絡み合う指が熱を持つ
いとおしむように目を閉じて









名残惜しそうに唇を離し、顔を見合わせると、可憐は恥ずかしそうに七海を睨む。

「目付き悪くなっていますよ。」
「だっ、て....恥ずかしいのに、そっちが、」




「ちょっと、一旦こっち、きて」
いつまでも眼前にいる彼に、自分の隣を叩く。七海は素直に従い彼女の左側に仰向けになった。









「心臓、でるかと思った」
消えそうな声で七海から解放された可憐はうつ伏せになって枕に顔を埋める。

「そんなにですか?」
「だって、顔近いし。近いし、近いし、、」
「そればっかりですね。」
「くっそ、余裕だな、、ななみんのくせに、、」



悪たれをつく余裕はあるらしく、枕に顔を埋めたままぶつぶつと何かを言う彼女の頭を七海はまた優しく撫でた。



「私だって、余裕ないですよ。」
「うっそだー。信じない。」
「押し倒しますよ。」「だめだめ!」


「ほんとにちょっと待って、タイム。」



七海の方に手を伸ばして「タイム」を主張する彼女。「わかりましたよ」と笑う七海は髪をかきあげてから、ベッドサイドの照明を少し明るくした。






「そろそろ、顔を見せて頂けませんか。」
「目、赤いもん。あと絶対腫れてる、」
枕に左目は埋めたまま、少しだけ可憐は七海を見つめる。「可愛いですよ」とまた彼が笑うから諦めたように起き上がると、上半身を起こす形になっていた七海の脚の間に入り込み、彼の頬を両手で軽く抓る。



「変な顔、」
悪戯に笑う彼女の後頭部に手を回し、軽く口付けをして抱き締めた。ちょうど可憐の顔が七海の胸元に引き寄せられ、少しだけ鼓動の音が伝わる。その鼓動は早いリズムを刻んでいた。








「余裕ないって、わかりましたか?」「.....ん」

「可憐さん、」「ん?」
「これで最後にします。」


そう言われて少し不安になったのか顔を上げた彼女に七海は触れるだけの口付けを落とす。











「可憐。」
突然呼ばれた、敬称がついていない自分の名前に、本人は目をパチクリさせて彼を見つめた。それから少しだけ笑って、彼の少し垂れた髪を触る。




「建人、」
くすぐったそうにする七海を、可憐は一度だけ呼んだことのある名で静かに呼んだ。







「目、赤いけど腫れていませんよ。」
「ほんと?」「ええ、大丈夫です。」
七海もまた彼女の髪に指を絡ませる。すると眼帯のアジャスターに指が当たった。



「いいよ、外しても、」
少し勇気を出したような彼女の声に優しくそれを外す。痛々しい痣が残る閉じられた左目。きっと二度と開くことはないその目に、優しく、壊れないように、七海は口付けをした。






「とても綺麗です。」
彼が頬に手を添えると、その手に自分の手を重ねて頬擦りをするようにして可憐は笑う。

「ありがとう、建人。」





するりと身体を抜け出して彼の隣にまた彼女は寝転び、左目を下にして彼の手を少しだけ握る。その手は少し熱を帯びていて、彼女の目を見れば少し瞼が重そうで。








「眠っていいですよ。手も繋いでいますから安心して下さい。」

小さく可憐は、笑ってすぐに眠りの世界に落ちていった。








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眠る彼女に布団を片手でかけて、暫くそのまま見つめていた。規則正しい寝息を立てて、安心したように眠る可憐は少しだけ幼く見える。



(よく寝ているな)
突然眠ってしまう彼女、家入に寝ているだろうと言われて医務室に行った時に既に起きていた彼女。可憐の眠りについて七海は不思議に思うことがいくつかあり、考えを巡らせてはいたが未だに答えは出ていない。



それでも今は、何も考えず安心したように枕に顔を埋め眠る彼女をただただ見つめた。





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「ん、んん」
そこまで時間は経たずにふと可憐は目を覚ますと、すぐに七海に「起きましたか」と声を掛けられる。

