日常は壊れてしまうことがないと思い込んでいるだけで実はとても不安定で脆いものだ
点滅のブルーライト



七海は自分だけオフだったために珍しく自家用車で可憐を迎えに高専に向かっている途中に、しつこくコールが鳴るので車を止めてあまり電話を出るのに気乗りしない相手からのそれに出る。





「はい。七海ですが。」
「知ってるよーん!」「切りますよ。」
「いや、まってまって!可憐のことで話があんの。今車?」
「そうですが、駐車したので問題ありません。.....可憐は?」
「あー、大丈夫大丈夫。ちゃんとお仕事中。そんなピリピリしないでよー。怪我したとかそーいうんじゃないし」
「では何か?」







「左目の傷についてなんだけど。」








七海の眉間に皺が寄る。電話越しに聞く声はいつも通り軽薄で自分の一つ上の男のものとは思えないが、その声すらも少しだけ深刻そうに聴こえ、七海は「続けてください。」と少しの動揺も気取られないように答えた。





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「うわ、何度見ても高専の前にこの車横付けってなかなかいかついね。そしてやはり漂う、外車に建人が乗ってるとなんだろうこの非社会勢力感。」
「タイミングがよかったので駐車場に入れなかったんですよ。高専の車だって充分いかついでしょう。」
「駐車場まで回ると結構遠いもんね。ありがと、お迎え。極道の妻みたいな感じにもだいぶ慣れたよ」

助手席に乗り込むと流れるようにシートベルトをつけてそのまま、眼帯を外すといつも通り小さなカバンからうすい茶色の縁が少し分厚く、茶色のレンズのサングラスをかける。七海も最近知ったことだが、可憐は車に乗るときはサングラスをかける。助手席に差し込む日差しが苦手らしい。そのときは流石に厳ついだろうと言うだけの理由で眼帯は外す。









『可憐の左目の傷。見たことあるだろ?』








ふと少し前に電話した声が脳内で再生される。羽毛より軽い口を持つ五条がわざわざ内密にと七海相手に念を押した。それだけでことの重要性は容易にわかった。








『呪霊が残した時限爆弾かもしれない』










「あれ、どしたの?出発しない?」
「.....あぁ、いえ。大丈夫ですか?」
「うん、西日対策サングラスばっちり!」
「では行きましょうか。」「はーい。」






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元々荷物が少なかった可憐の荷物を、部屋の広さに対してこちらも荷物が少ない七海の部屋に全て運び入れ、不要な家具を全て処分して彼女のマンションを引き払ったのがつい1ヶ月前。2人暮らしにもすっかり慣れて、一緒に高専に出勤することもあればそれぞれ別に出かけることももちろんあるし、今日のように七海が彼女を迎えにくることもあれば、逆に彼の車を運転し、彼女が迎えにいくこともたまにはあった。





「ねぇ、なんであんなに悟ってしつこいのかな。私高専で働くの好きだけど、あいつが一番身近にいるのが最大の難点。」
「五条さんはしつこさの権化のような男ですから。」
「出来たら世界をずっと回って祓いまくる旅にでも行ってほしいわ」
「それはそれで可憐は連れて行かれますよ。」「え、そこは全力で止めて」
「もちろんです。連れて行かせるわけには行きませんから。」
「建人が世界を回るなら、私も連れて行ってね。あー、綺麗な海に呪霊でないかな。」
「やめてください、その罰当たりな言い方。」
「えっ、連れて行ってくれないの」
「連れて行きますが、綺麗な海にそもそも呪霊が出て欲しいと望むのはおかしいと言ったんです。」「ほーい、ほい。」




今日の夕飯は何にするだとか、医務室で飲んだ珈琲がどんなだったとか、そんななんでもない話をしていると1時間ほどでふたりの自宅となった高層マンションに着く。
「駐車場に入れてきます。先に部屋に入っていて下さい。」
マンションの前で先に七海は可憐を下ろす。窓越しに手を振ってからマンションの中に入るのを確認すると、七海はそのまま駐車場に向かった。




駐車場に車を停めると、七海はすぐに車を降りずにハンドルを握ったまま険しい顔で何かを考えるように目を閉じた。











『硝子の術式で何度治療をしても、あの傷は消えていない。ずっと、僕も硝子も調べていたんだ、なんで消えないのか。』

『さっき、可憐のうなじのあたりにあの傷とそっくりな傷が出来ていたのに僕が気がついたんだ。

一年以上が経って同じ傷が出るなんてあり得ないだろ?早く調べて手を打たないと手遅れにだってなりかねない。』




七海が今朝送り出すとき、そのような傷はなかったはずなので高専に着いてから出たものだ。




『まだ本人は気付いてない。よかったよ、本人が見えないところで。

一緒に住んでんだろ?しばらく気付かれないようにね。あと、またなんかあったら僕に教えて。』

『五条さんの目で、何かわからないんですか』
『呪いが発動してないんじゃ、見えるものも見えやしないよ。



まっ、とりあえず僕と硝子で、調べるからさ。また進展があったらすぐ連絡する。そっちもなんかあればすぐ連絡してね。

あぁ、わかってると思うけど』
『他言無用ですね。』『せーかーい!』


じゃっと、電話を切ろうとする五条に、『五条さん、ありがとうございます。』と七海は礼を言う。その礼に五条は何も答えることはなかった。









七海は高専から支給されているタブレットで、過去の呪霊討伐のデータを見る。そこには一年前に、藤堂一級呪術師が討伐に失敗。補助監督が連絡し五条特級呪術師が補佐に入り討伐したとの記録が残る。





【日時 ○月○日】
【場所 △県△△市廃墟となった□中学校】
【派遣呪術師 藤堂可憐一級呪術師】
残穢から校内の理科室に呪霊を確認。一級呪霊と断定。一級呪霊が一体との事前報告が呪霊数体を確認し、戦闘中に藤堂一級呪術師は左目を負傷。その後到着した五条特級呪術師は五体を討伐と報告。





もし、ここで祓ったと記録された呪霊以外にも残っていてそれが可憐の傷に影響をしていれば、何かの発動条件を満たしたときに彼女の身に何か起きるかもしれない。
もしくは、呪霊自体は払われているが五条の言う通り時限爆弾の様に彼女の身体に残っているのか。
どちらにしても傷から呪力を感じられない以上、この任務地を再度索敵し何かしらを掴むしか今のところできることはない。しかもその任務には五条が適任であることは誰もが認める事実である。おそらく五条は、七海に可憐に不必要な心配をかけないようにサポート役を頼んでいるのだ。彼女が傷を負った任務に、おそらく恋人として助けに入った彼こそが本心ならばそばで助けたいはずだというのは七海も容易に想像がついていた。




深く溜息を吐き、何かを振り切るように目を開け、静かに車を降りて可憐の待つ部屋へ急いだ。
(死ぬ気で護ると決めたじゃないか、)









遠慮なんてもうしていないと思っていたのに心のどこかで何かを遠慮してしまう自分がいて。そんな自分すらもう叩き切らねば、護れない。
生きねば意味がないのだから







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