「心配?」「それは当然です。」
「でも戦闘は原則禁止だしさ」
「あくまでも原則でしょう。何かあれば可憐が戦闘に入るのは容易に想像がつきますから。」
「呪力なくなっちゃったんだから、戦えないよ」「近接だって得意だし、呪力を込めた武器だって使えるでしょう」
「すごい私闘いたいみたいじゃん」
「目の前で誰かが傷つけば、闘いを選ぶのが可憐だと私は思っていますので。」
「それは褒めてるの、貶してるの」
彼女は目を細めてから、空になった七海のグラスにビールを注いだ。
「そういう貴方を好きになったので、褒めていますよ。」
「うわ、ずるい。」
「やりたいのであれば人手不足は否めませんし、やったらいいと思います。ですが、」
「無理はしないってことね。」
「正解です。」
「ありがと、建人。なんなら建人の任務にもついて行けたらいいのに」
「公私混同になりませんか」
「まぁ、、やや?」
ご馳走様、と手を合わせて空いた食器をキッチンへ可憐は運ぶ。七海もあとから残りの皿を持って立ち上がった。
「無茶したりしないと、約束して頂けますか?」
皿を静かに流しに置くと、後ろから洗い物をしようする彼女を抱き締める。
「ん、もちろん。あ、でも、ちょっとだけならいい?」
「.........可憐。」
「...はーい。」
彼女は舌を出して誤魔化した。
「私が洗いますから、座っていてください。」
「先にシャワー行ってきたら?」
「一緒に入りますか?」
「....馬鹿じゃないの」
腕の中から振り返り、可憐は七海に背伸びしてキスをする。
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可憐が補助監督として働き始めて、一ヶ月後。五条が長期の海外任務へ行くのに彼女を連れて行こうとしていたが、それを当然のように一蹴された数日後、可憐は七海と共に任務へ向かうことになる。
場所は△県。
可憐が傷を受け呪術師をやめるきっかけになった場所からは少し離れた場所で、一級呪霊によるものと思われる被害の報告があり、一級呪術師七海建人が派遣される。
夏の熱を帯びた風が随分と涼しくなり、秋の風を感じるようになってきた頃だった。
せめて僕の腕の中で眠れ心臓に届く、きみのこえ