きっとわたしは、どんなあなただって笑ってしまうよ、
出来損なってしまいました





七海が医務室の扉を静かに開けると、寝ていると思っていた可憐は起きて帰り支度をしていた。

「あれ、いいタイミング。」
「家入さんが声をかけて下さいました。」
「そゆことか。帰る?まだ仕事する?」

「いえ、帰宅します。休みですから。」
「オンとオフのしっかりしてる感じがすごいね。」彼女は笑いながらジャケットを羽織る。




「大丈夫だよ、そんな顔しないでも。」
余程怪訝な顔をしていたのか、可憐は七海のことを見てそうつけ加えた。



「伊地知くんに声かけてから帰ろうかな。」
「可憐さん、痛みは大丈夫ですか?」
「しーつこい。」「そんなに言っていませんが。」




「硝子の治療受けたんだから、問題ないよ。終わったらだいぶ眠くなるって言われてたけどそこまで寝れなかっただけ。眠いわけではないし気にしないで。」

ほら行くよ、と彼女に急かされてしまい慌てて七海も廊下へ出た。






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伊地知に自分が休むことで負担が増えることを謝り、埋め合わせはするねと笑ってからすぐに可憐は教員室を出る。

先に七海は外で待っていると言われたので、少しだけ廊下を早歩きで進んだところで、耳馴染みのある声に呼び止められた。




「可憐」
「あれ、悟」「やっほー」
「ふふっなにそれ。」
学生時代からの同期で、元恋人で、最強の男。

「七海と帰るんだろ?」
「なーんでもお見通し?」
「大事な女ですから。」

目元を隠す彼は何を考えているかよくわからない。でも彼が誰よりも優しいことを可憐は知っている。




「悟のこと、大事よ。」
「あぁ、知ってる。」
「もしこれから悟が、何かをやろうとしたら一番に頼ってくれる?」
「僕それ、七海に怒られない?」

彼と軽く笑い合うと、昔を思い出したようで心地よかった。




「なんだかんだ言いながら、ななみんも手伝ってくれるよ、きっと。」







優しく笑う可憐の頭をくしゃと、五条は撫でる。
「いつでも僕のとこ戻ってきていいからね。」そして耳元で囁いた彼に彼女は「馬鹿じゃないの?」と悪戯に笑った。


「じゃ、まーたね。」
ヒラヒラと手を振る五条の背中を眺めて、不意にその背中に呼びかける。



「こんど!クレープ食べに行こ!」





何も答えはしないけど、彼はきっと笑っている。





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七海と合流して、帰りの電車に乗る。時計は午後3時を過ぎたばかりで、外はまだ明るい。



「ねぇねぇ、フルーツトマトを使ったパスタが美味しいらしいんだけど、ななみん作れる?」
「レシピがあればおそらく。味は保証できませんが。」
「やった、近くのスーパーにフルーツトマト売ってるかな。」
可憐がスマホで見るレシピを七海も覗き込む。



「可憐さんも、何か作っていただけますか?」
「えーっ、嫌だよ。人の家のキッチンって緊張するもん。」

少し不満げな七海を横目に、可憐はまた思い出したように話しはじめる。




「私の家寄ってもいい?着替えとか取りに行きたいの」
「あぁ、そうですね。もちろんです。駅は何処ですか。」「あぁ、それがさ、」














「まさか、最寄が同じだったとは。」
「出口反対だけどね。サラリーマン時代のななみんとすれ違ってたりして。」

可憐はマンションのオートロックを解錠し、エレベーターで3階に上がる。高層の七海の家とは違い低層の彼女のマンションはこじんまりしているがとてもお洒落なデザインだった。




「部屋汚れてるけど、気にしないでね」
「家の前で待っていましょうか?」
「そこまで汚くないわよ、失礼ね」
彼女について部屋に入ると、そこは女性の部屋とは思えないくらいシンプルで、無駄がなかった。

広い一部屋にキッチン、小さな一人用のテーブルと椅子、それから1人がけ用の大きなレザーの椅子と、奥に透明の仕切りがありその先にシングルより少しだけ大きいベッドが一つと少し大きめのクローゼット。


あまり生活感がない部屋だが、キッチンだけはモノがたくさんあり、スパイスやさまざまな調味料が揃っていたが、皿やカトラリーは基本的に1人分しか置いていないようだった。





「何日分持っていけばいいかな、パジャマはいらないよね。」
「パジャマは必ずお願いします。」「え、なんで?」「必ず。」



七海の気持ちには気付かず、パキパキと荷物をまとめていく。

「適当に座ってて。」
「料理、かなりするんですね。」
キッチンを眺めながらいう七海に「そんなことないよ」と笑う。「あ、冷蔵庫の中なんか入ってる?」と聞くと「問題なさそうです。」と七海は冷蔵庫を開けて中がほとんど空っぽだったのを確認してから苦笑した。






「とりあえず、服と下着、3日分くらいかなぁ。高専にも着替え持っていっておきたいし。
あとメイク道具と、化粧水とか、結構あるな。」
「また取りに来たらいいですよ、うちに大きいキャリーケースありますし。」
「なんで、そうなるのよ。」
さらりとそう話す七海に少し恥ずかしそうにして、小さなスーツケースに適当に荷物を詰め込んだ。








「パジャマ、持ちました?」
「え、またその話?」「大事ですよ」


靴も一足と、カバンももう一つだけ持つと、なかなかの大荷物になったが七海がスーツケースと大きめのトートバックを軽々と持ち部屋を出た。





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「材料なんでしたっけ?」
「フルーツトマト、ニンニク、あとなんかお肉かお魚?」

レシピの画面を開いたままスマホを七海に渡し、荷物を彼が持ってくれているので彼女がカゴを持ち食材を入れていく。



「副菜、私が作ろうか」
「人の家で料理するのは嫌なのでは?」
「じゃあつくんなーい。」「嘘ですよ」



「作ってください、」
そう笑う七海に可憐は頷いて、また買い物カゴに食材を追加した。







なんてことのないことが
きらきらと輝くから不思議だ








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