それに頷くと、一度彼の手を離した。すると七海は彼女の隣に寄り添うように寝転んだ。








「私ね、ずーっと、寝不足なの」
七海の髪を弄りながら少し消え入りそうな声で彼女は口を開く。

「私が子どもの頃、夜餓学長に保護されたのって、聞いたことある?」
小さく七海が頷くと彼女はゆっくり言葉を続けた。高専時代にどこかで聞いた、彼女には肉親がおらずずっと高専で育ったという噂。








「両親と寝ていた時に、呪霊に襲われて私だけが生き残ったの。


小さかったから、あんまり覚えていないんだけど、私だけベッドの一番壁側にいて、両親が寝ていたところに大きな穴が空いてたの、そこに落ちないように必死に壁にくっついてた。その時、学長が、当時は先生じゃなかったけどね、

保護してくれて。
左目のこともあったから、そのまま高専に保護されて、育ててもらったの。」







「それから、手を繋いだり、何かを掴んでいないとうまく眠れなくなった。

寝てもすぐ起きちゃったり、何かに落ちる夢をすぐに見たり。


だからね、私はずっと睡眠不足なんだって。だから安心できるとすぐに寝ちゃうから、子どもみたいなんだって。あ、これは硝子が言ってたんだけどさ」

ふふ、と笑う可憐の髪を優しく触れて、話を静かに聞く。時折目が合うと安心したように小さく彼女は微笑んだ。







「合ってた?建人が、気になっていること」


(あぁ、どうしてこの人は。)





「何だってお見通しですね。」
「やった。正解だ。」



七海は自分の髪を弄る可憐の手を握り締めると、そのまま優しく胸元に引き入れる。









「それなら、これからはたくさん眠れますよ。いつだって隣にいますよ、ずっと、手だって繋いでいますし。」



彼の言葉に嬉しそうに小さく笑ってから彼女はゆっくり口を開く、
「私ね、建人が高専から出て行く時ほっとしたの。



あぁ、この人を失わなくても済むって。どこかでちゃんと幸せになって、ちゃんと生きてくんだって。

だから、建人が戻って来た時怖くなった、もしかしたら失っちゃうかも、しれないって。また会えたのに、いなくなるかもしれないって方が怖かった、」


彼女の声が震える。絞り出すように、消えそうな声で言葉を紡いだ。










「だから、手、離さないでね、」
「死んだらだめ、絶対生きて」
右目からまた涙を流して、胸元から顔を上げて真っ直ぐに可憐は七海を見つめた。








「もう二度と、離したりしません。」
(ずっとこうしていたかったのに、随分と遠回りをした。だからもう二度と、間違えたりしない)







「死んだりしませんよ、あなたを置いて。」
「約束ね、」






約束をするために指を絡めて、そのまま手を握り合う。照れたように可憐は笑ってから「建人は?」と首を傾げた。




「私の前では、無理をしないこと。いつだって可憐はあなたらしくいて下さい。」

「それだけ?」「出来たら浮気もしない方向で。」「ふふっ、しないよ。」



「約束ね、」と笑う可憐は繋いだ手を愛おしそうに見てからまた目を閉じた。ゆっくりベッドに身体を委ねる。



「眠りますか?」「ん、いーい?」
「もちろんですよ。」

そう七海が言ってから「あ!」と声を挙げた可憐を驚いたように彼が見ると、





「歯磨き、まだしてないや」と笑った。









近づく距離は
もう離れることを忘れてしまう





「歯磨きいこ、」先に起き上がり、七海に手を差し出す。ゆっくり手を繋ぎ彼も立ち上がり、二人で洗面所へ向かった。




「ご飯食べたら、すぐ歯磨きしなきゃだめだね」「可憐はすぐ寝てしまうかもしれませんもんね」
「子どもみたいに言わないでくれる?」


「冗談ですよ」と七海は優しく微笑んだ。













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