忘れようとしても忘れらないこともある。それはわたしの中に刻み込まれているものだから、もう消しても消えることはないの
残影はいまもノー




「おつかれさま、大丈夫?車擦った?」
「いえ。明日の任務について伊地知くんから連絡が来たので電話をかけていました。」
いつもより駐車場から戻るのが遅かった七海に、可憐は何かあったのかと思ったようで。少し遅くなった理由を言うわけにもいかず、七海は上手く誤魔化した。



「明日、朝早いんだっけ?」
「そうですね、6時半には出るかと。」
「私も明日早いんだよね、一緒に出ようかな。」
「何かあるんですか?」
「新入生が入ってくるの、悟が担任なんだけど時間にいなそうでしょ?あのひと。」
「あぁ、3人でしたっけ。新入生。」「そうそう、呪言師の末裔、禅院家の女の子、あとパンダ。」
「......パンダ?」「そう、パンダ。」



七海は明らかに不思議そうな顔をしたが、それを敢えて可憐はスルーして冷蔵庫を開けると冷えた水のペットボトルを彼に渡す。それを七海は受け取るとすぐに空けて喉を潤した。



「ねぇねぇ、今日コロッケなの?」
彼女は冷蔵庫の中に見つけた揚げる前のコロッケを見て心なしテンションが上がった声で聞く。
「あぁ、時間があったので作ってみたんです。あとは揚げるだけなので、先にシャワー浴びてきますか?」
「やったーー!!!入ってくる!」




彼女の背中を見送ってから七海は手を洗い、手慣れた手つきでエプロンをつけると、料理を始めた。



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「ん、もしもし?え、いま家。なんなら今からシャワー浴びるから切っていい?」
浴室に行く前に寝室でジャケットを脱いでいると、ポッケの中のスマホが振動し画面を見ると五条悟の名前が表示され、可憐は嫌な顔をしてから電話にでた。




「まぁまぁまぁ、僕からの電話好きでしょ?」
「どこからくるのそのポジティブ。」
「七海は?」「コロッケ作ってる」
「コロッケ?!七海が?なにそれ最高かよーえ、僕食べに行っていい?」
「いい訳ないでしょ。なに?珍しいじゃん、私に電話。」




「あーー、体調どう?」
「体調?」
「倦怠感とかー、頭痛いなーとか、関節痛するなーとか。」
「わたし風邪ひいてないけど」
「えっ、そうだった?」「今日会ったわたしの体調すら覚えてないわけか」

「いやいや、冗談冗談。明日、ピカピカの新入生来るからさ、体調悪かったら僕の代わり大変かなーーって」
「代わりじゃなくて補佐です。」
「それが、僕任務はいっちゃって。さくっと地方に行かなきゃいけなくてさぁ。」
「あぁ、そうなの?なんだそれならそうとすぐ言えばいいのに。諸々の説明とかでしょ?大丈夫。早めに行こうかなって思ってたから。それに学長も来てくれるだろうし、パンダは前から知ってるから。」




「やっさしーね。可憐。」
「なんかあった?悟。」
何気ない彼女の言葉に、電話越しに五条は少し動揺する。しかしそれは微々たるもので、直接話していたら付き合いの長い可憐なら何かわかったかもしれないが、電話越しではそれには気付かない。


「いや?なんも。お土産なにがい?別になんもない田舎だけど。」
「いいよ、甘いものならあんたが食べちゃうし。無事帰ってきて。」


「それじゃ、明日は任せて。切るよ」と言って電話を切ろうとした彼女を「可憐」と五条が呼び止める。



「ん?」
「いや、なんでもない。じゃねー」
電話は切られてしまったようで通話終了の電子音が鳴り響く。別に気に留めるわけでもなく彼女は少し急いで浴室へ向かった。





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シャワーを終えてリビングに戻ると、ダイニングテーブルにはそれぞれ皿にコロッケとキャベツが盛られ、味噌汁とお米が隣に置かれていた。

「わ!美味しそ!」
「初めて作ったので不恰好ですが。」
「え、そう?すごく美味しそうだよ」
2人で向かい合って座ると手を合わせ食事の挨拶をする。七海の方が一つ多いコロッケを可憐が羨むと、「太りますよ」とからかいながら、箸でコロッケを半分にして彼女の皿に乗せた。



「ふふ、出来立て美味しい!」
とても食事を美味しそうに楽しむ彼女の笑顔を見る七海の表情はきっと誰も見たことがないだろう。








「明日、結局悟が任務になったらしくて私が新入生の案内することになったの」
さっき悟から電話がきて、と食後に皿を洗う七海を見ながら彼女が話す。

どうやら欲張ったコロッケが多かったらしく、お腹が重く動けないとテーブルに突っ伏していると七海が片付けを始めたようだ。





「あっ、お皿しまうから洗うだけにしてね」
「わかりました。...で、五条さんがどうしました?」
「なんかお風呂入る前にちょうど電話が来てさ、急遽の任務でいないんだって。だから私明日建人と一緒にでるね。」
「どこに行くんですか?」
「そこまでは聞いてないけど、地方って言ってたよ。さくっとって言ってた」



七海の中でさまざまな考えが瞬時に巡らされ、それがすぐにつながる。おそらく五条のいく先は可憐が怪我をした任務地である△県の廃校になった中学校だろう。きっと自分でスケジュールをゴリ押しして強行突破で彼女の傷跡について調べるつもりなのは容易に想像がついた。






「そしたら、明日高専まで車で行きますか?」
「伊地知くんのピックアップは?」
「任務地は高専からの方が近いので、高専でピックアップしてもらえばいいかと。車は駐車場に置いていけば、貴方の方が早く終わっても帰るの楽じゃないですか?」
「明日、一件?」「えぇ。」
「なら絶対、建人の方が早い気がする。いっか、連絡取り合お。」




少し消化されて身体が軽くなったのか可憐は立ち上がり七海の隣に並ぶと綺麗に洗われた皿を拭いていく。


「そーいえば、いま建人2級だよね?推薦受けたら1級に上がれるけど、そのつもりなの?」
「どうでしょうか。実力が伴っていると判断されるのでしたら受けますよ。」
「建人ならすぐだよ。四年のブランクなんてすぐに追いつける。体力もまだあるし、復帰してから結構任務入れられてるもんね」



七海と可憐はかつて彼女が呪術師として働いていた頃の話をほとんどしていないが、再会したばかりの頃に一級だったということは聞いていた。




「私が現役なら推薦したんだけどなー。」
「それは光栄ですね。」
「そういえば、悟と任務行ったことある?」
「高専時代ならありますが、復帰してからはありませんね。」
「んー、そっか。


なんか、こう.....嫌なの?」「え?」






あまりに予想していなかった彼女の質問に七海は洗い物の手を不意に止めそうになる。










「建人が、悟になんか遠慮してる感じなのはなんで?





単に特級だから?
それとも、私の恋人だったから?」






思いも寄らない質問に七海の手は完全に止まってしまう。しかし可憐はなんでもないように綺麗に皿を拭きあげるとしまっていく。















「嫉妬とかじゃないと思うの。何か引け目を感じてるみたいな違和感がある。





いまの私の恋人は、建人なのに。
ずっと私の後ろに悟が見えてるんじゃない?」








そう七海に聞く可憐は、皿を全て片付けて真っ直ぐに彼の目を見ていた。










どうしてこの人は心の中を読むかのように痛いところをしっかり教えてくれるのだろうか、それが一番隠したいものだなんて知らずに
やっと自覚したあの残影を、








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