もう昨日にわたしはもどれないし、あなただってもどれない。もう昨日の私達には戻れないから、今日からは新しい私たちになるしかないの
こまったことになりました








「おはよう、」
どちらかというと寝起きはいい方の可憐が目を擦りながら寝室から出てきたのは11時にもう少しでなる頃だった。



「おはようございます。すいません、先に起きてしまいました。」
珈琲を飲みながら英字新聞を広げていた七海はすでに身支度をしており、カーキのスラックスに少しだけ濃い青色のシャツを着て、髪は少しだけラフに前髪をあげている。




「ううん、気にしないで。」
そんな私が起きるまでずっと繋いでるわけにもいかないよと、続けると、七海は少し笑ってから英字新聞を畳む。

「よく眠れたならよかったです。まだ私も珈琲しか飲んでいないのですが、朝食食べますか?

もし食べないようでしたら、今日天気いいみたいなので、外で何か買って散歩がてら食べてもいいかと。」


まだ眠そうな彼女は少しぼーっとしながら、七海の座るソファの隣に腰掛けて、んー、と考えいるのかわからないような声を出す。七海は特に答えを急かせるわけでもなく、ただ彼女の頭を撫でてから、少し引き寄せると額にキスをする。




「もう一度一緒に寝ますか?」
「んーん、歯磨いて顔洗って着替えてくる。」
ふざけるように聞く七海に、恥ずかしそうにしながら彼から離れると、足早に洗面所へと可憐は消えていった。






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(こんなに私って続けて寝れるんだ、)
顔を洗い歯を磨きながら、鏡に映る自分の顔色がいつもよりいいがする。とは言っても普段から顔色が悪いわけではないのだが、いつもより眠ったせいなのか心なしスッキリしている。


口を濯ぎ、伸びをしてから寝室に戻ると昨日持ってきた服を七海のクローゼットから取り出す。今日は休みだから、ラフでいいだろうと、細身のジーンズに綺麗なオレンジ色のタンクトップを着てその上から少しだけ透け感のあるシャツを羽織る。スーツケースからあまり中身の入っていない化粧ポーチを取り出すと再び洗面所へ向かい、手早く化粧をした。


肩につくかつかないか程度の髪はめずらしく後ろで一つにまとめてから、少しだけラフに崩してみる。それから最後に眼帯をつけた。女性にしてはかなり早い身支度は職業病というのか癖というか、単なる彼女の体質か。先程リビングにいた可憐からは考えられないほどしっかり目を覚まし、身支度を整えた彼女はもういつも通りの彼女だった。






「早いですね。」「それ、前にも私にいったことない?」
リビングに戻ると七海はソファに座り何やらスマホで調べ物をしているようだった。



「あー、いつだっけな。あっ、高専の時、みんなで京都に行った時の朝!」
「あぁ、起きたらもう可憐だけ身支度が終わっていて、ってやつですね。」
そうそう、と相槌を打ちながらグラスに水を入れて七海の隣に腰掛けると、彼女は彼のスマホを覗きこむ。




「パン屋さん?」「川沿いのパン屋なんですが、まだ行ったことがなくて。珈琲も美味しいらしいですよ。あぁ、ちなみにココアもあるようです。」
「建人の好きなパンある?」
「どうでしょう、行ってみないとわからないですね。」




「よし!じゃあ、そこいこ!」
可憐は水を飲み干し、グラスをキッチンで洗うと寝室から小さな黒い巾着の形をしたバックを持ってくる。七海はあまり色が濃くないタイプのサングラスをかけた。二人揃って玄関へ向かい、靴を履く。七海は革靴、可憐は黒いバレエシューズ。散歩をする予定の日にはぴったりの靴のセレクトだ。






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女性にしては歩くのが早い可憐と七海の歩調は割とよくあっていて、何気なく並んで歩いていたら、彼が手を握ったので驚いたように彼女が隣を見ると、なんでもない顔をする彼がいる。

「嫌ですか?」「.....なに、が?」
「いえ、特にないのなら問題ありません。少しだけ顔が赤くなっているように見えたのですが気のせいですね。」
「うわ、なんだ、なんだその余裕は」
「余裕なんてないと、昨日言ったじゃないですか。」
「なんかそれとこれは話が違くない?」
「同じことですよ。」


電車に乗ると一駅隣のその場所に、歩いても大したことないので天気もいいし歩いて向かうことにして、手を繋ぎながら二人は歩く。







「これからどうしますか?」
「えっ、パン屋さんじゃないの?私お腹空いちゃったよ」
「いえ、そうではなく。私たちのことです。私は一緒に暮らすのがいいと思うのですが、もともと最寄駅が同じでしたし。」
「......ん?」
「それとも、新しい家を探しますか?」
「........ん?」
「さっきから同じ返答しか聞こえないのですが」
「私と一緒に建人って暮らしたいの?」
「えぇ、そりゃそうでしょう。帰ってきたら好きな人がいるというのはとても幸せなことですから。」



ふざけるでもない口調の七海に可憐は少しドキドキしながら、少し考えるふりをする。あまりに返答がないから、焦れたのか七海の方が先に口を開いた。





「いえ、すいません。私の方が先走り過ぎましたね。昨日お付き合いしたばかりですもんね、」



「.......早口になってる」
ふふっと、可憐は笑った。

「ではこの話は一旦なしにしましょう。」
「もー、すぐムキになんないの。するする、同棲!建人の家広いし、私荷物少ないし、さくっと引越ししよ!」



子供をあやすような口調の彼女に、七海の横顔は少し機嫌が悪そうだった。それを気に留める訳でもなく、ふと可憐は上を見上げる。そこにはひたすらに青く晴れて雲がひとつもない空があって。そこに一直線に抜けていく飛行機雲を見つけると、子供のようにはしゃいだ声を出した。






「みてみて!飛行機雲!」
「可憐」「ん?」


「もし、嫌なら断って頂いて問題ないです。少し時間を置いてからでもいいことですから。無理に私に合わせなくて結構です。」






可憐は少し飛行機雲を見送ってから隣で少し曇った顔をする七海をきちんと見てから、笑う。

「ほんとに一緒に暮らしたいってちゃんと思ってるよ、もう困ったことに前には戻れないんだから、」






「前、というと?」
「一緒にいれた方がずっと楽しいし、よく眠れるし、幸せだから、ひとりでまた自分の部屋に戻るのは嫌だなってこと。」



今度はきちんと彼の目を見て話した可憐に七海は少し安堵したような顔を見せてから「すいません。」と小さく謝る。









「パン屋さん行ってご飯食べたら、私の部屋に行って荷物まとめるの手伝ってよ。

家具は全部捨てていいから、服とかなんか細かいものだけ持っていっていい?」



「もちろんですよ。」
風が吹いて少し乱れた彼女の髪を軽く整えてから七海は微笑んだ。









「余裕がないと、ななみんって感じになるね」
「どう言う意味ですか。」「なんか新鮮ってこと」
「あなたの前では余裕なんてないんですよ。そんなに私のこといまからかっていると後で痛い目見るのは可憐ですよ。」



そう言って彼女の手を引き七海が少し早く歩き出す。彼女はささやかな反抗のように舌を出して彼に笑った。それからすぐにいかにも美味しそうなパン屋が目に入った。







「何が好きですか?」
「カレーパン!!!!と、コロネ!」
「なんか子供みたいですね、」
「あっ、建人の好きなパンあったよ」








なんてことのない日常に、
いつだって感謝を忘れずに









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